Lovely Eater Deadlock

久末 一純

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一番大事な仕事の基本~その四~

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 つくもは現在進行形で絶賛炎上中の、戦闘と争乱の坩堝と化した鉄火場に向けて飛び込む一瞬前に、今迄無意識のうちに忘れていた腰の右側にあるベルトループに取り付けられた特別製の手錠によって繋がれている、を解放した。よく考えてみればヘリから降りる前に外しておけはよかったなと今更ながらに思った。
 大分前から日常生活では常に、手錠で右手と腰を繋いでいるのでつい忘れがちになる。そうしていればもっと自然な状態で走ることができただろうかと思ったが、右手を手錠で繋いでいる状態こそが既に意識することもない自然な状態となっていることに加えて、二つの手錠を繋ぐ鎖の長さは通常のものと大差ないが動きを工夫すれば自分の顔くらには手が届く。なので基本的な身体動作にはほとんど影響することはないだろうし、今の今まで気付かなかった。
 日常的に眼鏡を着用している人間が、眼鏡をしたまま眼鏡を探すようなものだ。
 そうして、自分の果たすべき務めのある仕事場兼生きて帰るために切り抜けなければならない鉄火場に、自由になった右手と共に踏み込んだ。
 最初に眼にしたのはものは、周囲を極彩色に彩る赤と朱と紅の炎の舞。
 そしてそこらの床にいくつも転っている、全身から、あるいは身体のあちこちから炎を拭き上げ燃えている元は人間だったであろう黒い塊だった。
 まだ元が何だったのかそれなりに推測できる程度には、この黒い塊が原型を保っていることと、何よりこの施設自体が今だ健在なことが、この状況を作り出した張本人であり、舞い踊る炎の主である亜流呼が、相当加減しているのだと分かる。
 やはり陽動と捜索、そして今回の仕事の肝である目的の品の発見と奪還が、各々の務めのようだ。
 そんな現状と事前の説明事項をすり合わせを終えた瞬間、たっぷりと殺意の込められた銃弾が音よりも遥かに速く、対象の死という結果を求めて角度を変えた雨あられの如く殺到した。
 相手は六人。自分たちを囲むように扇型に展開し、それぞれ一定の距離を保っている。勿論彼らのの希望を叶えるつもりなど一ミリたりとも存在しない。引き金を引かれるとっくの前から回避と攻撃のために動いている。四足獣よりもなお低く頭を下げた前傾姿勢をとり、大挙して押し寄せる銃弾の真正面へと、一歩目から最高速の踏み込みで奔りだす。
 銃弾のほとんどは何の結果ももたらすことはなく、頭上の空気を穿つのみで夜の闇に中へ消えていったが、何発かの使命に忠実なのか、それとも何かの気まぐれか、自分に被弾する可能性のある弾丸は奔りながら左手で抜いた分厚い刀身をもったナイフで叩き落とした。
 二射目を撃たせるつもりなど毛頭ない。最初から指切りなどせずに、フルオートで弾をばら撒いていたほうがまだ可能性はあったろうがどちらにせよ可能性は違えども結果は同じだ。
 そのまま十数メートル程度ある間合いを、地を這う蛇のようにジグザグに駆け数歩で走破し相手の優位性を潰す。
 一瞬以下でゼロ距離まで懐に入られた陣形左側の中心にいた一人目は、ぬるりと相手の身体の上を滑るように身体を起こす動きと連動した左手のナイフで軌道上にあった相手の右手首を切り落とし、そのまま半円を描くように首を半分以上切断する。
 その右隣にいた二人目は自分の動きに全く反応できなかった。振り抜いたナイフを逆手に持ち替え、間合いを詰めると同時に下段から突き込むように喉元に刃を刺し入れる。
 さらにその右隣にいた三人目がようやく間合いに入られたと認識する。だからといって何かする間など与えるわけもなく、絶命した二人目の右側からするりと回転しながら身を翻し、ナイフを抜き取った動きそのままに逆手に握ったナイフ左手の指二本で挟むように持ち替え、軸足から全身投げ出すように伸ばし、三人目の額を脳まで切り裂く。
