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一番大事な仕事の基本~その七~
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一度は追い払った睡魔が再び肩を叩き始める程度には、二度目の落下ツアーを満喫していたと感じたが、実際は数秒程度にすぎない狭間の時間。
それでも今迄の自分を振り返り、見つめ直すには丁度いい余白だっと、僅かでも時間を無駄にせず有効活用できたことで、随分と得をした気分になっていた。
もっけの幸いではないが、こういった隙間の時間、空白の合間に普段疎かにしていることを手を付けると、より充実感や満足感を得ることができるのは何故だろうか。
時は金なりとはよく言うが、時間と金で取引が成立するとはどうしても思えない。やはり時間には金には替えることのできない価値があると俺自身は思う。
亜流呼に訊けば、「時間もお金も両方大切にかつ有効に使いなさい」という言葉を皮切りに、自分の時間に対する無頓着さと金に対するぞんざいさ加減がどれほどいい加減なものかを、懇切丁寧に説明から説教へと移行し、最後はえんえんと説法のようになるのがどういうわけか極めて容易に想像できる。何故だか妙に強く既視感を覚える情景だが、流石は火の属性をもつ能力者。火の眷属に連なる者は周囲を燃やして火を得ることから、己自身で薪をくべ、炎を燃やすことができたとき、壁を一つ超えるのだと言っていたのを思い出す。
そんなこととは一切関係ない自分には抽象的にしか理解しえない概念だが、心に留めておいて損はないと言葉だと思う。
傷仁ならば時間が金に替えられるとなれば、特に換金率を確認することもなく、そこいらの商材と等しく簡単に切り売りすることだろう。
それが自分のものであろうと他人のものであろうと構わずに。一度手放したものは取り返しがつかないことをとっくりと知りながら。
そしてまた全く同じ程度の逆方向で、一分一秒を得るために億単位兆単位の金を、飴玉でも買うような気軽さでぽんと払うだろう。
金銭感覚的にも道徳観念的にも、俺などよりよほど矯正が必要ではないかと思うのだが、亜流呼は傷仁のこの性質について無言で首を振るだけだった。
無理だから見捨てるわけではない。無為だから諦めたわけじゃない。
それが不治斑の名を持つ者が産まれながらに背負い、死ぬまで抱え続ける業であることを理解しているからだ。
自分が苦道の名を持つが故に。
つまるところ、傷仁にとってこの世界に存在するあまねく全ては同一であり、全てが等価値なのだろう。
本来ならば誰もが無意識的であれ、意識的であれ絶対的に認識するはずであってないもの。
そんな、名前であり、理由であり、意味であり、価値であり、立場であり、この世界に存在するもの全てが持てることによっても、持たざることによっても有り難い迷惑として賜り、首からぶらさげることによりあらゆるものから好き勝手に引かれる、”個となる””違い”を認識するための境界線。
それが傷仁には、不治斑の世界には存在しない。
故に全てが同一であり、等価値であり、変化も不変も均しいのだ。
世界に境界線が存在しないから、放っておけばやがて周囲のものと溶け合い、混ざり合い、最初は何であったのか、これが何なのか、誰にも、本人にも分からなくなる。
だから傷をつけ目印にするのだ。せめて何が何かは分かるように。
境界線のない傷仁の世界には本人の身体と同じく、一切合切の区別なく、区別だけはするために、縦横無尽とあらゆるところに深く傷が刻んであるのだろう。
黒という色が始めから存在しないように、色々な色が溶け、混ざった結果、黒と呼ぶしかない色となる。
そこまで行き果てたならば、最初が何色だったのか、途中で何色を混ぜたのかなど、考えることに意味はない。
ただそうなるべくしてなった。望んだのではなく、何も望まなかった結果がもらすものは、何ものでもない無色の黒と成り果てることだった。
それが不治斑の最終目的であり、目指している成れの果てだと以前聞いたことがある。
そうして行き着き果てた存在には一つの名が贈られるらしい。
そんな本人が認識できないものを授与することに何の意味があるかは知らないが、贈られる当人自体がとっくにそんなもの喪失している。歴代でも三つとないその存在は果たして多いのか、少ないのか。
不治斑であるならば誰でも、何時でも、成り果てるのは簡単極まりないが、それを受け入れることを本質的に忌避している。
傷仁もまたそうであり、傷仁自身己の業がもたらす相容れぬ二律背反をはっきりと自覚していた。本人曰く自分は不治斑ではごく普通の価値観の持ち主であり、それは不治斑としてあってはならないことであるらしく、それ故に家を追い出されたとかなんとか。しかし程度の差こそあれ、不治斑であることに変わりはなかった。
