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インテルメッツォ-33 偽装/擬葬
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男は、魔王になりたかった訳ではない。
自分が魔王だなどと、一度だりとも思ったことはありはしない。
善くも悪くも、こんな二つ名は自分には釣り合わないと心底から思っていた。
故に、そう呼ばれて快楽を覚えたことはない。
そのように扱われて、愉悦を感じたこともない。
男にとって魔王という冠は、茨で編まれているも同然だった。
それでも男は、常にみんなの先頭に立っていた。
男よりも前、男が目を向け見ている処には誰ひとりいなくとも。
男の顧みることのない後ろに、ただただ無数の誰かが続いていくばかりだったとしても。
魔王などいう呼称を用いて、皆を煽動したことなどない。
皆を先導し、引き連れていた訳ではない。
男の後ろをただ付いて来るだけの者達がそう呼び湛え、祭り上げていただけのこと。
男の声になど、誰一人耳を貸すこともなく。
処構わず何処からでも聞こえ響き渡る大音声、喝采と拍手の不協和音に全てがかき消されていった。
そうして誰しもが善くも悪くも、男を本物の魔王だと信じるだけで疑うことをしなかった。
この広く狭い世界の中で、たった二人だけの例外を除いては。
それ以外の誰もが、誰かも分からぬ者達全員が同じだった。
ただ男を見る目が異なるだけで、その内心に抱く想いは変わらなかった。
男を真なる魔王と思い込み、忌避し避け逃げ出すか。
嬉々として男を魔王と称し、担ぎ出して神輿と成すか。
その、たった二つ。
どちらかだけしかなかった。
その現状と状況に甘んじていた男にも非はあり、明らかな失態があった。
だが、男は想っていたのだ。
あるいは、何も想っていなかった。
男を忌むべき存在として捉える者達の視線を、仕様がないと思いつつ気にも留めずに放置していた。
それでも残った、男の側に居る者達。
二分の一の、半面にして反面の者達。
彼らが、いたのだ。
その彼らが男を魔王と呼ぶ声には、紛れもない親愛の情と信頼の念が込められていた。
しかしそれは、彼らの願望の要求と表裏一体。
そしてそこには、必ず同じものが添えられていた。
誰も彼もが、皆変わらず浮かべていたもの。
みんなの手垢に塗れながら整えた、笑顔のかたちだけがそこにはあった。
その笑顔と期待に染まった眼差しが、男を魔王に仕立て上げていったのだった。
人々の願望と羨望の結晶たる魔王の二つ名。
その茨の冠を戴き偽りを演じることに、男は迷いを覚えなかった。
どれだけ重く痛みと苦しみを伴いながら心を締め付けられても、決して男は膝を折りはしなかった。
それこそが、誰かが自分に望み願ったことだからだ。
それだけが、誰かに自分が出来る唯一のことだと信じていたからだ。
そんなことを続けていればどうなるか、考えることもせず。
不相応な殻に己を押し込めていればどうなるか、その当然の帰結に思いが至ることもなく。
それが己の歪みの始まりなのだと、気付くことすらないままに。
自分が魔王だなどと、一度だりとも思ったことはありはしない。
善くも悪くも、こんな二つ名は自分には釣り合わないと心底から思っていた。
故に、そう呼ばれて快楽を覚えたことはない。
そのように扱われて、愉悦を感じたこともない。
男にとって魔王という冠は、茨で編まれているも同然だった。
それでも男は、常にみんなの先頭に立っていた。
男よりも前、男が目を向け見ている処には誰ひとりいなくとも。
男の顧みることのない後ろに、ただただ無数の誰かが続いていくばかりだったとしても。
魔王などいう呼称を用いて、皆を煽動したことなどない。
皆を先導し、引き連れていた訳ではない。
男の後ろをただ付いて来るだけの者達がそう呼び湛え、祭り上げていただけのこと。
男の声になど、誰一人耳を貸すこともなく。
処構わず何処からでも聞こえ響き渡る大音声、喝采と拍手の不協和音に全てがかき消されていった。
そうして誰しもが善くも悪くも、男を本物の魔王だと信じるだけで疑うことをしなかった。
この広く狭い世界の中で、たった二人だけの例外を除いては。
それ以外の誰もが、誰かも分からぬ者達全員が同じだった。
ただ男を見る目が異なるだけで、その内心に抱く想いは変わらなかった。
男を真なる魔王と思い込み、忌避し避け逃げ出すか。
嬉々として男を魔王と称し、担ぎ出して神輿と成すか。
その、たった二つ。
どちらかだけしかなかった。
その現状と状況に甘んじていた男にも非はあり、明らかな失態があった。
だが、男は想っていたのだ。
あるいは、何も想っていなかった。
男を忌むべき存在として捉える者達の視線を、仕様がないと思いつつ気にも留めずに放置していた。
それでも残った、男の側に居る者達。
二分の一の、半面にして反面の者達。
彼らが、いたのだ。
その彼らが男を魔王と呼ぶ声には、紛れもない親愛の情と信頼の念が込められていた。
しかしそれは、彼らの願望の要求と表裏一体。
そしてそこには、必ず同じものが添えられていた。
誰も彼もが、皆変わらず浮かべていたもの。
みんなの手垢に塗れながら整えた、笑顔のかたちだけがそこにはあった。
その笑顔と期待に染まった眼差しが、男を魔王に仕立て上げていったのだった。
人々の願望と羨望の結晶たる魔王の二つ名。
その茨の冠を戴き偽りを演じることに、男は迷いを覚えなかった。
どれだけ重く痛みと苦しみを伴いながら心を締め付けられても、決して男は膝を折りはしなかった。
それこそが、誰かが自分に望み願ったことだからだ。
それだけが、誰かに自分が出来る唯一のことだと信じていたからだ。
そんなことを続けていればどうなるか、考えることもせず。
不相応な殻に己を押し込めていればどうなるか、その当然の帰結に思いが至ることもなく。
それが己の歪みの始まりなのだと、気付くことすらないままに。
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