上 下
27 / 69
四章 相棒の資格-side幽雅-

二話 怒らせてしまった

しおりを挟む
 

 外に出て綺麗な空気を吸えば、私の足取りも正常に戻ってきた。
 ほぼ山林に近いここは空気が良い。
 周辺に幽特が把握していない被害者がいないかなどを調べてから、車を待たせている道路へ戻る。

 しかし、その前に灯屋君が私を木陰に引っ張っていった。
 解呪という名の口付けをするためだ。
 少し太い木を背にした私を腕で囲んで灯屋君の顔が近付いてくる。
 私の方が身長が高いため、自然と少しだけ俯いて受け入れてしまう。


「ん、ん……ッ」


 舌を絡ませて口内で触れ合えば、呪いが解けるのを感じる。
 大人のキスと言ってもそこまで長く続ける必要は無いのだ。


「は……ぁ……幽雅さん……」


 私の名を呼び、少しだけ唇を離した灯屋君の瞳には欲情の色が見える。
 もうキスをする必要が無いのに、灯屋君はもう一度私の唇を深く貪った。


「……ふっ……んぅ────ん……はッ……」


 これ以上の行為は意味が無いと付き飛ばせば良いのに、私はいつもこの二度目の口付けを受け入れてしまう。
 自分でも何故そうしてしまうかわからない。
 拒む理由なんていくらでもあるのに、思考を放棄したみたいに何も浮かばなくなる。
 甘い痺れが全身に広がり、熱を帯びる。
 舌が、唾液が、息遣いが私の身体の自由を奪っていく。
 恐怖や命の危機を感じると性欲が高まるとよく言われている。
 きっと私達の行為もその延長でしかない。
 そう自分に言い聞かせた。
 私達は無意識に互いの舌を追い求め、触れ合う部分にビリビリと快感が走った。


「……んっ! ぁ……ん、は…………っ」
「はぁ……ッ、うわっ、すみません……!」


 慌てたように唇を離した灯屋君は後ろを向いてしゃがみ込んだ。
 下半身がまずい事になっているのだろうが、それは私も同じなので木に腕をついて深呼吸した。

 これはどう考えてもキスが上手い灯屋君が悪い。
 コミュ力が高くて優しくて清潔感があって、三白眼ぎみで目つきは少し悪いが男前。
 さらにテクニシャンなのだからその日の相手に苦労していないのも頷ける。
 何の経験もない私が、気持ち良さに手も足も出ないのは仕方のないことだ。
 うんうん。抵抗できないのも何もおかしくないおかしくない。

 必死の脳内会議で落ち着いてきた。
 灯屋君の方を振り返れば彼もこちらを向いて苦笑していた。
 なんとなく互いにぎこちなさを残しながらも車のある位置に向かう。
 歩きながら灯屋君が私に声を掛けてきた。


「幽雅さん、俺ずっとかすり傷一つ付けてませんよ」
「ああ、そうだな」
「……だから、呪いはもう必要ないんじゃないでしょうか」
「却下」


 私がそう言えば、灯屋君の声が沈んだ。


「そんなに俺の事を信用できませんか」
「信用はしている」
「じゃあ何故」
「そんなの決まっている。単純に君が怪我をするのが嫌だからだ。どんな可能性も潰しておきたい」


 最初は無謀な灯屋君への抑止力として納得させていたが、ずっと私の根底にあるのは彼への心配だけだ。
 幼い頃から傷付くのに慣れた灯屋君にもう痛みを与えたくない。
 本当に単純にそれだけの気持ちなのだ。


「それは……俺だって幽雅さんに対して同じ気持ちですよ」
「ならばこれまで通り、自分を徹底的に守ればいいだけだ。それが私の安全なのだからな」


 私の言葉に灯屋君は何も言わなかった。
 少し強引に意見を押し込めてしまったかもしれないが、これは私にとって譲れない部分だ。
 しかし、灯屋君は大きく溜息をついてから諦めたように言った。


「では、別視点での話をしましょう」
「別視点?」
「はい。このままだと解呪の勢いで貴方を襲いかねませんが大丈夫ですか」
「大丈夫ではないな」
「ですよね」


 いやいやいや、だからといってどうしろというのだ。
 彼はずっとその欲望に耐えていて、もう駄目だと判断して私に直接告げたのだ。
 これからも我慢しろとなど言えない。
 そして彼を怪我させたくないというのは私のエゴでしかない。
 最初に嫌がらせのように選んだ解呪方法は、仲が良くなってからは互いを蝕んでしまっている。

 呪いをかけないという選択肢は私に無いのだから、最終的に譲歩するとしたら私になるだろう。
 元より呪いを彼に捧げているのだ。
 今更、肉体くらいでごちゃごちゃ言ってどうする。
 急に簡単な事のように感じて気が楽になった。だから私はOKする事にした。


「いや、やっぱり大丈夫だ。私の我儘が原因で引き起こしている事なのだから、私にそれを止める権利は無い。そうなったとしても仕方ないと思う」
「……は?」
「君に好意を伝えられた上でこの状況を作ってしまっているのは私の責任だ。今後、君が私にそれ以上を求めたとしても拒絶しないと誓おう。合意という事で構わない」
「はぁ?」


 彼の声が恐ろしく低くなっている。
 良いと言ったのに灯屋君が滅茶苦茶キレているのだが。

 もしかしたら口だけと思われているのかもしれない。
 今までその気は無いと言っていたのだから当然か。
 私はちゃんと考えての発言だと示すため、冷静に言葉を選んだ。


「待て、さすがに勉強の時間は必要だった。どうやってするのか調べるからすぐにとは言えないな。少しは時間を貰うかもしれない。しかし、準備は早急に進めよう」
「……っバッカじゃないですか!?」
「知識に疎い事は謝るが……そこまで怒る事か?」
「そこじゃないですよ!!」


 じゃあどこなんだ。私は首を傾げた。
 灯屋君はもうこちらを見ずにずんずんと大股で歩みを進めていく。


「灯屋君は何を怒っているんだ、希望を受け入れると言っているだろう」


 私がそう声を掛ければ、灯屋君は顔を少しこちらに向けて睨んできた。
 しかし、その表情がとても悲し気だったので私は驚いてしまう。
 泣き出してしまわないか心配だったが、灯屋君は吐き捨てるように言った。


「わかりました、今まで通りでいいです。貴方にとって俺はどうでもいい存在だってよくわかりましたから」
「……なっ!? どこをどう解釈してそうなったんだ!?」


 灯屋君が大切だからこそ選んだのに、真逆に取られてしまった。
 それから車内でも話してはくれず、灯屋君は会社に到着するより前に車を降りてしまう。
 一度も目も合わせず、お疲れさまでしたと機械的に言っただけで帰宅した。


 後部座席に取り残された私は、何をどうすれば良かったのかわからず、車内で頭を抱えるしかなかった。

 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

記憶喪失の僕は、初めて会ったはずの大学の先輩が気になってたまりません!

沈丁花
BL
__ 白い世界と鼻を掠める消毒液の匂い。礼人の記憶はそこから始まる。 小学5年生までの記憶を無くした礼人(あやと)は、あるトラウマを抱えながらも平凡な大学生活を送っていた。 しかし、ある日“氷王子”と呼ばれる学年の先輩、北瀬(きたせ)莉杜(りと)と出会ったことで、少しずつ礼人に不思議なことが起こり始めて…? 過去と今で揺れる2人の、すれ違い恋物語。 ※エブリスタで“明日の君が笑顔なら”という題名で公開している作品を、内容がわかりやすいタイトルに改題してそのまま掲載しています。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

処理中です...