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四話 健斗

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 薮田は祖父母の影響で早寝早起きだ。
 だから登校は人より早く、教室に一番最初に入ってずっと絵を描いている。
 次に早く登校してくるクラスメイトと挨拶を交わすくらいはするが、特に親しくなったりはしていない。
 たまたまその日、二番目に登校してきたのは薮田の事を毛嫌いしている四人の男女グループだった。


「うわ、ブタじゃん」
「朝から一人でずっとあんな感じなのかよ~キモーイ」


 ヒソヒソ話という皮を被った直接的な悪口が始まる。
 薮田にとってはよくある事なので特に気にしていない。

 住む世界が違う人間にとっては薮田のような存在がそこにいるだけで気分が悪くなる事を理解している。
 学校は小さな水槽に水も張らずに住処の違う生物を無理矢理詰め込んでいるようなものだ。
 合わないものは合わないが、離れる事もできないからストレスになるのは仕方がない。

 ネットは広い分居心地は良いが、敵意を向けてくる理由すら理解できない存在も多い。
 薮田にとってクラスメイトの悪意はなんとなく理由がわかるため、ネット上のアンチよりも可愛いものだと思っている。

 これまで直接殴られたり物を壊された事も無いのだ。
 誹謗中傷なら事実に一切基づかないネットの方が酷い。
 だから何を言われても完全に無視しているのだが、今日は悪口の内容がいつもと違った。


「ブタの分際で健斗に構って貰えてるからって調子こいてんだよな~」
「健斗の博愛主義的なやつだろ」
「誰にでも優しいヤツに声掛けられて喜んでるキモオタとか可哀想過ぎるんですけどぉ」


 普段は薮田の容姿や行動が気持ち悪いとかウザイというシンプルな悪口なのに、何故か健斗が主題になっていた。


「どうせ健斗はあいつの近くにいる事で引き立て役にしてんだろ」
「アハハハ、それそれ~!」
「わざわざ一緒に帰る理由なんてそれしかないっしょ!」
「最近前よりも格好良く見えるのってもう答えじゃん」


 まるで薮田が惨めであるように言っているが、薮田は疑問が浮かんでつい反応してしまった。


「お前らって、アイツの事“ブタがいないと目立たないくらいの顔の良さ”だと思ってんの?」


 健斗に興味がない薮田ですら、健斗の容姿がここら辺では飛び抜けているのはわかる。
 というか薮田から見ても最近の健斗は容姿に磨きがかかっている。
 薮田に変化がわかるのであれば比較対象は関係ない。

 それに薮田だって美しいものは鑑賞物としてありがたく拝んでいるのだ。
 何度か健斗をモデルにオリジナルキャラを描いた事もある。
 さすがにネットに出したりはせずにノート上だけにしているが。
 健斗の美しさを認めているからこそ、クラスメイトの評価に思わず反論してしまった。
 クラスメイトは今まで何を言われても動く事がなかった薮田がこちらを見たので明らかに狼狽うろたえた。


「……は、え、何、こわ」
「ぜってー俺の悪口じゃなくてアイツの悪口だろ。本当は嫌いなのか?」


 薮田は健斗が実はクラスメイトから嫌われているのではないかと考えたが、クラスメイトは慌てて否定する。


「んなわけあるか!! 俺は健斗と小学校からの付き合いだっつの」
「なんだ。じゃあ少しはアイツと一緒に帰ったり遊んでやれよな。仲が良いなら遠回りになっても下校に付き合ってやればいいだろ。お前らが薄情だから俺に絡んでくるんだからお前らが責任取れ」


 薮田が健斗との下校を望んだ事がないのに勘違いされてしまうのは不本意でしかない。
 だからつい、クラスメイトが積極的に誘えば良いのにという気持ちが言葉に出てしまった。
 薮田だって何故健斗が毎日絡んでくるのかわかっていないのだ。
 しかし、クラスメイトが叫んだ。


