13 / 46
インテルメッツォ-13 理解/離解
しおりを挟む
少女の放った、多分に揶揄と嘲弄の成分が練り込まれた断定の言葉。
それを正面から受け止めた男には、先程のような憤怒も不快の感情も湧いてはこなかった。
ただ、そんなことは当然ではないかと、当たり前のような思いが自然と込み上げてくるのみだ。
故に、数瞬前と同じ言葉を持ってして男は少女に応えようとした。
少女の有無を言わせぬ、ある種の確信に満ちた問い。
その体裁に裏付けされた、裏に隠されること無き断言と確定。
それを正面から一歩も退かずに打ち破り、また一歩踏み込み打ち砕くその為に。
此処まで歩み続けてきた道程、その最中掴み取り手に入れることが出来たもの。
皆の絶大なる矜持と共に、己への僅かながらの自負を込めて。
眦を決し、少女を見据える。
肺が大きく収縮し。
腹筋を波打つように蠕動させる。
そして己の意志を言葉と為して舌に載せて口を開いた。
まさに、その瞬間だった。
男の呼吸、その全てが凍り付いたのは。
それに伴い、動作の一切も停止する。
「あれあれぇ、一体どうされたのですかぁ、急に固まってしまわれてぇ。先程まで随分と身体に力が有り余っていっていらっしゃったのにぃ。もしかてぇ、固まったまま勢い余って達してしまれたのですかぁ。いけませんよぉ、わたしより先に粗相なさるなんてぇ。ですがそれも無理からぬ事なのでしょうかぁ。だってあなた、わ・た・し・に何か一言仰っしゃりたい事、お有りになんですよねぇ。あんなに意気込んだご様子で、覚悟を決められたようにお見受け致しましたものぉ。いいんですようぉ、遠慮なんてなさらくても。あなたの裡に積もり積もって溜まってらっしゃるもの、ぜーんぶ吐き出してしまって良いんですよぉ。ですからそんなに緊張なさらず、深呼吸でもして楽になってください。そうしてもう一度、頑張ってみましょうかぁ。ご心配なさらなくたえも大丈夫ですようぉ、次こそはきっとお上手に出来るはずですからぁ」
今の男に、少女の言葉が聞こえない。
声が耳まで入ってきても、心には届かない。
何故今になって気が付いたのか。
何故今まで気が付かなかったのか。
どうして、此処まで何とも思わなかったのか。
何度となく思い出し、幾度も思い返してきたはずなのに。
みんなのことは確かに心に残っているはずのなに。
みんなの名前は全て、一字漏らさず覚えている。
みんなとの思い出も、何一つ忘れていない。
なのに。
ひとりひとりの顔が、誰なのか判別出来ない。
誰が誰なのか、一人たりとも区別が出来ない。
そこにあるはずの、目も、耳も、鼻も、口も。
人間の顔を構成している全ての部品が。
まるで万華鏡の欠片のように、崩れるように乱れて見える。
今まで出会ってきた人々が。
あれ程大切に想っていた仲間でさえも。
みんなが、誰もが全て同じに見えて解らない。
解るのは、唯ひとつ。
その顔は、一つ残らず全てが笑顔だということだけ。
男も女も子供も老人も生者も死人も誰も彼もがみんなが男のことを見詰めている。
みんなが揃いの笑顔を浮かべて男が何をしてきたのかを笑って見ていた。
「くふふ、漸くお気付きになられましたかぁ。今更お解りになられましたかぁ。あなたが今まで一体何を見ていらしたのか。それにしても遅すぎですよぉ。あまりに早すぎるのも詰まりませんが、遅すぎるの疲れてしまいます。お付き合いするこちらの身にも、少しは気を遣って頂きたいものですねぇ。ああ、勿論わたしは初めてお会いした瞬間から解りましたよぉ。あなたがどんな人間なのか、ちゃ~んと知っていましたよぉ。最初からあなたを見ていましたからぁ。あなたにあったのは博愛の精神でも、公平な見解でも、平等な姿勢でもありません。あなたが見ていらしたものは唯ひとつ。己が為し得た結果、ただそれのみです。だから不思議でも奇妙でも何でもありません。あなたは最初から誰も見ておられなかったんですから。そんなものしか見てこなかったあなたの心に、そんなものしか残っていないは極自然な当たり前のことなんですよぉ。至極当然のことなんですぉ。けひひ、良ければ教えて差し上げましょうかぁ。あなたが今、どんなお顔をしてらっしゃるか。きしし、そこでですねぇ、一つ疑問があるんですようぉ。こんな今だからこそ、そんなあなたにお訊きしたいのですよ。あなたは人が笑顔になれるよう今まで頑張ってこられたようですが、果たして本当のところはどうですか? それが例え誰のものか解らなくとも、今でも笑顔は素晴らしく善いものとしてあなたの目には映ってらっしゃいますか?」
