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インテルメッツォ-4 提案/低暗
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眼前の少女の印象を端的に表するならば素朴、もしくは純朴といった言葉が相応しい。
その雰囲気に特別な華やかさや色はなく、特段に派手な姿というわけでもない。
積極的に人目を惹くような、艶やかさや美しさとは無縁だった。
しかしよく見れば、その容姿はかなり整っていることに気付く。
鴉の濡羽を櫛ったような黒髪は、降り注ぐ光を存分に浴びて光輪を戴いてる。
髪と同色の大きく円な瞳は人懐っこく、透き通るように澄んでいた。
鼻筋も歪みなく綺麗に通り、鼻梁も顔立ちの整合性を崩さぬ絶妙な高さにある。
その下にある笑みを象った形の良い唇は、生気に満ちた鮮やかな朱。
滑らかな肌には傷ひとつなく瑞々しいまま、鍛え抜かれた発展途上の肉体を覆っている。
いつまでも未発達な身体は僅かばかり育ち始めた柔らかさと膨らみが、辛うじて女であることを示していた。
誰もが歩みを止めて見入るような大輪の花ではなく、歩みを止め足下に目を遣った者のみが知る一輪の花だった。
女としての色艶には乏しくとも、生命力に満ちた可憐さや可愛らしさに溢れていた。
きっと何処か小さな村にでも産まれていたら、細やかなながらも確かな幸せを手にしていただろう。
皆から愛され、善き伴侶と出会い、子宝に恵まれ、沢山の人々に囲まれて、自分の人生を振り返りながら静かにその幕を閉じる。
最後に、幸せに生きれたことを確かに感じながら。
そんな極ありふれたと話にだけはよく聞くひと並に幸せな人生を、彼女は本当に送ることが出来ていただろう。
それが何処で間違い、誰が失敗し、一体何が悪かったのか。
天真爛漫な少女は姿形だけはそのままに、今では誰にも止めることが出来ない怪物と為っていた。
鏡のように磨かれた華美な鎧を身に纏い、背中には神殺しの業を背負わされた大剣を、左腰には決して折れぬことなき東国の太刀を佩いた姿をもって。
ただそこに在るだけで、世界の濃度は何処までも昏く、密度は果てしなく重くなっていく。
こうなってしまった一因は確実に自分にあると、男には解っていた。
その事実に、彼女を前にして歯噛みすることしか出来ない己に、口惜しさだけが膨れ上がってゆく。
「どうしたんですか、そんなに硬くなって。いくら思い出せないくらい久しぶりだからって、そんなに緊張しなくていいんですよ。あっ、もしかして逆に久しぶりだったから、わたしの顔を見て固くなっちゃったんですか?」
未だにあどけなさを残したままの顔にはおよそ似つかわしくない、下世話な冗句を堂々と口にする。
照れも羞恥もなく、その意味することすら知ることなく。
相手がどう思うかまったく分からず、相手にどう思われるか一切気にすることもなく。
「お前はそんなところばかり相変わらずだな。だが余計な世話だ。今更お前のどんな姿を見たところで俺の分身が勃ち上がるわけがないだろう。だが挨拶は遅れたな。俺は思い出せるが確かに久しぶりだ。どうだ、元気にしていたか? 俺は勿論見ての通りだが」
痛みに悲鳴を上げる身体に鞭打って強引に黙らせ、無理矢理にでも舌を回す。
男の少女に倣って場末の酒場で聞くような言葉を返す。
それは以前、まだ男が少女と共に旅をしていた頃によくしていた遣り取り。
発端は同じく男の仲間だった女性の一人が、少女に教えた冗句のひとつから。
男を手玉に取るための、女の手管と作法だとか何とか言っていた。
少女はその教えを生真面目に学び、今でもこうして血肉となって息づいている。
女性は少女を妹のように可愛がり、少女もそんな女性を姉のように慕っていた。
そして、虫のように踏みにじった。
人間として尊厳も、女としての自尊心も、虫の手足を一本ずつもいでいくように、全て奪って無惨で残な陰惨の極みをもって殺したのだ。
「ええ、それはもうすこぶる元気ですよ。あなたに心配される必要がない程度には。毎晩の運動は欠かしていませんからね。まあ、それはそうと動けないにしろ動かないにしても、どちらでも構いません。それはそれで丁度いいです。話を訊いて頂くには都合がいいですから。実はわたし、あなたにひとつ提案があるのです」
