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六章 親友と仮恋人-side幽雅-
十話 登坂
しおりを挟む登坂狭霧は、正義の死と同時に行方不明になっていたはずだ。
当時十八歳そこらの若者だった。
写真で見る限り、前髪が伸びた頼りなさげな猫背の地味な男で、正義と付き合いがあるようには見えない外見だったと記憶している。
それでも仕事中などは必ず共に行動していたし、関係は良好だったようだ。
私の知っている情報なんてこんなものだ。
灯屋君が子供の頃に登坂と面識があるのかも知らない。
行方不明ならば灯屋君に関係は無いし、私もその後を特に気を配っていなかった。
それが今になって話題に出てくるとは。
「登坂は行方不明ではなかったか?」
私がそう言えばヤマは頷く。
「十年くらいは完全に姿をくらませていたけど、今は別人として表に出てきている。名前もしょっちゅう変えてるみたいだ。元から裏の人間だし、身元なんて気にされないからな」
「とは言っても……さすがに誰にも気付かれないというのも不思議なものだが」
裏の社会はそう広くない。
整形や髪型の変化で大きく印象を変える事はできるだろうが、それでも知り合いに会えばさすがに誰かはおかしいと気付くと思うのだが。
ヤマはワインのおかわりを頼んでから答えた。
「登坂は、正義の死から成長が止まってるんだよ」
「なに?」
若いまま、ある程度見た目と名前を変えて数年後にひょっこり現れる。
するとさすがにその若い男を登坂だと思う者は滅多にいないという訳か。
よっぽど親しい相手ならまだしも、親しい相手がいなければそれで十分に別人として過ごせる。
「不老は……やはり悪鬼の影響か?」
「多分、正義に霊力取られ過ぎてほぼほぼゾンビみたいなものになってるんじゃないかな」
「不死ではないんだな?」
「さすがに性能は人間のままだと思うよ」
ヤマは登坂の現状を教えてくれた。
登坂が戻ってきてほんの五年ほどで日本の裏の勢力図は塗り替わった。
伊達に正義の相棒だった訳じゃないらしい。
残忍で冷酷。そして決断力の早さで裏切りと強者へのすり寄りを短期間に繰り返した。
いつの間にか組織から人が減り、誰かが異変に気が付いた時には登坂は組織を完全に乗っ取っていた。
幽霊のように静かに組織のトップとなり、荒事にも積極的で、今も着々と力をつけているらしい。
「ふむ、大体わかった。しかし何故ヤマ君はそんなに登坂に詳しいんだ」
「アイツ……俺が山中で正義を殺した現場を見てたからね」
「やはりその場に協力者がいたんだな!?」
「いたけど、直接登坂はアカリ殺害に手を貸していない。少し遠くにいたから、見張り役だったんだろうな。まあ、俺の本当の姿を見て逃げ出しちゃったけど」
なんと。
登坂は特鬼を視認できるほど強大な霊力を持っていたということか。
正義が悪鬼として復活できてしまうはずだ。
「アカリに手を出してないから俺にはどうでも良かった。アカリの怪我を診る方が大事だったし」
子供を害する者に容赦はしないが、それ以外に対しては温厚だからな。
私もその行動に納得して頷いた。
「しかし、今になってそいつが灯屋君に近付いたから私に報せた……と」
「そ。まあ、一応気に掛けておいてねってくらいだ。正義との関与は間違いないと思うけど、流石にまだ何もしていない相手を潰せとは俺も思ってない」
ヤマも私も荒事がしたい訳ではない。
登坂が正義の信奉者だとしても、灯屋君を大切にしてくれるのであれば余計な手出しはしない。
敵でないならそれが一番良い。
「わかった、早急に探りは入れておく。灯屋君に接触した時の登坂の様子はどうだったんだ」
「うーん。真意が読めないからユウガに相談したんだよ。アカリの能力を試すような感じはあったけど……好意的な態度ではあったと思う」
「なるほどな。それが“灯屋君自身”に対してなのか“正義の入れ物”としての対応なのかはわからんな」
正義が息子を人間として扱っていないのはわかっているが、登坂もそうだと決めつけるのは早計過ぎる。
いくら私達が灯屋君を守るために行動したいと言えど、怪しきを全て罰するなどできない。
しばらくは傍観するしかなさそうだ。
ヤマと私がそんな停滞した空気に包まれていると、私のスマホが震えた。
画面を見れば灯屋君を監視している者からの連絡だった。ヤマ君に席を外すと告げて急ぎ足で外に出た。
「なんだ」
「ッ今、善助様が複数の人間に車で拉致されました!」
「はぁ!?」
あまりの内容に、外に出ていても迷惑になりそうなほど大きな声が出てしまった。
慌てて声を落として平静を装う。
「どういうことだ」
「会長と接触した後、普段なら歩かないような暗い道を選んでおり……」
「お爺様と接触!?」
話を最後まで聞きたいのに衝動的に突っ込んでしまう。
何をやっとるんだ灯屋君は!
「はい。しかも、拉致の後……幽特関係者が追跡している模様です。会長もこの状況を見越していたような動きです」
「……そうか。では想像よりは悪い状況ではないと」
「恐らく。こちらはどういたしましょう」
「私はお爺様に直接話を聞きに行く。灯屋君の事はお爺様の手の者に任せ、お前達は念のため灯屋君のご家族の周辺警護にあたってくれ」
「はい!」
電話を切ると、何故か早々に会計を済ませたらしいヤマが店から出てきた。
「ヤマ君……店で待っていてくれれば良かったものを」
「ユウガの様子でアカリに何かあったんだってわかったからね」
ヤマはヤマで何が起きたかは把握しているようだ。私は率直に訊ねた。
「灯屋君の状況は?」
「俺がこうして呑気にしてるくらいには丁重に扱われてるよ。ユウガはどうするつもり?」
「お爺様の所に行く」
灯屋君のもとに駆け付けたい気持ちは勿論ある。
しかし勢いで行動し、余計な事をして灯屋君の邪魔になるかもしれない。
まずは正確な情報を得る事を私は優先する。
「じゃあ俺はアカリの所に行こうかな」
ヤマはそう言った。
私が向かうよりもよっぽど心強い。
「ああ、それならば頼みがある」
私は念のためヤマに頼み事をした。今後この準備は役立つかもしれない。
ヤマは意図に気付いたのか悪そうな顔でニヤリと笑い、快く引き受けてくれた。
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