Lovely Eater Deadlock

久末 一純

文字の大きさ
上 下
26 / 26

一番大事な仕事の基本~その二十五~

しおりを挟む
 さて、どうしたものだろうか。
 怒りが頂点に達したとき、ひとが見せる表情や反応は細かく分別すればそれこそ人それぞれ異なる千差万別人通りで、一つとして同じものがないと言ってもいい。
 自分の感情の任せるまま、怒髪天を衝くような勢いで、激しくその怒りを全身で現し相手にぶつける者もいる。
 殺したいほど憎い相手に向けてにっこりと、艶やかで美しい、滴る怒りを隠した毒花の微笑みを浮かべる者もいる。
 漂白されたように顔から表情が消え、光の失った目に相手の姿を反射したまま、ただ機械のように怒りを実行する者もいる。
 今迄実に多種多様で種々雑多なひとの怒りというものの発現を目にしてきた。
 それはつまるところ、それだけ俺がひとから怒りを向けれてきたことの証左であり、どれだけひとが怒りを顕にする現場に居合わせたかの証拠でもある。
 よく今迄無事だったなあとしみじみ思う。
 いやほとんど無事で済むことはなかったかと渋々ながら思い出す。
 だが今はそんなどうでもいい感慨に耽っている場合ではない。
 考えなければいけないのはこの状況をどうするかということ。
 それも早急に事態を好転させねばならないという最上級の難易度を伴った条件で。
 それは何故か未だに何も口を挟まず指示もださず、圧力だけが増していく沈黙から。
 そして何よりもいつからそうしていたのかようやく痛みに気がついた、こちらも無言で俺の右足を抓り上げている姉の様子を見れば嫌でもと思わされる。
 そんなことはしたくなのに分かってしまう。
 そんなことはできはしないのに察してしまう。
 そんな拒絶の意志は、拒否の言葉は、それこそ口になど出せるはずがない。
 何故なら今は仕事中だからだ。
 嫌だろうが出来なかろうが、やらばなければならない仕事というものなのだそうだ。
 初めに仕事をそう規定し定義した輩に何かの拍子で出会ったなら、俺は必ず問い詰めたい。
 何を考えてそんなことをやらかしたのか。
 基本的には肉体言語を主体として。
 そして規定と定義に関しての改定と撤回について議論を交わしたい。
 何を思えばこんなことをできるのか。
 主に拳を交えて語り合いたい。
 そんな無駄で無為な妄想で俺のほうが逃避していた。
 それも現実なんて逃れようもないものから。でも実際にははいくつもあるが。ただその選択肢はあまり選ばれないというだけで。
 そんな俺を引き戻したのは最早千切れているんじゃないかと思うほど必死に訴えてくる右足の痛み、もといその原因の姉だった。
 これで嫌でも現実を直視しなければならくなった。
 こうしてどうにも出来ない現実と直面しないといけなくなった。
 そして問題を解決するため対処せざるを得なくなった。
 そう問題。
 彼女に関する問題、その全一問の問の一。
 ではいまこうして俺と距離を取って向かい合い、俺の言葉を聞いた彼女は一体どうなのか。
 俺はこの問題を、今度は本当に間違える。
 答えは俺の予想のなかにはどこにもなく、俺の考えたなかのどれでもなかった。
 俺は彼女が間違いなく何らかのかたちで怒りを現してると思ったがそれは大間違いだった。
 彼女が俺を見る眼に怒りはもうその影もなく、代わりに別の感情が宿っていた。
 その感情を向けられるのは無論初めてではない。寧ろその経験は数限りなく枚挙に暇がない。
 だがこんな場面で、しかもそんな瞳に遭遇したのは初めてだった。
 正解は、相手を想うがゆえの本気の哀れみ。そしてそれに裏打ちされた慈しみ。
 どうやら俺は彼女のなかでとして認識されてしまったようだ。
 しかしそんなことはどうでもよかった。
 彼女の認識に異を唱えるもなかった。
 俺はただその瞬間を確認していた。
 今日初めて見せた彼女の。ちぐはぐではない、彼女の瞳にがパチリと嵌まり込んだ瞬間を。
 危うさなどどこにもない、全てを包み込むような深い青を湛える湖の美しさを。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...