Lovely Eater Deadlock

久末 一純

文字の大きさ
上 下
17 / 26

一番大事な仕事の基本~その十六~

しおりを挟む
 を訊かれときのコマ落としのように変化していくこいつの顔は、目の前で蜘蛛の糸が切れていくカンダタもこうだったのだろうかと思わせた。
 考えてみればそれなりに貴重なものを見られたのかもしれない。
 極楽にいけると希望を抱いた人間がその希望ごと地獄に叩き堕とされたときの絶望の顔。
 日常的に言うならガムだと思って力一杯噛んだら虫を噛み潰してそのまま飲み込んでしまった人間の顔。
 どちらにせよ見ることはそうそうない稀有な表情変化と顔だった。
「ここでを訊くのかよ……そっちじゃないだろ……」
「一番大事なことなんでな」
 落胆と失望を顔からも声からも隠しもせずに俯き、その言葉には若干恨みの成分まで配合されている。
「何でも訊いてくれと言ったのはお前だろう」
 落胆したのも失望したのもこいつの勝手で、その恨みは逆恨みだ。
「それで、答えてくれるんだろう」
 念を押してそう言うと、”不満”と大書された顔をこちらに向ける。
 つい数分前まで欄と生気に満ちていた眼が今はどろりとした死の陰を映している。
「ええと、そんなこと言ったっ……ああ、言ったな確かに。
 言わなきゃよかったとよかったと全力で公開してるが」
 意味のない妄言で手間をけさせるなと台詞の途中で弔鐘代わりに刀の鈴を鳴らしてやる。
 最初から誤魔化す気もなければ誤魔化せるとも思ってもいなかったことが如実によくわかる安易さで言葉を翻す。
 後悔の念だけは本物のようだがそんなことはどうでもいい。
「あとで居心地のいい懺悔室と、親身になってくれるを紹介してやるから元気をだせよ」
「止めてくれ。それは俺にとって猛毒だ。そんなにお前は俺に死んで欲しいのか」
 嫌悪と恐怖が含有されたことにより、眼に映る死の陰が濃さを増す。
「生憎その猛毒は俺にとっては連絡先を知ってる程度には口に苦いだけの良薬だ。
 そして少なくとも生きていて欲しいと思ったことはないな、今だけは別だが。
 だから早く答えろ」
 流石のこいつでも死んだら何も喋れない。
「モチベーションが底辺をぶち抜いてどん底まで落ち込んでる俺に追い打ちをかけた上に催促までするのか。
 思わず無意識にネクタイで輪っかを作りだしそうだ」
 扉と窓に鉄格子の嵌った病院ならいくらでもいそうな陰鬱な顔と声で無駄な答えを返してくる。
「かなりの安普請だな。あとでその輪っかをに使って来世ではもう少し頑丈な物件に棲むといい。
 それで、答えは」
 性ではないが再三にわたって催促し答えを要求する。
 こちらも直接頭に感じる複数の無言の圧力が着々と重さを増しているのだ。
 完全に意図してのことだろうが、回線を通して伝えてくるとは九区利の技術が伺える。 
 寧ろ本来の使い方だったのだろう。
 そしてようやくその気になったのか一つ頭を振って答える。
「ただの偶然だ。さもなければ俺たちは互いに引かれ合う運命なんだ」
「今社長から『達磨にするくらいなら何処からも文句はないよね』とお達しがあった。
 勿論俺も依存はない」
 運命とはまたご大層に気色の悪い言葉を使う。
 もしそうだとしたらこんあ因果なものもない。
「それは怖いな、寒気がしたぞ。芋虫なはなりたくないからな。
 どうしてあんなにこやかに果断で苛烈な判断を即決でだせるんだ、お前のところの社長は」
「決断が早いのはいいことだと思うが。それに何も自分で決められないよりはいいだろう。
 お前も今すぐ少しでも見習ったらどうなんだ。俺もそろそろ
 そう言うとこいつはあからさまに一つ溜息をついた。
「そうだな、そうしようか。
 そうして何の韜晦も無駄もな必要十分な一言だけをやっと答える。

「そうか」
 こいつに合わせた訳ではないが、俺も皆もその答えに得心と理解を得たことを一言で表す。
 その一言ワンワードを聞き出すまでに随分と面倒な手間がかかったものだ。
 急がば回れ、遠回りこそ最短の道という言葉もある。
 だがこいつとの場合、回り道をして横道に逸れるだけ。無駄足を踏んで無駄骨を折るだけだ。
「それじゃあそろそろお暇させてもらうよ。早く傷ついた心を癒やしたい。
 それに俺に、お前たちも俺に訊きたいことはもうないだろう。
 真逆お前もそのままわけじゃないだろう」
「そうだな」言いつつ俺は刀を戻す。
 ここにこいつがいることがそもそもの想定外だが必要な情報は手に入れた。
 ここでこれ以上の成果をもとめるならば互いにそれなり以上の血を流すことを覚悟しなければならない。
 その利益と損害を秤にかけこのあとの仕事に影響するか勘案した結果、黙って立ち去るなら黙って見送ると社長も九区利も結論をだそたううだ。
 こいつのお仲間らしきのこり一人への対処も変わらない。
 仕事の邪魔になるようなら暴力で話し合うだけだ。
 つまりこいつとは晴れてここでお別れ、初めから会わなかったということだ。
 今更訊く必要がないので誰も訊かなった
 それと同じようにしてにここから出ていくかと思ったが、いくつも並んだ分岐路の一つに適当に歩いていく。
「なんだ、?」
「少し散歩して心を落ち着かせるだけだ。最もここは散歩コースとしては最悪の部類だけどな」
 確かにの光を浴びて生きる者にとって地下とはただいるだけで心を無意識に削ってゆく。
「ああそうだ忘れてたんだが今思い出した。また忘れる前に最後に一つ訊きたいことがあるんだがいいか?」
「さっきのが最後じゃなかったのか」
 ややうんざりした顔でぞんざいに返す。まあ無理もないか。
「最後とはいったが一つだけとは言ってない。それでどうなんだ?」
「もう何でもいいよ、するなら早くしてくれ」
 そうおざなりで投げやりに言葉を投げ返してくる。
 何だかついさっきと立場が逆になったような気がする。
 こういう展開をどこかで観たなと思いながら質問を口にした。
「で、お前の果たすべき責任とは何なんだ?そして見届けたい相手とは誰なんだ?」
 そう問われたそのときのこいつの顔は鳩が豆鉄砲を食らってもそんな顔はしないだろうと断言できる何とも表現し得ない、曰く言い難いものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...