上 下
39 / 46

インテルメッツォ-38 矜持/教示

しおりを挟む
「いいえぇ、滅相も御座いません。そうした意図など、微塵もありませんよぉ。それこそが、真逆まさかというものなのですよぉ。あなたに対して、かような心積もりなどありえないのですからぁ。そしてあなたの仰るお言葉を、わたしが疑うことなどあるはずがありませんものぉ。ですが、あなたがそうお受け取りになられ、あなたがそのようにお感じ遊ばれてしまったのは、全てわたしの不徳と未熟の致すところですからねぇ。謝罪など何の意味も為さないことは百も承知しておりますよぉ。ですが此度の段、何卒平にご容赦とご寛恕賜りますよう、心よりお願い申し上げますねぇ。本当に、。そうでしたね。あなたは、でしたものね。有言不言問わず人知れず、誰かの為に己が善かれと思ったことならば、躊躇いなく実行。そうしてどのようなことであろうとも、必ずやり遂げて。そんなあなたがそう仰るのですから、きっと、。ふふふ、わたしとしたことがついうっかりしておりました。よりにもよって、あなたの為人ひととなりについて失念してしまうなんて。そんなことは、わたしにとっては許されざる大罪です。ですのでわたしのあらん限りの言葉を尽くして、重ね重ねあなたに請います。此の度は、誠に申し訳ありませんでした。だからあなただけは、どうかわたしを許してくださいね。あっそうそう、そうでした。ひとつ大事なことを言い忘れておりましたぁ。あなたが何と言おうとも、この世界でわたしはだけは、あなたの言うようには決してなりません。それだけは、お心に留めておいてくださいねぇ」
 少女は恥じ入り謙るへりくだる素振りだけは見せながら、心に浮かんだ謝意を示す。
 それと同時に男に対して傍若無人も甚だしい宣言を、恥ずかしげもなく堂々と布告する。
 その、ある種の威厳さえ漂う少女の風情。
 しかし魔王の鷹揚な姿は小揺るぎすらすることなく、その心はさざなみひとつ立つことさえない穏やかなる凪。
 その眼差しは余裕に満ち、まるで背伸びするを幼子の繰り言の如く少女の言葉に聞き入っている。
 愉悦に染まった微笑に、口の端を歪めながら。
 そう相対するのがふたりにとっての暗黙の礼儀であるかのように、男は少女に対して傲岸不遜を以て応えと為す。
 そうして、ふたりは距離は近づいてゆく。
 あるいは、離れた心を縮めてゆく。
 最早這いずるように不快な音は聞こえない。
 鋼を打ち付けるが如き硬く重い禍つ響きが、低く静かに谺するこだまする
 一歩一足大きく鳴り耳に届く鐘の音が、少女に魔王の到来を刻々と告げていた。
「構わんさ。そのような瑣末事、お前が気に病む必要など全くない。人間の想いなど、過去の記憶など、所詮はその程度のもの過ぎんのだからな。そんなものは、心に刺さった棘でしかない。痛みと共にその存在を思い出す。ただ、それだけだ」
 それはひとの想いには、思い出すだけで痛みを伴うということに他ならない。
「然るに元来罪というなら、お前はこんなものとは比較にならぬ程の罪業をとうに犯しているではないか」
 ふたりの間に横たわる溝を埋めるように、男は少女へ語り掛ける。
「はて? わたし、他に何か悪いことをしましたっけ?」
 少女は本当に解らないように、目を瞬かせてしばたたかせて心底からの言葉を口にする。
「誰かに誹られるそしられるような生き方をしてきた覚えは、何ひとつとしてありませんよ。確かにわたしに価値はありません。ですがわたしは常にわたし自身にだけ誇ることが出来るように、此処までずっと生きてきたのですから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルフォンス・サーガ  ~大陸英雄伝~

藤川未来
ファンタジー
少年王アルフォンスは、ベルン王国の若き国王。天才軍事指導者であるアルフォンスは、戦乱の大陸を平定し、乱世を静める。 大陸史上最高の英雄アルフォンスの戦記物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...