だがそんなことは奴の風貌を一目見れば分かることだった、
厄介なことに隙あらば物理的、精神的な手段を問わずできる限りの深い傷を刻もうとしてくるのを、法的に許された正当な暴力であしらい、逆に本人の傷が増えるのが常だった。
一度傷仁に世界はどう見えているのか訊いてみたかったが、答えはきっと、林檎の色と同じなのだろう。
そんな極めて利己的な平等主観者が今回の仕事に臨む仲間の最後の一人、不治斑傷仁という男だった。
そうしてここにはいないは仲間たちはどう動くのか、多少横道に逸れつつ考えていると、姉が袖を引いて速く行こうと急かしてくる。
そういえばこの穴に入る前から妙にわくわくしていたのを思い出す。もしかしたらこの仕事を宝探しかゲームの類だと一番思っている手合は我が最愛の姉なのかも知れなかった。
しかしそんなことは祭りを前にして待ちきれない子どものように愛狂しい姿を見れば、今迄考えていた全てが一瞬でどうでも良くなった。
代わりに姉にはどんな浴衣が似合うだろうかという場違い極まる考えに思考力の全てを割いて想像していると、いい加減焦れた姉が今度は強めに袖を引く。
その動きで我に返り、姉を待たせるわけにはいかないという思いだけで活動を再開する。
亜流呼が開けただろう今度は横に開いた壁の穴から、この施設本来の通路へと一歩踏み出す。
特に何も考えることもなく、朧げに入り込んでくる光に誘われるように通路に顔を出すと、丁度施設内を一人で警邏中らしい、少なくとも味方ではない誰かとばったりと出くわした。
しかしその誰かはいつの間にか壁に開いている穴にも、そこから出てきた自分にも一切何の反応を示すことはできなかった。
こんな時間までご苦労なことだと思いながら、挨拶代わりに左手を掲げる。
そのまま顔見知りのようにすれ違う動きに合わせ、指に挟んだ透けるほどに薄い刃で顔も知らない誰かの首に一筋線を引いた。
引かれた線が滲むように赤く太くなるに合わせて、自ら地に伏せていくようにゆっくりと音もなく倒れていった。
その未だに自分が生きていると思っている死んだ瞳を一瞥し、一度も止めることがなかった足をそのまま適当な方向に進めていった。
こんな時間になっても寝ずないで一人でうろうろしていればお化けに会ってもしょうがないなと、皮肉たっぷりに思うだけだっ。
今や自分たちこそが、この迷宮の怪物だと証明するような細い三日月の笑みが浮かべたまま、俺は細く薄暗い通路をあてもなく徘徊していった。
それでも今迄の自分を振り返り、見つめ直すには丁度いい余白だっと、僅かでも時間を無駄にせず有効活用できたことで、随分と得をした気分になっていた。
もっけの幸いではないが、こういった隙間の時間、空白の合間に普段疎かにしていることを手を付けると、より充実感や満足感を得ることができるのは何故だろうか。
時は金なりとはよく言うが、時間と金で取引が成立するとはどうしても思えない。やはり時間には金には替えることのできない価値があると俺自身は思う。
亜流呼に訊けば、「時間もお金も両方大切にかつ有効に使いなさい」という言葉を皮切りに、自分の時間に対する無頓着さと金に対するぞんざいさ加減がどれほどいい加減なものかを、懇切丁寧に説明から説教へと移行し、最後はえんえんと説法のようになるのがどういうわけか極めて容易に想像できる。何故だか妙に強く既視感を覚える情景だが、流石は火の属性をもつ能力者。火の眷属に連なる者は周囲を燃やして火を得ることから、己自身で薪をくべ、炎を燃やすことができたとき、壁を一つ超えるのだと言っていたのを思い出す。
そんなこととは一切関係ない自分には抽象的にしか理解しえない概念だが、心に留めておいて損はないと言葉だと思う。
傷仁ならば時間が金に替えられるとなれば、特に換金率を確認することもなく、そこいらの商材と等しく簡単に切り売りすることだろう。
それが自分のものであろうと他人のものであろうと構わずに。一度手放したものは取り返しがつかないことをとっくりと知りながら。
そしてまた全く同じ程度の逆方向で、一分一秒を得るために億単位兆単位の金を、飴玉でも買うような気軽さでぽんと払うだろう。
金銭感覚的にも道徳観念的にも、俺などよりよほど矯正が必要ではないかと思うのだが、亜流呼は傷仁のこの性質について無言で首を振るだけだった。
無理だから見捨てるわけではない。無為だから諦めたわけじゃない。
それが不治斑の名を持つ者が産まれながらに背負い、死ぬまで抱え続ける業であることを理解しているからだ。
自分が苦道の名を持つが故に。
つまるところ、傷仁にとってこの世界に存在するあまねく全ては同一であり、全てが等価値なのだろう。
