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五章 幸せの選択-side灯屋-
十話 拉致
しおりを挟む言葉と表情に自信を滲ませた俺のプレゼンが効いたのか、会長はソファの背もたれに全体重を預けた。
「そこまで考えているなら私が何か言う段階では無いな……しかし、幽雅家の罪と罰を灯屋君に押し付けるというのもな……」
「そんなに難しく考えないでください。俺はただ、正継さんと気兼ねなく外で食事をしたり、周りを気にせず全力で遊んでみたいんです。でもそれは俺よりも正継さん本人よりも、会長が一番望んでいるのではないでしょうか」
その言葉に会長は虚を突かれた顔をした後、じわじわと照れたようにぎこちなく笑みを浮かべた。
「……ああ。私が正継の青春を、自由を奪ってしまった張本人なのになぁ」
笑っているはずの表情が、泣いているように見えた。
深い後悔が滲んでいる。
俺では知りようのない事情が絡んでいるのだろう。
幽雅家の事はわからないが、俺は幽雅さんの普段の様子ならよくわかっている。
「正継さんはそんな事思ってませんよ。いつもお爺様お爺様って隙あらば会話に差し込んでくるくらい会長のことが大好きですから」
俺の発言に、会長は目尻を下げて口元が緩みまくっている。
ニヤニヤと口が動いてしまう気持ちはよくわかる。幽雅さん可愛いもん。
幽雅財閥を代表する会長も、実態は孫を想う一人のおじいちゃんでしかないとわかる。
会長は俺の温かい視線に気付き、慌てて表情を引き締めた。
「ンンッ、おほん。灯屋君が正継のために動くというならば、私も全力で協力しよう。親族だという噂も自然な形で広めておこう。ずーっと昔を辿っていけばどこかしらで縁があってもおかしくないし嘘とも限らんだろうよ」
「ありがとうございます」
「ふぅ。まさか正継が見付けた少年がこんなにも頼もしく成長するとはな……。本当によそにやるのが惜しい男だよ君は」
はい、言質取った!
これで俺と幽雅さんの結婚には反対されないはずだ。
すぐにでも幽雅さんをくださいと言ってしまいたい。しかし幽雅さんに何も言わずに勝手な行動はできないから、俺はぐっと言葉を飲み込んだ。
とりあえず当たり障りなく模範的な部下の対応を選ぶことにしてニコリと笑った。
「正継さんにこれまでの恩返しがしたいので、何があってもここを離れる気はありませんよ」
自分で言った言葉を深く噛み締める。
恋人としても、相棒としても、部下としても、貪欲に。
貴方との繋がり全てを諦めたくないと幽雅さんにも伝えたいのだ。
会長は忙しい人だ。
一通り話し終えた段階で、秘書と思しき女性が部屋をノックしてから入ってきた。
それを合図に会食は解散となった。
「会長」
「ん?」
「もし正継さんから連絡があったら……」
俺は別れ際に会長に伝言を残し、送りの車を断り帰路につく。
一人でわざと暗く細い道に入ってイヤホンを装着し、スマホをいじりながらゆっくりと歩く。
俺はまだなんの警戒もしていない一般人。
自分がどんな立場にいるのかを理解していない、調子に乗ったボス気取りの若造。
俺という治療アイテムを裏で共有するにしても、優先的な立ち位置を狙う者はいるだろう。
今の俺は油断していると誰が見てもわかる行動をしている。
こんなチャンスを逃す悪人はいない。
幽雅さんならば絶対にしない軽率な行動は実を結んだ。
人気が無くなると、すぐ背後から布袋を頭に被せられて視界を遮られる。
スマホは手から奪われ、俺はそのまま複数の人間に手足を掴まれてあっと言う間に車に乗せられた。
発進する車の揺れを感じながら『本当に幽雅さんこんなヤバい環境で生活してたんだなぁ』と俺は妙に感動してしまった。
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