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一番大事な仕事の基本~その十七~
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ひとは自分の求めていたものが、自分でも諦めたときにもたらされるとこんな顔になるのか。
それを俺は今、目の前で見て実感している。
歓喜も本望も満足も全てが中途半端にないまぜになった結果、どの感情も表には浮かんでいない漆喰で固めたような無表情がそこにあった。
予想は簡単にできただろうに、一度肩透かしを喰らって諦めてしまったためその可能性を自分で切り捨ててしまっていた。
それ故に完全に虚を衝かれたかたちになった。
そのせいでいつもの本物なのか格好付けてるだけなのか知らない余裕ぶったいけ好かない表情とはまるで異なる間抜けな顔を晒す羽目になっている。
だがそれも一瞬のこと。自分が何を訊かれたのか、問いが脳に届くより前に先走り瞬く間に立ち直った。
待ちに待っていたものがようやく到来し満たされ、ついに望みが叶えられた心地よさを感じ、自分の思いを思い通りにできる喜びが、その顔から姿勢から雰囲気からうるさいほど溢れていた。
しかしそれでもその上で。
「いやぁどうしようかなぁ。でもそこまで言われたらなぁ」
などと意味もなく無駄にわざとらしく勿体つけてくる。
わざわざ自分で自分の歳を訊いてくるような連中よりも遥かに鬱陶しいく煩わしいことこの上ない。
思わず無意識のうちに左手が懐に伸びそうになるのをなんとか堪え、刃や銃弾ではなく言葉で返す。
「じゃあ訊かなかったことにしようかなぁ。そこまで言いたくなさそうならなぁ。仕方ないよなぁ」
「何を言ってるんだ。俺がお前の質問を蔑ろにするするわけがないだろう。俺の持てる限りの熱意をもって正直に誠心誠意答えることを約束する」
そうして軽薄そのものの身の軽さで態度を翻し掌を返す。
お前の持ってる熱意も誠意も正直さなど、血走った眼でさいころの出目を凝視する博徒の財布の中身よりも少ないのは確実だろうに何を言を言い出すか。
それでも答えると言うならそれは貴重な情報の一つだ。
何も個人的な興味だけで質問したわけではない。そこには九区利や社長からの意向が当然ある。
「それで実際どうなんだ?熱意をもって正直に誠心誠意答えてくれよ、簡潔にな」
俺はこいつ自身の言葉に追加注文を付けて答えを促す。
「勿論だ。しかし自分の言葉を自分で説明するのはなかなか気恥ずかしいものがあるな」
「そんな羞恥や慎みなんかとは無縁だろうが。前置きはいいから結論から言え」
いつまでもこいつの調子に合わせていたら夜が明けてしまう。
こちらはまだまだ仕事中で、やらなければならないことがあるのだ。
それにこいつ自身が、陽が出るまで呑気にしているつもりはないだろう。
「分かったよ。とはいえ簡単に言うとしたら何と言えばいいのか、俺が見届けるべきなのは弟子、と言って差し支えない程度には関係があるように思える人間の悲願の達成。
最初に手を差し伸べたこととここまでこさせた者として最後まで付きあうことが俺の責任だ。
まあそのための俺のやったことといえばちょっとした露払いと時間稼ぎくらいだけどな。
そこから先はあいつ次第だ。自分の望みは自分で叶えないと意味がないだろ?」
そんな存在がいたことは初耳だが、特に以外だとは思わない。
確かにこいつとは数限りなく顔を合わせてきたが、こいつの全てを知っているわけでは当然ない。
ともにいる誰かのために、何を想い、そのためにどうするのか。
そんなことは本人にしか分からない。
そして本人にも分からないことがあるだろう。
「しかしお前に弟子がいるとはね。まだ子供でもいると言われたほうが納得できる。
しかもどうやら結構自慢の弟子みたいだな」
「お前が他人を気にするとは気持ち悪いな。それで、なんだってそう思う?」
「何か酷いことを言われた気がするが気の所為にしよう。
そしてその問いに対する答えはひとつだ。
そんなことは、お前の顔を見ればすぐ分かる」
伊達に今迄ひとの顔色を見て生きてきた訳ではない。
