9 / 46
インテルメッツォ-9 疑問/偽文
しおりを挟む
「あっれぇ、可っ怪しいですねぇ。どうしてそんなことをしちゃうんでかぁ?」
構えを解き、冷えた銃身で自分の頬を突きながら、不満をありありと滲ませた声音で少女は男に問い掛ける。
己の内心を隠そうともしない言葉に共鳴するよう、その醒めきった目に宿るのは不可思議の感情。
湖面の静謐さを称えていた目に、疑問の漣が凪を破る。
予想していた事が、予想していた通りに起こり、予想していた結果を齎した。
その面白くない事実を確認したが為のつまらない目。
だからこそ浮かぶ、その原因への疑問と不可思議。
しかし、その答えは既に少女の中で回答は為されている。
だがそれでも、訊かずにはいられない。
男の口から、言わせずにはいられない。
「どうしてわざわざ自分の手で掴み取るなんて真似、したんですか? あなたならこの程度、単純な障壁一つで簡単に防げたでしょうに」
男を試すかのように問いが重ねられていき、より明確に、より具体性を増していく。
興味が無くとも、知りたいことはある。
関心が無くとも、確かめたいことはある。
自分を納得させる為ならば、どんな事でもしなければ気が済まない。
物心ついた頃より自分自身で認識している、厄介で面倒な少女の持つ性癖だった。
「そうしなけばお前が此処の床を掃除する羽目になっていたのだが、そちらの方がお望みだったか? 真逆そんな訳はないだろう。そして以前にも言ったはずだ。自分で理解している事柄を裏付ける為に、人の答えを試金石にするなと。あれほど口を酸っぱくしてな」
男の口調は我知らず少女と共に居た頃に戻りつつあった。
当然の如く少女は全く気付くことはなかったが、その口調は何故かは解らないが心に障る。
まるで無理矢理瘡蓋を引き剥がされるような不快感に心がざわめく。
何故そんな感覚を覚えるのか、全く心に当たりがない。
しかしそんなことはおくびにも出さず、少女は男に言葉を返す。
「そんなの当然です。自分の中身をぶち撒けたんですから、ちゃんと自分で後始末はして下さい。それに、わたしは今更そんなお小言が聴きたいのではありません。結局あなた、わたしの訊いたことに何も答えてないじゃないですか。そんなことだから、そんな風になってしまったのではないですか? それで、どうして魔法を遣わなかったんですか?」
少女の問いは更に重ねられていき、薄くとも重く男の心に伸し掛かる。
思い返せば、少女はあの頃からこうだった。
自分の納得出来ない事が在る度に、気の済まない事がある毎にこうだったと。
原因を知らなければ納得出来ない。
結果を確かめなければ気が済まない。
だからこそ、少女にとって世界は退屈なものなのかもしれなかった。
そんなことが顔にでることが無いよう注意しながら、男は左手中央の指を三本立てる。
「どうしたのですか、急に指なんか立てて。もしかしてご自分の最大傾斜角度でも示していらっしゃるのですか?」
「違う。これだけははっきりと言っておくが断じて違う。俺は常に親指だ。人が問いに答えようとしているのだ。もう少し大人らしく聞いたらどうなんだ」
それを聞いた少女は胡乱げな顔をしながらも、とりあえず頷いた。
「何もそんなに意地になって否定しなくてもよろしいじゃありませんか。男性の機微というものは存外、繊細なものなのですね。そんな軟弱なことではいざという時に役に勃ちませんよぉ。ですが、そういうことでしたら二重の意味で失礼しました。ですからそんな顔をしないで下さい。あなたは思いがすぐ顔に現れるのですから。男性は脳と下半身が直結しているというのはどうやら俗説では無さそうですねぇ。あー、はいはい、分かりました。もう余計に口には出しません。ああ、失礼、間違えました。もう余計な口は出しません」
言いながら話の先を促すように手を振ってくる。
その手を無視して一瞬視線を横に移せば、心底愉快そうに二人を眺める人ならざる人の目が合った。
天上人にとっては下界の俗事など、刹那の慰み程度に過ぎないのだろう。
否、それは彼女にのみ限った話なのかもしれない。
彼女はこの世界のありとあらゆるものに愉悦と快楽を見出だせる。
森羅万象、あまねく事象を、本当に心から愉しむことが出来るのだから。
故に、世界すら彼女の玩具に為の過ぎない。
無限に玩具が生まれ変わる箱庭でしかない。
そんな彼女だ。いわんや人間など、だ。
故にこそ付けられし徒し名、最高位の的確な尊称。
しかしその名をもって彼女を呼ぶ者は存在しない。
その傍らに彼女だけが振るえる、彼女と対となる剣が在る限り。
それこそ余計な思考に沈みかけていた男は不要な思いを追い払うように、小さく一度頭を振った。
その隙を彼女が見逃さないはずがないことは最初から解っていた。
そして立てた指を一本ずつ折りながら、一つずつゆっくりと時間を掛けて答えてゆく。
「まず一つ目。単純にあの弾丸を魔術で防げば死んでいた。次に二つ目。故にあの手段が最も効率的だった。そして三つ目。何より俺は、魔法遣いなんかじゃない」
