Lovely Eater Deadlock

久末 一純

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一番大事な仕事の基本~その二十四~

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 彼女の向ける”どうして”という問いに対して最も単純かつ簡潔に事実だけを返すなら、そんなことは何も悩むこともなく考えることもない唯一つを答えればいいだけのとても簡単なことだった。
 何故ならその理由は、ただそのように指示を受けていたからであり業務上その必要がなかった、寧ろ必要だったから、それだけの話にすぎない。
 例えあいつと会っていようがいまいが、何を聞いていようがいまいがそんなことは何も関係ない。
 つまるところ、俺からしてみればどちらでもいいことでどうでもいいことだった。
 彼女の心を映して激しく波打つ瞳が問うているその疑問も。
 詮ずるところ、どうとでもできたことでどうとでもできることだった。
 こんな地の底で遭遇した正体不明の相手の生命をどう取り扱うかも。
 出逢った瞬間に、これまで通りここまで辿り着く迄に転がっているものに対したように処理をして、生きた人間からただの肉袋に変換できた。
 初めましての挨拶と自己紹介を交わしている間に罅割れた仮面の隙間から刃を射し込んで殺すことができた。
 それはこうして距離を空けて向かい合っていても何も変わらなず同じことだ。
 向こうがこちらに対してどれだけ警戒しようと、どれほど対策を考えようが、どんな対処を練ったところで今の自分の力量と手札ではどうにもならことを彼女はよく理解している。
 同様にそこのところは俺のほうでもよく把握している。
 彼女は理解している。この状況では絶対に自分では俺には勝てないということに。
 俺は把握しいる。この場面では絶対に俺は彼女には負けることはないということを。
 だからこそ俺と出逢ったあのとき彼女は悟ったのだろう。
 自分はここで死ぬのだと。
 それ故の動揺であり、それこそがあの気配の正体だった。
 つまり彼女には彼我の実力差を推し量るだけの力量が確実にある。
 恐らくこの施設内にいるなかでは現在絶賛仕事中の頼れる仲間たちに次いだ戦闘力の持ち主だ。
 会いたくもないのに会ったしまった、彼女の師匠と呼ぶべきなのかどうなのかよく分からないあいつはもうとっくに霧になってこんな地の底からドロンしているはずだから勘定には入れてやらない。
 そんな彼女が逃走という選択を採らず撤退という行動を取らなかった。
 この神経質の極みのように絡み合った、造った輩の神経配線の捻じくれ具合をそのまま具現化したようなこの施設の地下階層ならば寧ろそうするべきだった。
 出逢ったあの瞬間に何が何でもどうにかして脱兎の如く一目散に俺の目の前から全力で逃げ出していれば、成功する芽はないとは言い切れなかった。
 あのとき俺には逃げる相手を追う気はなかったのだから。
 例えそれがただの時間稼ぎに過ぎないとしても。
 生命を長らえることはできた。
 生命を繋ぐための時間は得られた。
 だが彼女が選んだのは、王手確定の後ろ向きなその場しのぎでも、勝算皆無な前向きな特攻でもなかった。
 自分の死を、悟り、覚悟し、受け入れる。
 それが彼女の選択だった。
 故に今の彼女をより正確に言うのなら構えているのではなく待っているのかもしれない。
 自分が予想した結末を。覚悟した終着を。
 だからこそ未だ自分が生きていることを侮辱だと感じているのかもしれない。
 そうしない俺のことをだと思っているのかもしれない。
 だがそれは復讐者の思考でもなければ暗殺者の信条でもない。
 誇りや生き様などといったものに生命を賭ける、勇者の矜持だ。
 もしその本質が彼女が持つ生来の生真面目さと優しさに由来するのなら、それは確実にあいつがそうなるよう仕立てた上げたに違いない。
 どう考えても彼女の全てがちぐはぐで、育成方法を間違えたとしか思えない。
 まあそんなことは産まれ方からした間違えていた、欠陥のある壊れた失敗作なんて不細工な蔑称で呼ばれていた俺が言えた義理は一ミリも存在しないが。
 もうどうでもいいことだが俺のことをそう呼ぶ連中も呼んでいた連中もとっくにこの世に存在しないが。
 兎にも角にもいまのところ追加の指示も変更もない以上、訊かれたからには答えなければならな。
 かたちだけでも会話が成立している今なら尚更だろう。
 回線越しに感じる呆れを含んだ沈黙の圧力も段々と増してきている。
 さっきはより彼女の素顔と内面を覗けるかと思い間違えた答えを返してが、結果はご覧の有様。
 にっちもさっちもいかない膠着状態、もとい硬直状態になってしまった。
 傷仁め、何が押して駄目なら引いてみろだ。本当にそのまま引かれただけじゃないか。
 ならば今度はそんな言い訳も責任転嫁もしないで済む、自分で考えた何も飾ることのない率直な思いを言葉にしよう。
 そうして出した俺の答えは。
「単にやる気がなかっただけだ」
 口にしてから気づいたがこの言葉が仕事で通用する局面は果たして存在するのだろうか。
 答えは呆れを通り越しさらに圧力を増した沈黙が、何より雄弁に示してくれた。
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