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インテルメッツォ-5 回答/解凍
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「もう一度、仲間になってくださいますか?」
少女が言い放った言葉の意味を、男は疑う事なく理解する。
故意か皮肉か必然か、少女からの申し出は男の本当の想いに、僅かとはいえ掠めてはいたからだ。
男の胸に秘められたまま、開陳されることのなかった芯なる心。
皆に打ち明けられることのないままに。
誰にも打ち明けられることが出来ぬまま。
心の最奥に仕舞い隠されていた、男だけの遺志。
それは男に託された、男が背負った遺志への背信。
此処まで男が辿り着くため、死して道を切り拓いた者達を無碍にする仕打ち。
そのだけに、決して許されてはならぬこと。
何故なら、誰もそんなことを望んではいなかったから。
それは男に委ねられた、男が抱える想いへの不義。
此処に男が至るため、命を散らして道を繋いだ者達を足蹴にする振る舞い。
だからこそ、断じて受け容れられぬこと。
理由は、みんなが願ったのはそんなことではなかったから。
だからこそ、秘められし男の想いも意志もその全てが。
男を信じてくれた者達。その全ての魂への最低最悪の裏切りに他ならない。
当然、男は己の為すべきことを承知している。
そのために、ここまで傷ついてきたのだから。
勿論、男は己の為さねばならぬことを了解している。
それがために、これだけ血を流してきたのだから。
否応なしに、己の義務を理解せざるを得なかった。
そのためだけに、どれだけの生を死へと還元されてきたのかを。
誰もが男に仕果たして欲しいと、願い死んでいった。
故に、男の背負わされた使命こそ。
この世界で無二の怪物を、何をしてでも滅ぼさねばならぬこと。
皆が男に遣り遂げて欲しいと、望んで散っていった。
故に、男が抱えなかえればならなかった責務こそ。
この世界に唯一の暴君を、何があっても首を取らねばならぬこと。
それが皆の魂が背中を押した、男を縛り引き連れ引き摺ってきた大義の在り方。
それが誰かに男が枷られた、正義の在り処だった。
だが、それでも。
男は思わずにはいられない。
此処まで辿り着く事が出来たなら。
此処に至る事が出来たなら。
少女と再び、言葉を交わすことが出来るなら。
自分には、まだ違うことが為せるのではないか。
討ち滅ぼすべき怪物を、斃すことのない正義があるのではないか。
此処から、異なる道を歩めるのではないか。
首を取るべき暴君を、殺さずに済む大義があるのではないか。
例え互いの手を取り合うことは出来ずとも。
これ以上互いに傷つけ合い血を流す以外の在り方を、互いの手で探していけるのではないか。
郷愁が心を刺し貫く痛みに耐えながら、男はそう思わずにいられない。
過ぎ去ってしまった過去を、取り戻したかった訳ではない。
過去は永遠に癒えぬ喪失となって、男の心に消えぬ空白を穿っている。
前に共に過ごした日々を、今また始めたかったわけではない。
色褪せぬ昔日は永劫の決別によって、二人の心に埋められぬ溝を刻んでいる。
最早男の思い出の中にしか存在しない、忘れ得ぬ記憶と想い。
少女の心には、そんなものはもう何処にも存在していない。
そんなものがあったことさえ、少女の認識には残っていない。
だから自分が男に何をしたのか、そんな些事は覚えていない。
最初から自分が何をしたのかすら、解ってはいないのだから。
男が手にしていた現在を踏み潰し、過去にのみ住まう幻影に貶しめ、思い出を鮮やかな紅に染めたのは。
持てる全ての仲間を奪い尽くし。
全ての友との絆を絶ち崩し。
男と共に在った全ての人間を殺し壊したのも全て。
嘗て心を通わせたと男が錯覚した、一人の少女が為したのだ。
男の心と記憶の中では黒く昏い感情が、今でも熾火の如く燃え続けている。
それでも、男はその全てを呑み込んだ。
過去を変えてはならない。
ならば、固定された過去を少しでも未来への善き変化に繋げることは出来ないかと。
男の心は、想っていたのだ。
だが、少女は言った。
少女の言葉を、男は聴いた。
その意味を、男は違えることなく理解する。
「もう一度、わたしの仲間になってくださいますか?」
その言の刃は確かに男の心に突きつけられ、首筋を掠めていったのだ。
そして男の想いの全てをまたしても、塵と踏み砕いていったのだ。
そんな提案に対する答えは決まっている。
応えなど、考えるまでもない。
一瞬の遅滞もなく想いを言葉に換えて返そうと、男は浅く息を吸い込んだ。