構えを解き、冷えた銃身で自分の頬を突きながら、不満をありありと滲ませた声音で少女は男に問い掛ける。
己の内心を隠そうともしない言葉に共鳴するよう、その醒めきった目に宿るのは不可思議の感情。
湖面の静謐さを称えていた目に、疑問の漣が凪を破る。
予想していた事が、予想していた通りに起こり、予想していた結果を齎した。
その面白くない事実を確認したが為のつまらない目。
だからこそ浮かぶ、その原因への疑問と不可思議。
しかし、その答えは既に少女の中で回答は為されている。
だがそれでも、訊かずにはいられない。
男の口から、言わせずにはいられない。
「どうしてわざわざ自分の手で掴み取るなんて真似、したんですか? あなたならこの程度、単純な障壁一つで簡単に防げたでしょうに」
男を試すかのように問いが重ねられていき、より明確に、より具体性を増していく。
興味が無くとも、知りたいことはある。
関心が無くとも、確かめたいことはある。
自分を納得させる為ならば、どんな事でもしなければ気が済まない。
物心ついた頃より自分自身で認識している、厄介で面倒な少女の持つ性癖だった。
「そうしなけばお前が此処の床を掃除する羽目になっていたのだが、そちらの方がお望みだったか? 真逆そんな訳はないだろう。そして以前にも言ったはずだ。自分で理解している事柄を裏付ける為に、人の答えを試金石にするなと。あれほど口を酸っぱくしてな」
男の口調は我知らず少女と共に居た頃に戻りつつあった。
当然の如く少女は全く気付くことはなかったが、その口調は何故かは解らないが心に障る。
まるで無理矢理瘡蓋を引き剥がされるような不快感に心がざわめく。
何故そんな感覚を覚えるのか、全く心に当たりがない。
しかしそんなことはおくびにも出さず、少女は男に言葉を返す。
「そんなの当然です。自分の中身をぶち撒けたんですから、ちゃんと自分で後始末はして下さい。それに、わたしは今更そんなお小言が聴きたいのではありません。結局あなた、わたしの訊いたことに何も答えてないじゃないですか。そんなことだから、そんな風になってしまったのではないですか? それで、どうして魔法を遣わなかったんですか?」
少女の問いは更に重ねられていき、薄くとも重く男の心に伸し掛かる。
思い返せば、少女はあの頃からこうだった。
自分の納得出来ない事が在る度に、気の済まない事がある毎にこうだったと。
原因を知らなければ納得出来ない。
結果を確かめなければ気が済まない。
だからこそ、少女にとって世界は退屈なものなのかもしれなかった。
そんなことが顔にでることが無いよう注意しながら、男は左手中央の指を三本立てる。
「どうしたのですか、急に指なんか立てて。もしかしてご自分の最大傾斜角度でも示していらっしゃるのですか?」
「違う。これだけははっきりと言っておくが断じて違う。俺は常に親指だ。人が問いに答えようとしているのだ。もう少し大人らしく聞いたらどうなんだ」
それを聞いた少女は胡乱げな顔をしながらも、とりあえず頷いた。
「何もそんなに意地になって否定しなくてもよろしいじゃありませんか。男性の機微というものは存外、繊細なものなのですね。そんな軟弱なことではいざという時に役に勃ちませんよぉ。ですが、そういうことでしたら二重の意味で失礼しました。ですからそんな顔をしないで下さい。あなたは思いがすぐ顔に現れるのですから。男性は脳と下半身が直結しているというのはどうやら俗説では無さそうですねぇ。あー、はいはい、分かりました。もう余計に口には出しません。ああ、失礼、間違えました。もう余計な口は出しません」
言いながら話の先を促すように手を振ってくる。
その手を無視して一瞬視線を横に移せば、心底愉快そうに二人を眺める人ならざる人の目が合った。
天上人にとっては下界の俗事など、刹那の慰み程度に過ぎないのだろう。
否、それは彼女にのみ限った話なのかもしれない。
彼女はこの世界のありとあらゆるものに愉悦と快楽を見出だせる。
森羅万象、あまねく事象を、本当に心から愉しむことが出来るのだから。
故に、世界すら彼女の玩具に為の過ぎない。
無限に玩具が生まれ変わる箱庭でしかない。
そんな彼女だ。いわんや人間など、だ。
故にこそ付けられし徒し名、最高位の的確な尊称。
しかしその名をもって彼女を呼ぶ者は存在しない。
その傍らに彼女だけが振るえる、彼女と対となる剣が在る限り。
それこそ余計な思考に沈みかけていた男は不要な思いを追い払うように、小さく一度頭を振った。
その隙を彼女が見逃さないはずがないことは最初から解っていた。
そして立てた指を一本ずつ折りながら、一つずつゆっくりと時間を掛けて答えてゆく。
「まず一つ目。単純にあの弾丸を魔術で防げば死んでいた。次に二つ目。故にあの手段が最も効率的だった。そして三つ目。何より俺は、魔法遣いなんかじゃない」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる