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四章 相棒の資格-side幽雅-
二話 怒らせてしまった
しおりを挟む外に出て綺麗な空気を吸えば、私の足取りも正常に戻ってきた。
ほぼ山林に近いここは空気が良い。
周辺に幽特が把握していない被害者がいないかなどを調べてから、車を待たせている道路へ戻る。
しかし、その前に灯屋君が私を木陰に引っ張っていった。
解呪という名の口付けをするためだ。
少し太い木を背にした私を腕で囲んで灯屋君の顔が近付いてくる。
私の方が身長が高いため、自然と少しだけ俯いて受け入れてしまう。
「ん、ん……ッ」
舌を絡ませて口内で触れ合えば、呪いが解けるのを感じる。
大人のキスと言ってもそこまで長く続ける必要は無いのだ。
「は……ぁ……幽雅さん……」
私の名を呼び、少しだけ唇を離した灯屋君の瞳には欲情の色が見える。
もうキスをする必要が無いのに、灯屋君はもう一度私の唇を深く貪った。
「……ふっ……んぅ────ん……はッ……」
これ以上の行為は意味が無いと付き飛ばせば良いのに、私はいつもこの二度目の口付けを受け入れてしまう。
自分でも何故そうしてしまうかわからない。
拒む理由なんていくらでもあるのに、思考を放棄したみたいに何も浮かばなくなる。
甘い痺れが全身に広がり、熱を帯びる。
舌が、唾液が、息遣いが私の身体の自由を奪っていく。
恐怖や命の危機を感じると性欲が高まるとよく言われている。
きっと私達の行為もその延長でしかない。
そう自分に言い聞かせた。
私達は無意識に互いの舌を追い求め、触れ合う部分にビリビリと快感が走った。
「……んっ! ぁ……ん、は…………っ」
「はぁ……ッ、うわっ、すみません……!」
慌てたように唇を離した灯屋君は後ろを向いてしゃがみ込んだ。
下半身がまずい事になっているのだろうが、それは私も同じなので木に腕をついて深呼吸した。
これはどう考えてもキスが上手い灯屋君が悪い。
コミュ力が高くて優しくて清潔感があって、三白眼ぎみで目つきは少し悪いが男前。
さらにテクニシャンなのだからその日の相手に苦労していないのも頷ける。
何の経験もない私が、気持ち良さに手も足も出ないのは仕方のないことだ。
うんうん。抵抗できないのも何もおかしくないおかしくない。
必死の脳内会議で落ち着いてきた。
灯屋君の方を振り返れば彼もこちらを向いて苦笑していた。
なんとなく互いにぎこちなさを残しながらも車のある位置に向かう。
歩きながら灯屋君が私に声を掛けてきた。
「幽雅さん、俺ずっとかすり傷一つ付けてませんよ」
「ああ、そうだな」
「……だから、呪いはもう必要ないんじゃないでしょうか」
「却下」
私がそう言えば、灯屋君の声が沈んだ。
「そんなに俺の事を信用できませんか」
「信用はしている」
「じゃあ何故」
「そんなの決まっている。単純に君が怪我をするのが嫌だからだ。どんな可能性も潰しておきたい」
最初は無謀な灯屋君への抑止力として納得させていたが、ずっと私の根底にあるのは彼への心配だけだ。
幼い頃から傷付くのに慣れた灯屋君にもう痛みを与えたくない。
本当に単純にそれだけの気持ちなのだ。
「それは……俺だって幽雅さんに対して同じ気持ちですよ」
「ならばこれまで通り、自分を徹底的に守ればいいだけだ。それが私の安全なのだからな」
私の言葉に灯屋君は何も言わなかった。
少し強引に意見を押し込めてしまったかもしれないが、これは私にとって譲れない部分だ。
しかし、灯屋君は大きく溜息をついてから諦めたように言った。
「では、別視点での話をしましょう」
「別視点?」
「はい。このままだと解呪の勢いで貴方を襲いかねませんが大丈夫ですか」
「大丈夫ではないな」
「ですよね」
いやいやいや、だからといってどうしろというのだ。
彼はずっとその欲望に耐えていて、もう駄目だと判断して私に直接告げたのだ。
これからも我慢しろとなど言えない。
そして彼を怪我させたくないというのは私のエゴでしかない。
最初に嫌がらせのように選んだ解呪方法は、仲が良くなってからは互いを蝕んでしまっている。
呪いをかけないという選択肢は私に無いのだから、最終的に譲歩するとしたら私になるだろう。
元より呪いを彼に捧げているのだ。
今更、肉体くらいでごちゃごちゃ言ってどうする。
急に簡単な事のように感じて気が楽になった。だから私はOKする事にした。
「いや、やっぱり大丈夫だ。私の我儘が原因で引き起こしている事なのだから、私にそれを止める権利は無い。そうなったとしても仕方ないと思う」
「……は?」
「君に好意を伝えられた上でこの状況を作ってしまっているのは私の責任だ。今後、君が私にそれ以上を求めたとしても拒絶しないと誓おう。合意という事で構わない」
「はぁ?」
彼の声が恐ろしく低くなっている。
良いと言ったのに灯屋君が滅茶苦茶キレているのだが。
もしかしたら口だけと思われているのかもしれない。
今までその気は無いと言っていたのだから当然か。
私はちゃんと考えての発言だと示すため、冷静に言葉を選んだ。
「待て、さすがに勉強の時間は必要だった。どうやってするのか調べるからすぐにとは言えないな。少しは時間を貰うかもしれない。しかし、準備は早急に進めよう」
「……っバッカじゃないですか!?」
「知識に疎い事は謝るが……そこまで怒る事か?」
「そこじゃないですよ!!」
じゃあどこなんだ。私は首を傾げた。
灯屋君はもうこちらを見ずにずんずんと大股で歩みを進めていく。
「灯屋君は何を怒っているんだ、希望を受け入れると言っているだろう」
私がそう声を掛ければ、灯屋君は顔を少しこちらに向けて睨んできた。
しかし、その表情がとても悲し気だったので私は驚いてしまう。
泣き出してしまわないか心配だったが、灯屋君は吐き捨てるように言った。
「わかりました、今まで通りでいいです。貴方にとって俺はどうでもいい存在だってよくわかりましたから」
「……なっ!? どこをどう解釈してそうなったんだ!?」
灯屋君が大切だからこそ選んだのに、真逆に取られてしまった。
それから車内でも話してはくれず、灯屋君は会社に到着するより前に車を降りてしまう。
一度も目も合わせず、お疲れさまでしたと機械的に言っただけで帰宅した。
後部座席に取り残された私は、何をどうすれば良かったのかわからず、車内で頭を抱えるしかなかった。
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