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春
五話 興味
しおりを挟む興味を持つといっても、すぐにそれができるかといえば難しい。
薮田にとっては人気者でイケメンで全てに恵まれている人間はまったく別次元の生き物であり、取っ掛かりすら見いだせない。
人気者にはちゃんと理由があった。
誰もが面倒がる委員会や掃除当番を積極的に引き受けて、先生ともクラスメイトとも積極的に話している。
顔の良さはバフであって、素の数値が低いとあまり効果が無いのだ。
健斗はそれを理解しており、気配りを欠かさない。
他者から薮田にお情けで絡んでいると思われるのも頷ける。
我が道を行く薮田とは正反対。
未知の生物には触れないのが一番安全だと薮田は思う。
それでもある程度の時間を共に過ごした結果、健斗という人間は害が無く、異常なほど薮田に懐いている事がわかった。
今日も放課後に健斗は薮田の家に来ている。
最初は家の前で別れていたが、正反対の方向にわざわざ足を運んでいると知ってからはさすがの薮田も部屋に招き入れるようになった。
人とほとんどすれ違わないが、野生動物に襲われるかもしれない。
町内放送で近所の森林公園で熊が出たと言っていた。
健斗はこれまで薮田を見送ったあとも父親が車で迎えに来てくれていたらしいが、それでも三十分以上は外に一人で待っていたのだから危険過ぎる。
ならば家でゆっくりしてもらった方が薮田も気が楽だった。
健斗は真面目に薮田の部屋で宿題をして、休憩に漫画を読み、自宅のように寛いでいる。
会話なんて正直ほとんど無い。
喋らずとも居心地が良いのはありがたいのだが、意外なくらい健斗は自分の事を話さないから情報が増えないのだ。
薮田は休憩の頃合いを見て、初めて自分から健斗に話しかけた。
「健斗って名前でいつも思い出すんだけどよ……」
「え?」
健斗は薮田に名前を呼ばれただけでも心臓が跳ねたのに、更に思い出す事まであると言われて期待に胸を膨らませた。
しかし薮田はそんな健斗の思いなど知らず、淡々と話題を続ける。
「ケント紙ってあるんだけど」
「けんとし」
「あ、紙の事で」
「紙」
アイドルや俳優を思い出すと言われた事はあっても、紙はさすがに健斗も初めてだ。
薮田は引き出しからハガキくらいの大きさの無地の紙を取り出して健斗に渡した。
少し厚手の紙、くらいしか健斗にはわからない。
それでも薮田は普段よりも饒舌に紙の説明を始めた。
「これさ、イラストとか漫画に良いんだよ。ちょっと表面ツルっとしてんだろ? インクとか滲みにくくて使いやすいんだよなぁ。俺は新しいペンの慣らし描きとか、アナログカラーの時に結構使ってて買い溜めしてんだよ。そういやお前と同じ名前してるわって思って。絵以外でもいっぱい活躍する紙で人気あるし、当たり前に俺の生活に馴染んでる所も実は似てるのかもなって……」
薮田なりに会話の努力をした結果なのだが、途中からやっぱり何か違うのではないかと後半になるにつれ声が小さくなった。
紙に例えられて嬉しい人間は多くない気がする。むしろドン引きされるのが当然だと薮田自身も思った。
相手の知らない分野の語りに熱が入ってしまった事に薮田は自己嫌悪していた。
慣れない事をすると碌な事にならないと思いながら、薮田は恐る恐る健斗を見た。
健斗は何故かドン引きするどころか嬉しそうに口元を緩ませていた。
それがどういう感情なのか薮田には理解できず、自分が笑えるほど気持ち悪かったのだろうと納得した。
「俺がキモくて面白かったか?」
薮田としては健斗の自分への異常な興味が薄れるのであればそれはそれで正解なので気を取り直す。
しかし、健斗は慌てたように叫んだ。
「えぇ!? 違う違う! 嬉しかったからだよ!」
どこに喜ぶ要素があったのかわからず、薮田は怪訝そうに顔をしかめた。
対する健斗は照れたように頬を赤く染めている。
「ちーちゃんの身近な存在になれたんだなって思ったら、ニヤけが止まんなくて……」
「そうは言ってねぇよ」
プラス思考がカンストしているとこうなるのかと薮田は戦慄した。
健斗はハガキサイズのケント紙を宝物でも見ているかのような視線を向け、おずおずと尋ねてきた。
「これ貰ってもいい?」
「いいけど……いや、待て。ちょっと貸せ、明日渡す」
「うん」
薮田は何か思いついたようにケント紙を奪って机に向かった。
こうなると薮田は一点集中して他の反応が鈍くなる事を健斗は知っている。
薮田が何かを描こうとしているのはわかったが、好奇心を抑えて健斗は大人しく明日を待つことにした。
真剣な薮田の横顔を眺めた健斗は、何かに熱中している姿が格好良くて好きだな思った。
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