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六章 親友と仮恋人-side幽雅-

四話 意外な繋がり

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 手持無沙汰だったので、私は手袋を外してポケットに仕舞う。もう警戒の必要は無いだろう。
 ひとしきり笑い終えたヤマはようやく静かになった。


「あー笑った笑った。本当に俺とアカリはそんなんじゃないから。ユウガと会うまで男に見向きもしてないんだから、俺に何も感じてないのはわかるだろ?」
「……では、君は灯屋君をどう思っているんだ」


 灯屋君が私を好きなのは疑っていないが、ヤマ自身の感情の答えになっていない。
 私が恐れているのはヤマが本気で灯屋君を狙う事なのだ。
 別に灯屋君が心変わりすると言いたい訳ではない。
 単純に脅威は脅威なのだから、少しでも安全圏に遠ざけたいだけだ。
 可能であれば勝負などせずに不戦勝であるのが一番良い。
 ヤマは誤魔化すでもなく、少しだけ考えながら言った。


「俺? 俺は……そうだな、多分……アカリの父親になりたいのかも。親代わりみたいな」


 想像とは違う返事に私は言葉に詰まった。


「……それは、保護者目線、ということか?」
「うん。悪鬼になる前の人間だった頃の俺の望みなんだと思う」


 確かに父性と言われると、このヤマの落ち着きも納得できる気がする。
 恨みでも愛情でも、何かしらの想いが無ければ悪鬼にならない。
 ヤマは私の目を見て言葉を続ける。


「俺もね、幽雅家の贄の女達と同じ。幽雅一族によって帝に無理矢理献上された一般人だった」
「な……ッ!?」


 私は目を見開いて驚愕に身を固くした。
 お婆様のような、幽雅家への恨みの残滓がこんな所にもいたなんて。
 ろくに反応もできずにいる私に向かってヤマは囁いた。


「だから、俺にとって幽雅家は最大の敵と言えるな」


 想像以上にマズイ状況に私は冷や汗をかく。
 しかし『敵』と言いながら、ヤマの瞳には憎しみも怒りも何も籠っていない。
 私の軽い謝罪など意味は無いだろうし、どう対応するのが正解なのかわからなかった。
 しばらく無言で顔を見合わせていたが、ヤマがクッとまた小さく笑い出した。


「ふふっ、あはは、ビックリした? 大丈夫だよ、俺は幽雅家を恨んでないし、ユウガに何かしようとも思ってない」
「……オバケとは別方向に怖かった……」


 足をガタガタと震わせて真っ青になっている私にヤマは明るく言った。


「素直だなぁ。じゃあせっかくだし、俺の昔話聞いてくかい?」


 私は何度も頷いた。血族の罪は知っておく必要がある。
 ヤマも頷いて、静かに話し始めた。


 昔々、ヤマは町医者をしていた。
 まだ祈祷が治療だったような時代に、ヤマは体内の魔を祓う事で病を治療していた。
 今の灯屋君と同じだ。
 ヤマは町の人達に感謝されながら、妻と生まれたばかりの娘と仲睦まじく暮らしていた。

 しかし、突然役人がヤマを連れ攫ってしまう。
 本当に病を治してしまうヤマの存在が邪魔だった、インチキ祈祷師達の密告によるものだった。

 今の幽雅家もそうだが、血族全員に能力がある訳ではない。
 ちゃんとした術師もいたが、そうでない術師もいた。
 その後者がヤマをやっかんだのだろう。

 商売の邪魔者を消すことができ、帝にはの貢ぎ物ができる。
 無能な血族は自らの権力を高めるために、全く関係の無い町民のヤマを帝に差し出した。
 

 ヤマは家族の生活の保障を引き換えに、帝の元で監禁される事を受け入れた。
 だが、そんな口約束が守られる事は無く、妻も娘も殺されていた。
 それを知ったのは、ヤマの死に際だった。

 ある時、戦で帝の何番目かの息子が瀕死となった。
 ヤマの能力で怪我は治せないのにどうにかしろと迫られた。可能な限りの治療はしたが助けられなかった。
 その責任を負わされたヤマが、処刑される直前に家族の事を教えられたのだ。


「俺は別に誰も恨みはしなかったよ。そういう時代だし、それが当たり前だった。でも、娘の成長を見たかったなと思った」


 気付けばヤマは悪鬼になっていた。
 元は中鬼だったらしい。娘の成長した姿を模しているのか、5歳くらいの妻に似た女の子の姿をしていたそうだ。

 子供を虐げる親に憑りついて殺し、残された子供を育てるのだ。
 しかし、子供の育て方がわからない。
 悪鬼となったヤマは子供にひもじい思いをさせたくない一心で、殺した親の肉を食べさせた。


「さすが悪鬼って感じだよなぁ。まともな行動じゃないのに、その時は真剣にそれが正しいと思ってた」
「う……」


 お爺様の怖い話を聞いている時のようだ。私はハンカチを口元に当てて俯いた。


「大丈夫か? もうやめとく?」
「いや、ある意味慣れているから……続けてくれ」
「お……おう。駄目そうなら言えよ」


 ヤマは心配そうに私の背をさすりながら話を続けた。


「俺はそうして何百年と生き延びていった。酷い親を殺し、子供には飯を食わす。そこそこ最近まで俺はほとんど意識も無くそれだけを繰り返していた。でも、二十年とちょっと前くらいかな。とうとう幽雅の一族に祓われる時が来た」
「え……」
「ふふふ、じゃあなんで俺が今ここにいるんだって感じだよな」


 驚く私を見てヤマは嬉しそうに笑う。


「血塗れの床で子供をあやす俺を見付けた幽雅のオッサンは、なんでか俺が幽雅一族の被害者だとわかったらしい。オッサンは俺に自分の霊力全てを与えた。そしたら一気に特殊悪鬼に進化して、俺は少女の姿じゃなくて本来のこの姿になった。昔の記憶も取り戻して、今みたいにまともに会話もできるようになったんだ」


 悪鬼に力を与えるとか、そんなとんでもなくヤバいオッサンが親族にいるのか、と私は他人事のように聞いていた。
 親族の数は多いから、まあそういう人もいるだろうと納得する。
 しかし、ヤマの言葉に私は白目を剥く事になった。


正茂まさしげってまだ生きてる? もう死んでるかな」


 …………は?
 正茂って……お爺様ではないか……!?!!??

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