「それじゃあ今度こそお暇させてもらうよ。せっかくいい気分になったしな」
こちらとしてももう引き止める理由も必要もない。
「そうか。随分喋りたがってた割にはさっぱりしてるな。時間稼ぎはもういいのか?」
「何だ気づいていたのか。悠長に付き合ってくれたから、てっきり気づいていないと思ったよ」
「最初から分かっていた癖によく言う。それで本当に帰るのか?」
「ああ帰るよ。無駄な血は一滴も流したくないんでね。
それにお互い心で通じ合っていたことが分かっただけで十分だ」
やっぱり気づいていたか。
これ以上は、何時でも躊躇いなく刃を抜くことに。
「気持ちの悪いことを言うな。
生憎こちらには頼れる仲間がいるからな、余裕があるんだよ。それにここでお前と会ってから誰もここに来ていない」
その一事だけでどんな阿呆でも気付くには十二分に事足りる。
「まあそれもそうか。最近憶えたんだがそこそこ使えるな」
どこの系統に属する術かは解らないが人払いか認識操作の類だろう。
「でも本職にはまだまだ及ばないけどな」
「言われなくても分かってるさ。精進あるのみだ」
そう言うと芝居がかった調子で腰をおる。
「では本当に今度こそお別れだ。お二人の幸運を心から願っているよ。ビス ダン、アウフ ヴィーダーゼーエン」
そう最後に嫌な別れの言葉を告げながら、先ほどのように人間らしく自分の足で歩き去るようなことはしなかった。
目の前でその姿が曖昧に溶けていき朝の空気に漂う霧のように跡形も痕跡も何もなく別れの残響だけを残して消え去った。
初めからここには誰もいなかったとでも言うように。
そしてあいつが消えてから人の気配があにこちに戻ってくる。
さてこれは少し急がないといけないなと思い、今迄ずっと側を浮揚していた蝶を先にいかせ先導させる。
放たれた蝶は迷うことなく分岐路の一つへと向かってゆく。
それはあいつが最初に帰ろうと足を向けたのと同じ分岐だった。
偶然、な訳はないんだろうな。
自分も同じく足を向け一歩踏み出したそのとき、蝶が指し示した分岐路の奥から先ほどの空爆とは比べ物にならないくらい小さな、だが何かが破壊され崩れ落ちる爆音と轟音が確かにそしてはっきりと自分の耳まで響いてきた。
それを俺は今、目の前で見て実感している。
歓喜も本望も満足も全てが中途半端にないまぜになった結果、どの感情も表には浮かんでいない漆喰で固めたような無表情がそこにあった。
予想は簡単にできただろうに、一度肩透かしを喰らって諦めてしまったためその可能性を自分で切り捨ててしまっていた。
それ故に完全に虚を衝かれたかたちになった。
そのせいでいつもの本物なのか格好付けてるだけなのか知らない余裕ぶったいけ好かない表情とはまるで異なる間抜けな顔を晒す羽目になっている。
だがそれも一瞬のこと。自分が何を訊かれたのか、問いが脳に届くより前に先走り瞬く間に立ち直った。
待ちに待っていたものがようやく到来し満たされ、ついに望みが叶えられた心地よさを感じ、自分の思いを思い通りにできる喜びが、その顔から姿勢から雰囲気からうるさいほど溢れていた。
しかしそれでもその上で。
「いやぁどうしようかなぁ。でもそこまで言われたらなぁ」
などと意味もなく無駄にわざとらしく勿体つけてくる。
わざわざ自分で自分の歳を訊いてくるような連中よりも遥かに鬱陶しいく煩わしいことこの上ない。
思わず無意識のうちに左手が懐に伸びそうになるのをなんとか堪え、刃や銃弾ではなく言葉で返す。
「じゃあ訊かなかったことにしようかなぁ。そこまで言いたくなさそうならなぁ。仕方ないよなぁ」
「何を言ってるんだ。俺がお前の質問を蔑ろにするするわけがないだろう。俺の持てる限りの熱意をもって正直に誠心誠意答えることを約束する」
そうして軽薄そのものの身の軽さで態度を翻し掌を返す。
お前の持ってる熱意も誠意も正直さなど、血走った眼でさいころの出目を凝視する博徒の財布の中身よりも少ないのは確実だろうに何を言を言い出すか。
それでも答えると言うならそれは貴重な情報の一つだ。
何も個人的な興味だけで質問したわけではない。そこには九区利や社長からの意向が当然ある。