 陣形の一番右側にいた四人目がやっと自分たちに銃を向けるという反応を示したが、射線上反対側にいる味方への同士討ちを危惧し引き金を引くのを咄嗟に躊躇った。命の取り合いにおいて永遠にも等しいその躊躇いを見逃すはずなどない。三人目を処理した際に身を投げだしていた勢いはそのままに身体が地面に接地する瞬間、軸足一本で身体を前方に押し出し逆足から滑り込ませるように三人目の股下を潜り抜け、四人目に肉薄する。構えたまま焦点の定まらない銃は無視し、身体を起こすと同時に地から伸び上がるように相手の正中線に刃を奔らせ、開きにする。
 何だか分からないうちに四人が殺られ、ようやく我にかえったか腹をきめたか残りの二人が自分たちに向けて、今度は躊躇いなく銃を構えた。立ち直るまでの時間はそこそこだが、その判断は不正解だ。俺は開きにした四人目の身体を駆け上がり、肩を蹴りつけ反対側へ跳んだ。背面跳びの姿勢を五人目の頭上で一回転させ、肩車でもするように上に乗る。勿論このとき同時にナイフを脳天に突き立て、足で相手の両腕を拘束することも忘れていない。
 最後の六人目は完全に扇型の陣形が崩れ、五人目から手の届く距離にいた。そのまま泳ぐように六人目の身体に乗り移り、その首を極めた瞬間に砕きおった。最後に見た、今はもう何の光も宿さない眼に写っていたのは紛れもない恐怖。己の死の恐怖となにより得体のしれないものと相対したときの、未知への恐怖がはっきりと見て取れた。
 とりあえず敵性の六人は処理したが、何か妙だ。
 どこかの会社から護衛として契約したのか、それともMCATの自前の戦力なのかは分からないが、やはりどこかおかしい。
 装備もそれなり、練度もそこそこ、自分たちの接近に気づいてからの対応もそこまで悪くなかった。大事には至らないと消化作業より敵勢力の排除を優先した判断も間違っていない。なのに死線や修羅場を潜ったような雰囲気はまるで感じられなかった。
 こんな稼業をしていれば死線や修羅場に遭遇することなど日常茶飯事だろうし、みたいな連中と出くわす機会も多いだろう。
 どうにも中途半端な感が否めない。俺たちがとやらを、皮肉な話だが本気で守る気があるとは思えない。
 まあ、たまたま運良く雑魚に当たっただけか、それとも真打ちはゲームよろしく後に控えているのか、もしかしたらもう既に亜流呼や傷仁が片付けたのかもしれない。だとしたら楽だなと、そんな不精なことを考えながら周りを見回す。
 炎を上げながら炭や灰になっていく黒い塊や、なにやら人間を材料に人生の悲哀を表現しました、とでもいうような尖った前衛芸術じみたよくわからない物体はいくつも転がっているが、生きて動いていた人間は自分が処理した六人で最後だったようだ。
 それもまた妙だなと思いつつ、とりあえず諸々の報告・連絡・相談のためで連絡を取ろうとしたところで、その必要はないことに嫌でも気付いた。
 今まさに色々なものが燃えているここは施設の屋上、というか屋根の上に相当する場所だ。そこにはどう考えても正規の手段ではなく、物理的かつ自主的に開けたとしか思えない穴だか入り口だかがいくつか開いている。
 その中の一つからこちらに向かって上がってくる気配がある。屋内に居たせいか相当以上に抑えているが、この熱と炎の気配の持ち主は俺の知る限り一人だけだ。 
「あなたにしては随分ゆっくりした到着ですね。いやむしろあなたらしいと言うべきでしょうか」
 そうして現れた我らがリーダーは、」ヘリのなかで見たときとはまるで違う輝きを纏いながら、数分ぶりの再会に開口一番放った言葉は何処にいても何処までいっても苦道亜流呼そのもだった。
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