その、瞬間だった。
重く乾いた空虚な轟きが、侵されざる聖域に鳴り響き、激しく空気を波打たせた。
少女が言い放った言葉の意味を、男は疑う事なく理解する。
故意か皮肉か必然か、少女からの申し出は男の本当の想いに、僅かとはいえ掠めてはいたからだ。
男の胸に秘められたまま、開陳されることのなかった芯なる心。
皆に打ち明けられることのないままに。
誰にも打ち明けられることが出来ぬまま。
心の最奥に仕舞い隠されていた、男だけの遺志。
それは男に託された、男が背負った遺志への背信。
此処まで男が辿り着くため、死して道を切り拓いた者達を無碍にする仕打ち。
そのだけに、決して許されてはならぬこと。
何故なら、誰もそんなことを望んではいなかったから。
それは男に委ねられた、男が抱える想いへの不義。
此処に男が至るため、命を散らして道を繋いだ者達を足蹴にする振る舞い。
だからこそ、断じて受け容れられぬこと。
理由は、みんなが願ったのはそんなことではなかったから。
だからこそ、秘められし男の想いも意志もその全てが。
男を信じてくれた者達。その全ての魂への最低最悪の裏切りに他ならない。
当然、男は己の為すべきことを承知している。
そのために、ここまで傷ついてきたのだから。
勿論、男は己の為さねばならぬことを了解している。
それがために、これだけ血を流してきたのだから。
否応なしに、己の義務を理解せざるを得なかった。
そのためだけに、どれだけの生を死へと還元されてきたのかを。
誰もが男に仕果たして欲しいと、願い死んでいった。
故に、男の背負わされた使命こそ。
この世界で無二の怪物を、何をしてでも滅ぼさねばならぬこと。
皆が男に遣り遂げて欲しいと、望んで散っていった。
故に、男が抱えなかえればならなかった責務こそ。
この世界に唯一の暴君を、何があっても首を取らねばならぬこと。
それが皆の魂が背中を押した、男を縛り引き連れ引き摺ってきた大義の在り方。
それが誰かに男が枷られた、正義の在り処だった。
だが、それでも。
男は思わずにはいられない。
此処まで辿り着く事が出来たなら。
此処に至る事が出来たなら。
少女と再び、言葉を交わすことが出来るなら。
自分には、まだ違うことが為せるのではないか。
討ち滅ぼすべき怪物を、斃すことのない正義があるのではないか。
此処から、異なる道を歩めるのではないか。
首を取るべき暴君を、殺さずに済む大義があるのではないか。
例え互いの手を取り合うことは出来ずとも。
これ以上互いに傷つけ合い血を流す以外の在り方を、互いの手で探していけるのではないか。
郷愁が心を刺し貫く痛みに耐えながら、男はそう思わずにいられない。
過ぎ去ってしまった過去を、取り戻したかった訳ではない。
過去は永遠に癒えぬ喪失となって、男の心に消えぬ空白を穿っている。
前に共に過ごした日々を、今また始めたかったわけではない。
色褪せぬ昔日は永劫の決別によって、二人の心に埋められぬ溝を刻んでいる。
最早男の思い出の中にしか存在しない、忘れ得ぬ記憶と想い。
少女の心には、そんなものはもう何処にも存在していない。
そんなものがあったことさえ、少女の認識には残っていない。
だから自分が男に何をしたのか、そんな些事は覚えていない。
最初から自分が何をしたのかすら、解ってはいないのだから。
男が手にしていた現在を踏み潰し、過去にのみ住まう幻影に貶しめ、思い出を鮮やかな紅に染めたのは。
持てる全ての仲間を奪い尽くし。
全ての友との絆を絶ち崩し。
男と共に在った全ての人間を殺し壊したのも全て。
嘗て心を通わせたと男が錯覚した、一人の少女が為したのだ。
男の心と記憶の中では黒く昏い感情が、今でも熾火の如く燃え続けている。
それでも、男はその全てを呑み込んだ。
過去を変えてはならない。
ならば、固定された過去を少しでも未来への善き変化に繋げることは出来ないかと。
男の心は、想っていたのだ。
だが、少女は言った。
少女の言葉を、男は聴いた。
その意味を、男は違えることなく理解する。
「もう一度、わたしの仲間になってくださいますか?」
その言の刃は確かに男の心に突きつけられ、首筋を掠めていったのだ。
そして男の想いの全てをまたしても、塵と踏み砕いていったのだ。
そんな提案に対する答えは決まっている。
応えなど、考えるまでもない。
一瞬の遅滞もなく想いを言葉に換えて返そうと、男は浅く息を吸い込んだ。
その、瞬間だった。
重く乾いた空虚な轟きが、侵されざる聖域に鳴り響き、激しく空気を波打たせた。
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