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インテルメッツォ-22 慈悲/似非

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「さて、どうかな。こればかりはいくらお前でも、そう容易くはいかないと思うがな」
 そう告げる男の口調に気負いはなく、如何なる緊張も見られない。
 少女の放つ重圧など、微風程度に感じているよう。
 だが、その言葉を彩る気概は剛毅そのもの。
 不遜に咲いた口の端は、不敵に微かに吊り上がる。
 そこに象られ浮かぶのは、紛れもなく笑みと呼ばれるべき形。
 苦境の際に立ったなら、ここから笑え。
 逆境に淵に陥ったなら、ここで笑え。
 誰かを笑顔にするしか出来なかった男。
 しかしそれこそが、男の流儀にして作法。
 それだけが、唯一自分に許した時間。
 己の為に、笑うべき瞬間とき
 慄く心を鼓舞する為に。
 恐怖から逃げない為に。
 笑うという行為の本分を、存分に発揮する。
 目の前の窮地を乗り越えて、
 決して口にはすることのない、ほんの僅かな男の矜持。
 その笑みは少女に向けられ、真っ直ぐに見据えている。
「さぁて、どうでしょうねぇ。ただわたしの見解としましては特段そんな事はないでしょうし、別段大した事でもなさそうです。だから特別どうということもないと思いますよぉ。だって、もう何処にも亡いんですから。もうあなたしか、いないのですから。先程失くして差し上げますと言いましたが、あなたの仰る全てはとうに失われているんですよ。そんなものが未だに遺されているのは、あなたが目を開けたまま見ていらっしゃる夢の中だけなのですよ」
 何喰わぬ顔で言いながら、少女は心中で「ああ、またか」と溜め息と共に吐き捨てた。
 男が浮かべるその表情を、かつて少女は幾度となく目にしてきた。
 みんなの力を合わせても打破し難い困難な局面。
 みんなの力が足りずに解決し得ない過酷な状況。
 それだけ如何ともし難い窮地に直面し、誰もが絶望に呑み込まれ諦念に沈みかけたときだった。
 男の顔は何時も必ず、
 その男の顔にみんなは勇気と希望を与えられ、みんなが男を励まし奮い立たせて戦った。
 そうして誰も彼もが生き残り、みんなで喜びを分かち合う。
 そんな吐き気を催す光景に、少女は幾度となく見てきたのだ。
 だというのにあんな姿に成り果てて尚、そんなところばかり変わらないのか。
 今になっても、浮かぶ顔が同じ顔だなんて。
 わたしに向かって、そんな顔を見せるだなんて。
 本当に、どうしようもない人だ。
 どうしてまだそれが、自分の為だと思っていられるのか。
 何故未だにそんなものを、本当に笑顔だと思えるのか。
 だから、少女は知っている。
 男が自分自身の為に笑ったことなど一度たりともないということを。
 だからこそ、少女は思っている。
 あんなものが、
「そんなことはない。みんなの想いも願いも俺がしかと受け継いでいる。だから俺は一人じゃない。みんなの心は、俺の命の中に生きている」
 少女には正気を失っていると断じて余りある、気が狂れてきがふれているとしか思えぬ男の言葉。
 だが男の言葉は、全てが本気だ。
 本心からの言葉、自分以外の誰かの為の言葉なのだ。
 故に少女は確信出来る。
 今の男を見ているだけで、自分の正しさが間違いないことを認識出来る。
「あなた程の人にそこまで言わせるとはぁ、一体どこまで浅ましく業の深い連中だったのでしょうかぁ。あなたにそこまでさせておいて、あなたをそんなにしておいて。それでもまだ生きているだなんてぇ。本当に、屑共でしたね」
「救い、か」
 男は自らが掴み取った輝きを見詰めてそう呟く。
「お前は誰か一人でも、お前の慈悲で救うことが出来たのか」
 それは少女の言葉を注がれ溢れ出た、訊くでもない男の心。
 しかし少女がそんな甘露を聞き逃すはずがない。
  照れたように頬に手を当て、男の言葉に応えてやる。
「そんなぁ、人間を救うだなんてぇ。そんな大それた恐れ多いこと、わたしが出来るわけないじゃないですかぁ。わたしはただ、。まあ実際に何人が会うことが出来たのかなんてこと、そんなことは知りませんけどねぇ」
「そうか」
 男は納得したわけでも理解したわけでもない。
 ただ一つの決意を込めて頷いた。
 それは果たして如何なるものだったのか。
「ならば、はお前に返さなくてはならないな」
 男は掌の中にあった鈍色の輝きを、少女に向かって投げ渡した。
 まるで再びもう一度、別離と拒絶を告げるように。
 狂狂くるくると廻っ返ってくる、自分の与えた慈悲のかたち。
 それを見詰める少女の瞳は何も映してはいなかった。
 その虚無に染まった瞳の奥で、心に湧いた想いは唯一つ。
 あんなに、手放さないって言っていたのに。
 、そんなに簡単に捨てられるんだ。
 ただ、それだけが心を乾かし吹き抜けていった。
 故に、男は気付かなかった。
 左腰の柄頭に伸びた手の動きにも。
 少女の心の動き、そしてその想いにも。 
 全てが終わったそのとき迄、男は何一つ気付くことが出来なかった。
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