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六章 親友と仮恋人-side幽雅-
三話 ヤマという男
しおりを挟む「き、君が灯屋君の友人か……?」
「うん。あんたはユウガ、だね」
やはり、この悪鬼は私の事を知っている。
知っていてあえて姿を現した。
「何故私がそうだと?」
「髪が長くてポニーテールにしてる美形の成人男子なんてどこにでもいると思う? 特徴聞いてたら誰でもわかるでしょ」
「た、確かに……!」
悪鬼であるこの男の方が、よっぽど現代に馴染んだ容姿をしているからぐうの音も出ない。
清潔感のある短髪に甘いマスク。
魅力的なのに、視線を外せばすぐにでも忘れてしまいそうなくらい特徴を探すのが難しい。
もしかすると、普段は視えているのに存在を忘れてしまうのではないだろうか。
視れば思い出すが、いなければいた事すらも忘れてしまう。
灯屋君の周辺で彼に独り言が多いなどと聞いた事がない。変な噂が起きていない理由を考えるとそれがしっくり来る。
男は自らを指差して微笑んだ。
「俺はね、アカリからヤマって呼ばれてるよ」
「ヤマ? 山田とか山本とか……」
「いや、山で出会ったからヤマ。決まった名前は無いから山田太郎って事にしてもいいけど」
山で出会った。
やはり山中で灯屋君の父親が死んだのも、灯屋君に能力が発現したのもこの悪鬼が関係しているのだ。
ヤマもそれを隠す気が無いのだろう。だからあっさりと告げた。
しかし私にとってもそこはもうどうでも良いことだ。
私はヤマを睨み付ける。
「……私がヤマ君に聞きたいのは、灯屋君に害意があるかどうかだけだ」
その言葉にヤマはスッと目を細めた。
「害意があったらどうする? 俺を退治する? ユウガは悪鬼との戦闘はできないって聞いてたけど」
灯屋君はそこまでヤマに話しているのか。別に構わないが。
さすがの私もいざとなったら灯屋君だけでも悪鬼から助けられるくらいの戦力はある。
だが、大体はオバケが怖くて腰を抜かすので何もできないのは見ての通り。
それでは戦力が無いのと同じなので、私はあえて灯屋君には言っていなかった。
私はポケットから素早く黒手袋を出して装着した。
できる事は人間相手と同じ体術だけだが、この手袋を通せば悪鬼にもダメージが通る。
灯屋君のペイント弾のように、そこに意識を集中させて火力を高める役割があるのだ。
「姿が視えるなら話は別だ。体が動くようになればな」
悪鬼の気配を感じる、という位置情報では私の拳はあまりにも心許ない。
しかし、こんなにもハッキリと視えている相手ならば負ける気はしない。
……もちろん、足腰が立てばの話だ。
上半身だけ格好良く構えた所で、下半身は地べたに座り込んでいるので情けなさが増すばかりである。
ヤマはしゃがんだまま、私を見て首を傾げた。
「それを聞いて、立てるまで待つような優しい悪鬼がいる?」
「君だろう。私の情報を最初から持っていながら対話ばかりで、私を害するつもりが無いようだしな」
私が邪魔ならば最初の時点で声を掛けずに殺す事も可能だっただろう。
それをしない時点でヤマは私にとって安全と言える。
「それもそうだ。よいしょっ」
「うおッ!?」
突然何を思ったか、ヤマが私を抱えてスタスタと歩き出した。
あまりの事に私は反応ができずに素直に運ばれる。暴れて落ちたら普通に危ないしな。
ヤマと私は同じくらいの背丈だ。さすがに同等の体格の男を抱えての移動は大変なようだ。
「アカリより重いなぁ」
「何!? 灯屋君の事もよく運んでいるのか!?」
「酔ってフラフラになってる時は抱っこして運ぶよ」
「ほほう。彼は酔うとそんな感じなのか」
「うん、あんまり強くないからすぐ寝ちゃうかなぁ」
そう楽しげに言うヤマは、ただの人間の親友にしか見えない。私は完全に毒気を抜かれた。
ヤマは私を丁重に神社の端っこにあった木製のベンチに座らせてくれる。
それだけでなく、着ていたコートを脱いで私の膝に掛けた。
ヤマの彼女にでもなった気分だ。
紳士な行動に私がギョッとしていると、隣に座ったヤマがこちらを見た。
「さすがに地べたじゃ体を冷やすから。風邪には気を付けなよ」
なんだこの全く害意が無いどころか、善意溢れるスマートな対応は。
何か裏に企みがあるとか、下心があるとかそういうタイプじゃない。
腹の読み合い探り合いの世界を知っている私だから断言できる。ヤマのこれは素だ。
「……ヤマ君は、普段からこんな感じなのか……?」
「え、こんな感じって?」
「気遣いのできるモテ男ムーブを灯屋君にもしているのかと聞いている」
私が真面目に問えば、ヤマはキョトンとした。
もしもこの男が灯屋君に好意を抱き、本気で狙ったら私に勝ち目がないと思った。
金も権力も興味が無い灯屋君が他に望むとしたら外見と内面しかない。
私は外見も一級品だが、ヤマも引けを取らない美貌を持っている。
そうなると内面の勝負になるが、私は灯屋君から『変』と言われるくらいしか評価がわからない。
だがヤマはこの数分で明らかに内面も良い男だと確信できる。
こんなにも良い男がずっと灯屋君の側にいたなんて!!
悪鬼だからとか関係なく放置できる相手ではなかった。
私は今までになく危機感を覚えていた。
しかしヤマは困ったような表情をして溜息をつく。
「なーんかユウガってば、変な事考えてる?」
「変な事とはなんだ。至極真面目に、ヤマ君のような魅力的なライバルを前にして私は今、非常に焦っている!」
そう噛み付けば、ヤマは腹を抱えて笑い出した。
「くっ、ははは! ユウガって本当に変だな~! アカリが言ってた通りだ!!」
ほら。やっぱり灯屋君の私への評価は『変』だったじゃないか。
ヤマは涙を浮かべ、笑いが止まらない様子だ。
私はムッとしつつも、彼が落ち着くのを待つしかなかった。
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