真逆、そんなことはありえない。
彼女の側から歩み寄りの姿勢をみせるなんて。
天地が逆転したような驚きと共に、俄には信じられない思いが男の心に満ちてゆく。
そんななかで、男は少女の言葉をゆっくりと反芻する。
互いに多少なりとも血の通った言葉を交わし、話し合うことは自分だけの望みだと思っていた。
だが彼女が口にした提案、その言葉に自然男の眼差し厳しく強くなる。
「そんなに緊張しないで下さいよ。これは誰にとっても悪い話じゃありません。寧ろみんなが幸せになれる善い話です」
そう語る字面の重さと相反するように、彼女の言葉はどこまでも軽い。
かつて昼食の品書きを注文する時もこうだったと、懐かしさではなく苦い予感が過去を思い出させる。
そんな時は、何時でも碌な事にならなかった。
何故なら、彼女は自分の食べたい料理しか頼まなかったからだ。
「前置きは結構だ。それでお前の言う提案とやらの中身を具体的に訊かせてもらおう」
乾ききった舌で何とか内心を押し隠し、少女に話の先を促す。
そんな男の心情などまったく顧みることも推し量ることもなく、何の気負いもせずに少女は続けた。
「相変わらずせっかちですねぇ。前戯を疎かにする男性は嫌われるそうですよ。だけどまあいいでしょう。わたしとあなたの仲ですし。それに提案というのはまさにそれなんですよ。簡単に言うとですね、もう一度わたしとやりませんか?」
その言葉の意味するところは聴いた瞬間理解出来た。
出来たからこそ、男は訊き返さずにはいられない。
少女の口からはっきりと、聴かずにはいられなかった。
「つまり、お前は何が言いたい? 結局何がしたいんだ?」
「あれ? お解りになりませんでしたか? それともわたしとの付き合いはもう飽きてしまわれましたか? まあ、所詮遊びでしかないのですから、それも仕方ありませんね。では、もう一度同じ事を訊かれるのも面倒なので次はもっと簡単に言いますね」
そこで少女は言葉を区切り、空の左手を差し出した。
そして今度は一切の誤解の入る余地のない、無加工の言葉をそのまま告げた。
「もう一度、わたしの仲間になってくださいますか?」
その雰囲気に特別な華やかさや色はなく、特段に派手な姿というわけでもない。
積極的に人目を惹くような、艶やかさや美しさとは無縁だった。
しかしよく見れば、その容姿はかなり整っていることに気付く。
鴉の濡羽を櫛ったような黒髪は、降り注ぐ光を存分に浴びて光輪を戴いてる。
髪と同色の大きく円な瞳は人懐っこく、透き通るように澄んでいた。
鼻筋も歪みなく綺麗に通り、鼻梁も顔立ちの整合性を崩さぬ絶妙な高さにある。
その下にある笑みを象った形の良い唇は、生気に満ちた鮮やかな朱。
滑らかな肌には傷ひとつなく瑞々しいまま、鍛え抜かれた発展途上の肉体を覆っている。
いつまでも未発達な身体は僅かばかり育ち始めた柔らかさと膨らみが、辛うじて女であることを示していた。
誰もが歩みを止めて見入るような大輪の花ではなく、歩みを止め足下に目を遣った者のみが知る一輪の花だった。
女としての色艶には乏しくとも、生命力に満ちた可憐さや可愛らしさに溢れていた。
きっと何処か小さな村にでも産まれていたら、細やかなながらも確かな幸せを手にしていただろう。
皆から愛され、善き伴侶と出会い、子宝に恵まれ、沢山の人々に囲まれて、自分の人生を振り返りながら静かにその幕を閉じる。
最後に、幸せに生きれたことを確かに感じながら。
そんな極ありふれたと話にだけはよく聞くひと並に幸せな人生を、彼女は本当に送ることが出来ていただろう。
それが何処で間違い、誰が失敗し、一体何が悪かったのか。
天真爛漫な少女は姿形だけはそのままに、今では誰にも止めることが出来ない怪物と為っていた。
鏡のように磨かれた華美な鎧を身に纏い、背中には神殺しの業を背負わされた大剣を、左腰には決して折れぬことなき東国の太刀を佩いた姿をもって。
ただそこに在るだけで、世界の濃度は何処までも昏く、密度は果てしなく重くなっていく。
こうなってしまった一因は確実に自分にあると、男には解っていた。