それを正面から受け止めた男には、先程のような憤怒も不快の感情も湧いてはこなかった。
ただ、そんなことは当然ではないかと、当たり前のような思いが自然と込み上げてくるのみだ。
故に、数瞬前と同じ言葉を持ってして男は少女に応えようとした。
少女の有無を言わせぬ、ある種の確信に満ちた問い。
その体裁に裏付けされた、裏に隠されること無き断言と確定。
それを正面から一歩も退かずに打ち破り、また一歩踏み込み打ち砕くその為に。
此処まで歩み続けてきた道程、その最中掴み取り手に入れることが出来たもの。
皆の絶大なる矜持と共に、己への僅かながらの自負を込めて。
眦を決し、少女を見据える。
肺が大きく収縮し。
腹筋を波打つように蠕動させる。
そして己の意志を言葉と為して舌に載せて口を開いた。
まさに、その瞬間だった。
男の呼吸、その全てが凍り付いたのは。
それに伴い、動作の一切も停止する。
「あれあれぇ、一体どうされたのですかぁ、急に固まってしまわれてぇ。先程まで随分と身体に力が有り余っていっていらっしゃったのにぃ。もしかてぇ、固まったまま勢い余って達してしまれたのですかぁ。いけませんよぉ、わたしより先に粗相なさるなんてぇ。ですがそれも無理からぬ事なのでしょうかぁ。だってあなた、わ・た・し・に何か一言仰っしゃりたい事、お有りになんですよねぇ。あんなに意気込んだご様子で、覚悟を決められたようにお見受け致しましたものぉ。いいんですようぉ、遠慮なんてなさらくても。あなたの裡に積もり積もって溜まってらっしゃるもの、ぜーんぶ吐き出してしまって良いんですよぉ。ですからそんなに緊張なさらず、深呼吸でもして楽になってください。そうしてもう一度、頑張ってみましょうかぁ。ご心配なさらなくたえも大丈夫ですようぉ、次こそはきっとお上手に出来るはずですからぁ」
今の男に、少女の言葉が聞こえない。
声が耳まで入ってきても、心には届かない。
何故今になって気が付いたのか。
何故今まで気が付かなかったのか。
どうして、此処まで何とも思わなかったのか。
何度となく思い出し、幾度も思い返してきたはずなのに。
みんなのことは確かに心に残っているはずのなに。
みんなの名前は全て、一字漏らさず覚えている。
みんなとの思い出も、何一つ忘れていない。
なのに。
ひとりひとりの顔が、誰なのか判別出来ない。
誰が誰なのか、一人たりとも区別が出来ない。
そこにあるはずの、目も、耳も、鼻も、口も。
人間の顔を構成している全ての部品が。
まるで万華鏡の欠片のように、崩れるように乱れて見える。
今まで出会ってきた人々が。
あれ程大切に想っていた仲間でさえも。
みんなが、誰もが全て同じに見えて解らない。
解るのは、唯ひとつ。
その顔は、一つ残らず全てが笑顔だということだけ。
男も女も子供も老人も生者も死人も誰も彼もがみんなが男のことを見詰めている。
みんなが揃いの笑顔を浮かべて男が何をしてきたのかを笑って見ていた。