本来ならば誰もが無意識的であれ、意識的であれ絶対的に認識するはずであってないもの。
そんな、名前であり、理由であり、意味であり、価値であり、立場であり、この世界に存在するもの全てが持てることによっても、持たざることによっても有り難い迷惑として賜り、首からぶらさげることによりあらゆるものから好き勝手に引かれる、”個となる””違い”を認識するための境界線。
それが傷仁には、不治斑の世界には存在しない。
故に全てが同一であり、等価値であり、変化も不変も均しいのだ。
世界に境界線が存在しないから、放っておけばやがて周囲のものと溶け合い、混ざり合い、最初は何であったのか、これが何なのか、誰にも、本人にも分からなくなる。
だから傷をつけ目印にするのだ。せめて何が何かは分かるように。
境界線のない傷仁の世界には本人の身体と同じく、一切合切の区別なく、区別だけはするために、縦横無尽とあらゆるところに深く傷が刻んであるのだろう。
黒という色が始めから存在しないように、色々な色が溶け、混ざった結果、黒と呼ぶしかない色となる。
そこまで行き果てたならば、最初が何色だったのか、途中で何色を混ぜたのかなど、考えることに意味はない。
ただそうなるべくしてなった。望んだのではなく、何も望まなかった結果がもらすものは、何ものでもない無色の黒と成り果てることだった。
それが不治斑の最終目的であり、目指している成れの果てだと以前聞いたことがある。
そうして行き着き果てた存在には一つの名が贈られるらしい。
そんな本人が認識できないものを授与することに何の意味があるかは知らないが、贈られる当人自体がとっくにそんなもの喪失している。歴代でも三つとないその存在は果たして多いのか、少ないのか。
不治斑であるならば誰でも、何時でも、成り果てるのは簡単極まりないが、それを受け入れることを本質的に忌避している。
傷仁もまたそうであり、傷仁自身己の業がもたらす相容れぬ二律背反をはっきりと自覚していた。本人曰く自分は不治斑ではごく普通の価値観の持ち主であり、それは不治斑としてあってはならないことであるらしく、それ故に家を追い出されたとかなんとか。しかし程度の差こそあれ、不治斑であることに変わりはなかった。
だがそんなことは奴の風貌を一目見れば分かることだった、
厄介なことに隙あらば物理的、精神的な手段を問わずできる限りの深い傷を刻もうとしてくるのを、法的に許された正当な暴力であしらい、逆に本人の傷が増えるのが常だった。
一度傷仁に世界はどう見えているのか訊いてみたかったが、答えはきっと、林檎の色と同じなのだろう。
そんな極めて利己的な平等主観者が今回の仕事に臨む仲間の最後の一人、不治斑傷仁という男だった。
そうしてここにはいないは仲間たちはどう動くのか、多少横道に逸れつつ考えていると、姉が袖を引いて速く行こうと急かしてくる。
そういえばこの穴に入る前から妙にわくわくしていたのを思い出す。もしかしたらこの仕事を宝探しかゲームの類だと一番思っている手合は我が最愛の姉なのかも知れなかった。
しかしそんなことは祭りを前にして待ちきれない子どものように愛狂しい姿を見れば、今迄考えていた全てが一瞬でどうでも良くなった。
代わりに姉にはどんな浴衣が似合うだろうかという場違い極まる考えに思考力の全てを割いて想像していると、いい加減焦れた姉が今度は強めに袖を引く。
その動きで我に返り、姉を待たせるわけにはいかないという思いだけで活動を再開する。
亜流呼が開けただろう今度は横に開いた壁の穴から、この施設本来の通路へと一歩踏み出す。
特に何も考えることもなく、朧げに入り込んでくる光に誘われるように通路に顔を出すと、丁度施設内を一人で警邏中らしい、少なくとも味方ではない誰かとばったりと出くわした。
しかしその誰かはいつの間にか壁に開いている穴にも、そこから出てきた自分にも一切何の反応を示すことはできなかった。
こんな時間までご苦労なことだと思いながら、挨拶代わりに左手を掲げる。
そのまま顔見知りのようにすれ違う動きに合わせ、指に挟んだ透けるほどに薄い刃で顔も知らない誰かの首に一筋線を引いた。
引かれた線が滲むように赤く太くなるに合わせて、自ら地に伏せていくようにゆっくりと音もなく倒れていった。
その未だに自分が生きていると思っている死んだ瞳を一瞥し、一度も止めることがなかった足をそのまま適当な方向に進めていった。
こんな時間になっても寝ずないで一人でうろうろしていればお化けに会ってもしょうがないなと、皮肉たっぷりに思うだけだっ。
今や自分たちこそが、この迷宮の怪物だと証明するような細い三日月の笑みが浮かべたまま、俺は細く薄暗い通路をあてもなく徘徊していった。
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