「はぁ!? 健斗の家はお前の家の方向と真逆だっつーの!! 高校通うのにチャリでも二時間かかんだぞ!? さすがに用事もねーのに関係ない方向を追い掛けられるかよ!」
「は~? 真逆の方向に毎日寄るとか、んなバカな事あるか」


 薮田は鼻で笑った。
 方向が同じ帰宅ついでに薮田に絡んでくるならまだ辛うじて理解の範疇だが、そうでなければ不可解な事になる。
 それでもクラスメイトは追撃してきた。


「馬鹿はおめぇだブタ! あんだけ一緒にいて健斗の家の方向知らなかったのかよ!」
「知るか、あいつがどこに住んでるかとか興味ねーよ! え……じゃあ、どういうことだ? わざわざクッソ遠回りして俺といるってか?」


 薮田の言葉に、この場にいる全員が顔を見合わせて首を傾げた。
 クラスメイトは健斗の優しさに薮田がつけこんでいるのだと思っていた。
 そうでなければ納得できない。
 だから、納得できる理由を考えて『ブタが金や物で釣って、健斗と友達だと勘違いしている哀れな存在』だと思い込んで笑っていたのだ。

 しかし実際に薮田の反応を見ると、全くそんな様子が無い。
 それどころか健斗の事を知ろうともしていない。
 妙な沈黙が流れた所で、他のクラスメイトが教室に入って来たので自然とこの話は終わって解散していく。
 薮田は絵の続きを描く気にもなれず、さすがに健斗の事を興味が無いで片付けていてはマズいのではないかと思い始めていた。


「おはよー!」


 健斗の明るい声が聞こえ、周囲のクラスメイトと挨拶を交わしている。
 珍しく机から顔を上げていた薮田と目が合った。
 その瞬間、健斗は花が綻んだという表現がしっくりくる笑みを浮かべた。
 いつも薮田は健斗を盗み見るくらいしかしていなかったから、正面からハッキリ見たのは初めてかもしれない。
 薮田は健斗に想像以上に懐かれているらしいとようやく気付いた。
 健斗はすぐに薮田の席に近付き、小声で話し掛けてきた。


「ちーちゃん、俺の顔には少し興味あるんだ」
「……おまえ……」


 どうやらクラスメイトとの会話を聞かれていたらしい。
 ニコニコと嬉しそうにしている健斗だが、状況を思えばかなりヤバい男だ。


「……ストーカーか?」
「今日はたまたまだよ。早起きしたらもっとちーちゃんといられるって気付いたんだ」


 薮田はそれはそれで怖いと思った。
 今後健斗と朝一番から顔を突き合わせることになるのか。
 健斗の行動が異常なのは間違いない。
 その原因は自分にあるのだろうと薮田はすぐに判断し、対策する事に決めた。


「今まで冷たくしていた事は謝る」
「え、急だね。どうしたの?」
「どうせお前が俺を気にするのも、珍獣がこっちを向かないから追いかけたくなるみたいなアレだろ」


 意外と薮田は鋭かった。
 しかし、それを指摘するには遅過ぎた。
 最初はそうだとしても、とっくに健斗の感情は別の方向にシフトしていた。
 健斗はわざわざ告げる必要も無いと判断して笑顔で首を横に振るだけにした。
 薮田も負けず嫌いな所があるため、ムッとしながら宣言した。


「いいや、絶対そうだ。だから俺はこれから……澤井に興味を持って接する」
「えー? 興味持つ相手の下の名前すらも覚えてないの~?」
「健斗だろ! お前なんか健斗って呼んでやる」
「うん♡」


 自分から仲良くしにいけば、ウザく感じて興味を無くして離れていくと薮田は考えた。
 苗字でなく名前で呼ぶのは馴れ馴れしいと思っている薮田にとっては決死の覚悟だった。
 だが、元から名前呼びが基本な健斗にとっては単純に嬉しい事でしかないと薮田が気付くのはもう少し先のことだ。

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