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七章 父と息子の決着-side灯屋-

四話 反抗期

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 震える幽雅さんを見ると、しっかりしなければという思いが湧き上がる。
 俺はすぐに立ち上がり、幽雅さんの隣に駆け寄った。
 それでも混乱は残っているため、質問したい事が上手く言葉にできない。


「幽雅さん、え、呪い……なんで?」
「私に備わった呪いと、代々伝わる贄の呪法は違う。呪法なら私以外を身代わりにだって当然できる。それが本来の使い方なのだからな」


 俺の片言のような言葉でも幽雅さんは理解してくれた。さすが相棒。
 いやいや、嬉しくなっている場合ではない。
 そうだ。罪もない女性を身代わり人形にしていたのが幽雅家だ。
 贄の神子の呪いと本来の身代わりの呪いは別物。
 しかしそんな事をして大丈夫なのだろうか。また女性たちの呪いが強まったりするのではないか。
 俺の不安が伝わったのか、幽雅さんは微笑んだ。


「今まで封印していたが、明確に敵対する相手がいるなら問題ないだろうと判断した。無関係な被害者が出ないのであれば、そんな事でお婆様は怒らないだろうとお爺様も言っていたしな。駄目だったらその時はその時だ。私は君を守れるなら後悔などしない」


 毅然とした態度だが、幽雅さんの震えは増している。覚悟は決まっていても怖いものは怖いらしい。
 それでこそ幽雅さんだなと思う。俺は幽雅さんの空いている手を握った。
 すぐに強く握り返され、黒手袋越しに体温を感じる。
 昼に俺がこの手を離そうと提案をした事はやはり間違いだった。俺にはどんな時でもこの人が必要なんだ。

 幽雅さんは俺の手を更に深く握り直し、正面の佐藤を見据えて言った。


「さすがに髪の毛一本につき一撃という制限はあるがな。ヤマ君に集めてもらったから、そこそこ弾はあるぞ」


 もしかしてヤマが言っていたお使いって伝言じゃなくて髪の毛集めだったのか。
 あの巨体でヤマがちまちまと敵のアジトで髪の毛を拾っていたと思うと微笑ましくなるが、俺は表情を引き締めて無表情に努めた。
 幽雅さんが手の内を明かしているのは、これ以上の戦いを止めたいからだろう。
 どんな場面でも冷静に冷酷な判断も下せる人だが、可能ならば敵味方関係無く被害を出したくはないと常に考えている。それは俺も同じだ。


「登坂狭霧。私がいる限り灯屋君に傷ひとつ付けられんと心得よ」


 凛とした声で幽雅さんは告げた。最強の盾という自負が感じられる。
 佐藤が偽名だとはわかっていたが、佐藤の本名を幽雅さんが知っているとは。幽雅の情報網は恐ろしい。
 そういえば、トウサカという単語は父の罵声と共に何度か外から聞こえてきた気がする。
 佐藤……もとい登坂は大きな溜息をついた。


「……はあ。僕、自傷は全く趣味じゃないんすよねぇ……」


 酷い痛みがあるはずなのに、こちらを睨み付ける眼光にはまだ鋭さが消えていない。


「灯屋さんじゃなく、贄の神子を狙っても僕に返ってくる可能性もあるし……あのバケモノまでいるし……あ~あ、めんどくさ……」


 気だるげにそう言った登坂はポケットから液体の入ったアンプルを取り出した。
 俺達がまずいと思う前に、登坂が手際よく片手で上部を折ってあっという間に飲み干してしまう。


「僕ができるのはここまでみたいだ。すみません。体用意できなかったから、僕ので今は我慢してください、正義さん」


 そう言うと、登坂の上半身が後ろに倒れてしまった。そのままピクリとも動かない。
 もしも今飲んだ物が毒ならまだ助けられる。
 俺は慌てて駆け出そうとしたが、幽雅さんが俺の手を離してくれなかった。しっかり鍛えている幽雅さんの本気の腕力には敵わず、振りほどく事すらもできない。
 幽雅さんは俺ではなく倒れている登坂を真っ直ぐ見つめて静かに言った。


「不用意に近付くな」
「でも……!」
「ほら見ろ、起きたぞ」


 幽雅さんの言う通り、登坂が何事もなく上半身を起こした。


「登坂さん!」


 俺が声をかけても登坂はこちらを見る事もなく、自らの手や体を眺めている。


「んだよ、クソガキの体じゃねーのか……ド変態野郎、やっぱり使えねぇな。なら最初から明け渡しとけっつーんだよボケが」
「……ッ」


 この言葉の悪さ。一気に嫌な記憶がよみがえる。
 俺の喉が張り付いたみたいに急に呼吸するのが辛くなり、バクバクと心臓が破裂しそうなほど激しく暴れ出す。
 幽雅さんに負けず劣らず俺の体が震える。一人だったらその場に膝から崩れ落ちていたかもしれない。
 わざとらしくゆっくり時間をかけて俺を見た登坂は、醜悪な笑みを浮かべた。


「カッハッハッハ!! マジで俺そっくりじゃねーか、あのチビがよぉ。中にいたら気付かねぇもんだな。こりゃ確かにそっちの方が使い勝手がイイ。おい、善助ぇ、いつまでも男とくっついてんじゃねぇぞ気色わりぃ。さっさと離れろボケ!!」


 そこにいるのは登坂ではない。父と呼びたくもない、おぞましい男がいた。
 ──灯屋正義。俺にとっての呪い。
 本当にコイツは昔から何も変わっていない。
 俺という存在は、ただ嬲って遊ぶだけのオモチャでしかない。今も当時と同じように好き勝手な命令をする。

 少し前の俺なら、クソ親父の命令にすぐにでも幽雅さんの手を離そうとしていただろう。今も俺の中に染み付いた恐怖が暴れ出しそうになって変な汗が滲む。
 それでも、記憶よりも怖さが随分とマシになっていて驚いた。
 隣に幽雅さんがいるからだろうか。もう子供じゃないからだろうか。

 父に反抗なんてした事がなかった。
 子供は親に抗えない。暴力などなくても、放置されれば死ぬのだから。選択肢なんて無かった。
 でも今の俺はなんの縛りもない大人だ。
 そう思うと面白くなってきた。


「クッ……はは、アハハハ!! だーれが離れるかよ!!」
「はあ?」


 苛立ちに顔を歪める正義を無視し、俺は隣にいる幽雅さんを抱き寄せた。


「ぁ、かりやく……んッ!?」


 そんな状況ではないだろうという顔をしている幽雅さんの顎を掴み、俺は無理矢理唇を奪った。
 我ながら可愛い反抗期だと思う。
 まるで時が止まったかのように、幽雅さんの震えも俺の震えもなくなっていた。

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