その事実に、彼女を前にして歯噛みすることしか出来ない己に、口惜しさだけが膨れ上がってゆく。
「どうしたんですか、そんなに硬くなって。いくら思い出せないくらい久しぶりだからって、そんなに緊張しなくていいんですよ。あっ、もしかして逆に久しぶりだったから、わたしの顔を見て固くなっちゃったんですか?」
未だにあどけなさを残したままの顔にはおよそ似つかわしくない、下世話な冗句を堂々と口にする。
照れも羞恥もなく、その意味することすら知ることなく。
相手がどう思うかまったく分からず、相手にどう思われるか一切気にすることもなく。
「お前はそんなところばかり相変わらずだな。だが余計な世話だ。今更お前のどんな姿を見たところで俺の分身が勃ち上がるわけがないだろう。だが挨拶は遅れたな。俺は思い出せるが確かに久しぶりだ。どうだ、元気にしていたか? 俺は勿論見ての通りだが」
痛みに悲鳴を上げる身体に鞭打って強引に黙らせ、無理矢理にでも舌を回す。
男の少女に倣って場末の酒場で聞くような言葉を返す。
それは以前、まだ男が少女と共に旅をしていた頃によくしていた遣り取り。
発端は同じく男の仲間だった女性の一人が、少女に教えた冗句のひとつから。
男を手玉に取るための、女の手管と作法だとか何とか言っていた。
少女はその教えを生真面目に学び、今でもこうして血肉となって息づいている。
女性は少女を妹のように可愛がり、少女もそんな女性を姉のように慕っていた。
そして、虫のように踏みにじった。
人間として尊厳も、女としての自尊心も、虫の手足を一本ずつもいでいくように、全て奪って無惨で残な陰惨の極みをもって殺したのだ。
「ええ、それはもうすこぶる元気ですよ。あなたに心配される必要がない程度には。毎晩の運動は欠かしていませんからね。まあ、それはそうと動けないにしろ動かないにしても、どちらでも構いません。それはそれで丁度いいです。話を訊いて頂くには都合がいいですから。実はわたし、あなたにひとつ提案があるのです」
真逆、そんなことはありえない。
彼女の側から歩み寄りの姿勢をみせるなんて。
天地が逆転したような驚きと共に、俄には信じられない思いが男の心に満ちてゆく。
そんななかで、男は少女の言葉をゆっくりと反芻する。
互いに多少なりとも血の通った言葉を交わし、話し合うことは自分だけの望みだと思っていた。
だが彼女が口にした提案、その言葉に自然男の眼差し厳しく強くなる。
「そんなに緊張しないで下さいよ。これは誰にとっても悪い話じゃありません。寧ろみんなが幸せになれる善い話です」
そう語る字面の重さと相反するように、彼女の言葉はどこまでも軽い。
かつて昼食の品書きを注文する時もこうだったと、懐かしさではなく苦い予感が過去を思い出させる。
そんな時は、何時でも碌な事にならなかった。
何故なら、彼女は自分の食べたい料理しか頼まなかったからだ。
「前置きは結構だ。それでお前の言う提案とやらの中身を具体的に訊かせてもらおう」
乾ききった舌で何とか内心を押し隠し、少女に話の先を促す。
そんな男の心情などまったく顧みることも推し量ることもなく、何の気負いもせずに少女は続けた。
「相変わらずせっかちですねぇ。前戯を疎かにする男性は嫌われるそうですよ。だけどまあいいでしょう。わたしとあなたの仲ですし。それに提案というのはまさにそれなんですよ。簡単に言うとですね、もう一度わたしとやりませんか?」
その言葉の意味するところは聴いた瞬間理解出来た。
出来たからこそ、男は訊き返さずにはいられない。
少女の口からはっきりと、聴かずにはいられなかった。
「つまり、お前は何が言いたい? 結局何がしたいんだ?」
「あれ? お解りになりませんでしたか? それともわたしとの付き合いはもう飽きてしまわれましたか? まあ、所詮遊びでしかないのですから、それも仕方ありませんね。では、もう一度同じ事を訊かれるのも面倒なので次はもっと簡単に言いますね」
そこで少女は言葉を区切り、空の左手を差し出した。
そして今度は一切の誤解の入る余地のない、無加工の言葉をそのまま告げた。
「もう一度、わたしの仲間になってくださいますか?」
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