「それで実際どうなんだ?熱意をもって正直に誠心誠意答えてくれよ、簡潔にな」
俺はこいつ自身の言葉に追加注文を付けて答えを促す。
「勿論だ。しかし自分の言葉を自分で説明するのはなかなか気恥ずかしいものがあるな」
「そんな羞恥や慎みなんかとは無縁だろうが。前置きはいいから結論から言え」
いつまでもこいつの調子に合わせていたら夜が明けてしまう。
こちらはまだまだ仕事中で、やらなければならないことがあるのだ。
それにこいつ自身が、陽が出るまで呑気にしているつもりはないだろう。
「分かったよ。とはいえ簡単に言うとしたら何と言えばいいのか、俺が見届けるべきなのは弟子、と言って差し支えない程度には関係があるように思える人間の悲願の達成。
最初に手を差し伸べたこととここまでこさせた者として最後まで付きあうことが俺の責任だ。
まあそのための俺のやったことといえばちょっとした露払いと時間稼ぎくらいだけどな。
そこから先はあいつ次第だ。自分の望みは自分で叶えないと意味がないだろ?」
そんな存在がいたことは初耳だが、特に以外だとは思わない。
確かにこいつとは数限りなく顔を合わせてきたが、こいつの全てを知っているわけでは当然ない。
ともにいる誰かのために、何を想い、そのためにどうするのか。
そんなことは本人にしか分からない。
そして本人にも分からないことがあるだろう。
「しかしお前に弟子がいるとはね。まだ子供でもいると言われたほうが納得できる。
しかもどうやら結構自慢の弟子みたいだな」
「お前が他人を気にするとは気持ち悪いな。それで、なんだってそう思う?」
「何か酷いことを言われた気がするが気の所為にしよう。
そしてその問いに対する答えはひとつだ。
そんなことは、お前の顔を見ればすぐ分かる」
伊達に今迄ひとの顔色を見て生きてきた訳ではない。
「それじゃあ今度こそお暇させてもらうよ。せっかくいい気分になったしな」
こちらとしてももう引き止める理由も必要もない。
「そうか。随分喋りたがってた割にはさっぱりしてるな。時間稼ぎはもういいのか?」
「何だ気づいていたのか。悠長に付き合ってくれたから、てっきり気づいていないと思ったよ」
「最初から分かっていた癖によく言う。それで本当に帰るのか?」
「ああ帰るよ。無駄な血は一滴も流したくないんでね。
それにお互い心で通じ合っていたことが分かっただけで十分だ」
やっぱり気づいていたか。
これ以上は、何時でも躊躇いなく刃を抜くことに。
「気持ちの悪いことを言うな。
生憎こちらには頼れる仲間がいるからな、余裕があるんだよ。それにここでお前と会ってから誰もここに来ていない」
その一事だけでどんな阿呆でも気付くには十二分に事足りる。
「まあそれもそうか。最近憶えたんだがそこそこ使えるな」
どこの系統に属する術かは解らないが人払いか認識操作の類だろう。
「でも本職にはまだまだ及ばないけどな」
「言われなくても分かってるさ。精進あるのみだ」
そう言うと芝居がかった調子で腰をおる。
「では本当に今度こそお別れだ。お二人の幸運を心から願っているよ。ビス ダン、アウフ ヴィーダーゼーエン」
そう最後に嫌な別れの言葉を告げながら、先ほどのように人間らしく自分の足で歩き去るようなことはしなかった。
目の前でその姿が曖昧に溶けていき朝の空気に漂う霧のように跡形も痕跡も何もなく別れの残響だけを残して消え去った。
初めからここには誰もいなかったとでも言うように。
そしてあいつが消えてから人の気配があにこちに戻ってくる。
さてこれは少し急がないといけないなと思い、今迄ずっと側を浮揚していた蝶を先にいかせ先導させる。
放たれた蝶は迷うことなく分岐路の一つへと向かってゆく。
それはあいつが最初に帰ろうと足を向けたのと同じ分岐だった。
偶然、な訳はないんだろうな。
自分も同じく足を向け一歩踏み出したそのとき、蝶が指し示した分岐路の奥から先ほどの空爆とは比べ物にならないくらい小さな、だが何かが破壊され崩れ落ちる爆音と轟音が確かにそしてはっきりと自分の耳まで響いてきた。
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