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インテルメッツォ-38 矜持/教示
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「いいえぇ、滅相も御座いません。そうした意図など、微塵もありませんよぉ。それこそが、真逆というものなのですよぉ。あなたに対して、かような心積もりなどありえないのですからぁ。そしてあなたの仰るお言葉を、わたしが疑うことなどあるはずがありませんものぉ。ですが、あなたがそうお受け取りになられ、あなたがそのようにお感じ遊ばれてしまったのは、全てわたしの不徳と未熟の致すところですからねぇ。謝罪など何の意味も為さないことは百も承知しておりますよぉ。ですが此度の段、何卒平にご容赦とご寛恕賜りますよう、心よりお願い申し上げますねぇ。本当に、ごめんなさい。そうでしたね。あなたは、そういうひとでしたものね。有言不言問わず人知れず、誰かの為に己が善かれと思ったことならば、躊躇いなく実行してしまうひと。そうしてどのようなことであろうとも、必ずやり遂げてしまうひと。そんなあなたがそう仰るのですから、きっと、そうなるのでしょう。ふふふ、わたしとしたことがついうっかりしておりました。よりにもよって、あなたの為人について失念してしまうなんて。そんなことは、わたしにとっては許されざる大罪です。ですのでわたしのあらん限りの言葉を尽くして、重ね重ねあなたに請います。此の度は、誠に申し訳ありませんでした。だからあなただけは、どうかわたしを許してくださいね。あっそうそう、そうでした。ひとつ大事なことを言い忘れておりましたぁ。あなたが何と言おうとも、この世界でわたしはだけは、あなたの言うようには決してなりません。それだけは、お心に留めておいてくださいねぇ」
少女は恥じ入り謙る素振りだけは見せながら、心に浮かんだ謝意を示す。
それと同時に男に対して傍若無人も甚だしい宣言を、恥ずかしげもなく堂々と布告する。
その、ある種の威厳さえ漂う少女の風情。
しかし魔王の鷹揚な姿は小揺るぎすらすることなく、その心は漣ひとつ立つことさえない穏やかなる凪。
その眼差しは余裕に満ち、まるで背伸びするを幼子の繰り言の如く少女の言葉に聞き入っている。
愉悦に染まった微笑に、口の端を歪めながら。
そう相対するのがふたりにとっての暗黙の礼儀であるかのように、男は少女に対して傲岸不遜を以て応えと為す。
そうして、ふたりは距離は近づいてゆく。
あるいは、離れた心を縮めてゆく。
最早這いずるように不快な音は聞こえない。
鋼を打ち付けるが如き硬く重い禍つ響きが、低く静かに谺する。
一歩一足大きく鳴り耳に届く鐘の音が、少女に魔王の到来を刻々と告げていた。
「構わんさ。そのような瑣末事、お前が気に病む必要など全くない。人間の想いなど、過去の記憶など、所詮はその程度のもの過ぎんのだからな。そんなものは、心に刺さった棘でしかない。痛みと共にその存在を思い出す。ただ、それだけだ」
それはひとの想いには、思い出すだけで痛みを伴うということに他ならない。
「然るに元来罪というなら、お前はこんなものとは比較にならぬ程の罪業をとうに犯しているではないか」
ふたりの間に横たわる溝を埋めるように、男は少女へ語り掛ける。
「はて? わたし、他に何か悪いことをしましたっけ?」
少女は本当に解らないように、目を瞬かせて心底からの言葉を口にする。
「誰かに誹られるような生き方をしてきた覚えは、何ひとつとしてありませんよ。確かにわたしに価値はありません。ですがわたしは常にわたし自身にだけ誇ることが出来るように、此処までずっと生きてきたのですから」
少女は恥じ入り謙る素振りだけは見せながら、心に浮かんだ謝意を示す。
それと同時に男に対して傍若無人も甚だしい宣言を、恥ずかしげもなく堂々と布告する。
その、ある種の威厳さえ漂う少女の風情。
しかし魔王の鷹揚な姿は小揺るぎすらすることなく、その心は漣ひとつ立つことさえない穏やかなる凪。
その眼差しは余裕に満ち、まるで背伸びするを幼子の繰り言の如く少女の言葉に聞き入っている。
愉悦に染まった微笑に、口の端を歪めながら。
そう相対するのがふたりにとっての暗黙の礼儀であるかのように、男は少女に対して傲岸不遜を以て応えと為す。
そうして、ふたりは距離は近づいてゆく。
あるいは、離れた心を縮めてゆく。
最早這いずるように不快な音は聞こえない。
鋼を打ち付けるが如き硬く重い禍つ響きが、低く静かに谺する。
一歩一足大きく鳴り耳に届く鐘の音が、少女に魔王の到来を刻々と告げていた。
「構わんさ。そのような瑣末事、お前が気に病む必要など全くない。人間の想いなど、過去の記憶など、所詮はその程度のもの過ぎんのだからな。そんなものは、心に刺さった棘でしかない。痛みと共にその存在を思い出す。ただ、それだけだ」
それはひとの想いには、思い出すだけで痛みを伴うということに他ならない。
「然るに元来罪というなら、お前はこんなものとは比較にならぬ程の罪業をとうに犯しているではないか」
ふたりの間に横たわる溝を埋めるように、男は少女へ語り掛ける。
「はて? わたし、他に何か悪いことをしましたっけ?」
少女は本当に解らないように、目を瞬かせて心底からの言葉を口にする。
「誰かに誹られるような生き方をしてきた覚えは、何ひとつとしてありませんよ。確かにわたしに価値はありません。ですがわたしは常にわたし自身にだけ誇ることが出来るように、此処までずっと生きてきたのですから」
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