「くふふ、漸くお気付きになられましたかぁ。今更お解りになられましたかぁ。あなたが今まで一体何を見ていらしたのか。それにしても遅すぎですよぉ。あまりに早すぎるのも詰まりませんが、遅すぎるの疲れてしまいます。お付き合いするこちらの身にも、少しは気を遣って頂きたいものですねぇ。ああ、勿論わたしは初めてお会いした瞬間から解りましたよぉ。あなたがどんな人間なのか、ちゃ~んと知っていましたよぉ。最初からあなたを見ていましたからぁ。あなたにあったのは博愛の精神でも、公平な見解でも、平等な姿勢でもありません。あなたが見ていらしたものは唯ひとつ。己が為し得た結果、ただそれのみです。だから不思議でも奇妙でも何でもありません。あなたは最初から誰も見ておられなかったんですから。そんなものしか見てこなかったあなたの心に、そんなものしか残っていないは極自然な当たり前のことなんですよぉ。至極当然のことなんですぉ。けひひ、良ければ教えて差し上げましょうかぁ。あなたが今、どんなお顔をしてらっしゃるか。きしし、そこでですねぇ、一つ疑問があるんですようぉ。こんな今だからこそ、そんなあなたにお訊きしたいのですよ。あなたは人が笑顔になれるよう今まで頑張ってこられたようですが、果たして本当のところはどうですか? それが例え誰のものか解らなくとも、今でも笑顔は素晴らしく善いものとしてあなたの目には映ってらっしゃいますか?」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界
Greis
ファンタジー
【注意!!】
途中からがっつりファンタジーバトルだらけ、主人公最強描写がとても多くなります。
内容が肌に合わない方、面白くないなと思い始めた方はブラウザバック推奨です。
※主人公の転生先は、元はシナリオ外の存在、いわゆるモブと分類される人物です。
ベイルトン辺境伯家の三男坊として生まれたのが、ウォルター・ベイルトン。つまりは、転生した俺だ。
生まれ変わった先の世界は、オタクであった俺には大興奮の剣と魔法のファンタジー。
色々とハンデを背負いつつも、早々に二度目の死を迎えないために必死に強くなって、何とか生きてこられた。
そして、十五歳になった時に騎士学院に入学し、二度目の灰色の青春を謳歌していた。
騎士学院に馴染み、十七歳を迎えた二年目の春。
魔法学院との合同訓練の場で二人の転生者の少女と出会った事で、この世界がただの剣と魔法のファンタジーではない事を、徐々に理解していくのだった。
※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。
小説家になろうに投稿しているものに関しては、改稿されたものになりますので、予めご了承ください。
Lovely Eater Deadlock
久末 一純
ファンタジー
俺の全ては姉のために存在していると確信している。
生命とは姉のために使い尽くすものであり、人生とは姉に消費されるためにあるものだ。
生きる意味も生き続ける目的も生き続けなければならない理由も全ては姉のためにある。
だから毎日今日だけを力の限り精一杯に生きるのだ。
いつか必ず訪れる俺が終わるその瞬間まで。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
弾丸より速く動ける高校生たちの切っ先~荒神と人のどちらが怖いのか?~
初雪空
ファンタジー
氷室駿矢は、いよいよ高校生になった。
許嫁の天賀原香奈葉、幼馴染の西園寺睦実とのラブコメ。
と言いたいが!
この世界の日本は、刀を使う能力者による荒神退治が日常。
トップスピードでは弾丸を上回り、各々が契約した刀でぶった切るのが一番早いのだ。
東京の名門高校に入学するも、各地の伝承の謎を解き明かしつつ、同じ防人とも戦っていくことに……。
各地に残る伝承や、それにともなう荒神たち。
さらに、同じ防人との戦いで、駿矢に休む暇なし!?
この物語はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ないことをご承知おきください。
また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※ 小説家になろう、ハーメルン、カクヨムにも連載中
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる