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四章 相棒の資格-side幽雅-

六話 キープしたい

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 というかだ。
 私は今まで交際=結婚という考えに囚われていたが、一般的には好きでなくてもお試しで交際する者は多くいるし、交際全てが結婚に直結している訳ではない。
 そう思い当って私はもっと単純に考える事にした。


「キープだ……」
「え?」
「騙すような事はしたくないから正直に言うぞ。私が恋愛感情について考えている間に君がいなくなっては困るのだ。だが、現状では君が誰かといきなり交際を始めても私には何も言えない」


 灯屋君は私の言葉にポカンとしながらも返事をした。


「……いや、誰とも付き合いませんけど」
「急に私を好きになった変化を見ていて信じられる訳がないだろう」
「ぐうの音も出ないですね」


 自分でも変わり身の早さに自覚があるらしく灯屋君は素直に頷いた。
 そういう真っ直ぐな所も好ましいと思う。
 私は一度、大きく深呼吸してから真剣にこう伝えた。


「だから君に、仮交際を申し込みたい。今までと関係は変わらないが名目上は恋人になって欲しい。つまりキープしたい」


 自分でもあり得ない事を言っている自覚もある。
 またいつものように馬鹿じゃないかと言われる覚悟はしている。
 こんな申し出怒られて当然だが、それでもこれが私の素直な気持ちなのだから偽れない。
 罵声でも呆れ声でもどんと来いと気合を入れたが、灯屋君は挨拶みたいに軽くこう言った。


「わかりました、よろしくお願いしますね」 


 まるで書類仕事を引き継いだ時くらいの調子だった。
 自分から言っておきながら灯屋君の反応に一番驚いたのは私だ。


「本当にか? キープすると言っているんだぞ……?」


 私が怪訝な顔をすれば、灯屋君はなんともない表情で首を傾げた。


「キープして幽雅さんはその間に他の人とお見合いしたり交際するつもりなんですか?」


 そ、それは二股と言うんじゃないだろうか。
 もちろん私にそんなつもりは無い。そんな器用な事ができるのであればこんな提案する必要もない。
 ただ不安を感じることなく落ち着いて考える時間が欲しいだけなのだ。


「そんな不義理な事する訳ないだろう」
「ならフェアな条件なので文句はありません。俺としても好都合です。その間は俺の事だけを考えてくれるってことでしょう」


 満足気にそう言われるとただの交際よりも恥ずかしい気がしてきたが、まあ良い。
 私が返事をする前に灯屋君が椅子から立ち上がる。仕事に向かうのかと思ったが何故か私の側に来た。
 ぼんやりと見上げていると、灯屋君が屈んで顔を近付けてくる。


「仮交際で今までと変わらないなら、キスはしても良いんですよね?」
「それは解呪の場合のみだろう」
「いやいや、さっき幽雅さんの方から解呪と関係無いキスもしてくれたじゃないですか」
「ぐっ」


 良い笑顔の灯屋君に私は反論できなかった。
 自分で実績を作ってしまったのだ。抵抗の理由はあっさりと無くなってしまう。
 灯屋君は私の両頬を手のひらで包み、顔を上げさせてゆっくりと口付けた。


「……ん、ふ……っ………ぅ…………」


 いつもの戦闘による熱が無い灯屋君はひどく優しく、何度も唇同士で触れてからこちらを窺うように舌で触れた。
 反射的に私が口を開けば、緩やかに舌を合わせてくる。
 その後は抱擁でもしているみたいに情熱的に絡めてきた。いつものような激しさは無いのに、何故か深く濃厚に感じる。
 静かな会議室に、クチュクチュといやらしい水音と二人の大きくなる息遣いが響いて妙な気分になってきた。


「ん……はッ……ぁ、かり……くん……」
「は、ぁ……幽雅さん……ッ……」


 私の顔を固定している灯屋君の手を退かしたいのに、全然力が入らない。
 袖の端を指先で摘まむのが精一杯だった。
 それがなんだか催促しているみたいで、むしろ火が点いたように互いの舌はより深く求めて動く。
 このまま進めば、私達はきっと何も言わずにを終えてしまう気がした。

 これ以上は駄目だと本能的に思い、私達は同時に勢いよく上体を離した。
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