灯は幽かに鬼を照らす‐嫌われていたはずの相棒に結婚を迫られています‐

くろなが

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三章 恋の自覚-side灯屋-

十一話 決意

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 幽雅さんの言葉は重々しい。
 俺は眉を顰めて思い当たるもの口にする。


「呪いの件ですか?」
「ああ。私が贄の神子である限り、私にとって大切な相手だと判断されれば君が狙われてしまうだろう」
「会長が用意するお見合い相手でもそれは同じでしょう」


 俺だってそれくらいの危険は理解している。
 他の令嬢よりかは自分の身を守れるはずだ。
 しかし、幽雅さんは首を横に振った。


「利益がある家同士の政略結婚ならばその危険も込みの契約だ。何か起きても誰も文句は無いさ。しかし、君にはそんな世界とは無縁の大切な家族がいる。一時の感情で家族を理不尽な暴力や支配に晒す気か?」


 鋭く告げられた言葉に、俺はすぐに反応できなかった。
 俺にどれだけ覚悟があっても、一般的な暮らしをしている母と妹にまで押し付けられない。
 家という事情のスケールの違いは十分に理解できた。
 幽雅さんの言葉はいつも冷静で現実的だ。

 それでもやっぱり腹が立つ。
 勝手に俺の幸せを決めつけないで欲しい。
 俺は一つ深呼吸して、もっと単純な質問をした。


「……幽雅さんの言いたいことはわかりました。では、幽雅さんの気持ちはどうなんですか?」
「気持ち?」
「もしも、そういった懸念が無かった場合、俺の告白を受け入れてくれるのかって事です」
「……そっ……それは……」


 言葉に詰まる幽雅さんを見据えると、拗ねたように口を尖らせた。


「……再考中だ」
「了解です。じっくり考えてください」


 このタイミングで再び扉が叩かれ、給仕の人が入ってきた。


「ほら灯屋君、デザートだ!」


 幽雅さんが目を輝かせて置かれる皿に視線を向ける。
 新しく運ばれてきた皿には小さく切り分けられた三種類のチーズケーキが並んでいた。
 ベイクドとレアとスフレだと思う。

 そういえば俺の能力が発現した日、誕生日に頼んだケーキがチーズケーキだった。
 あの時に食べられず、以降は何となくチーズケーキに手を伸ばす事がなかった。
 母も妹も、あの日の仕切り直しをしてくれているのかもしれない。
 そう思った時に、ようやく今日が俺の誕生日なんだと気が付いた。


「あっ、今日って」
「ふふふ、やはり忘れていたか。二十六歳の誕生日おめでとう」


 誕生日に良い記憶が無いから無意識に思い出す行動を避けていたのかもしれない。
 毎年母と妹から届くバースデーカードを帰宅時に見て気付く生活だった。
 今回はその無頓着さを上手く利用されたようだ。
 自分でも驚くほど動揺してしまった。


「え、あ……ありがとう、ございます」
「どういたしまして。幽特のボスの収入を考えたら、高価なプレゼントなど自分で買えてしまうからな」


 ニッと歯を見せて勝ち誇ったように笑う幽雅さん。
 幽雅さんの言う通り、俺は希少な能力で危険な仕事をしているから収入はとても多い。
 母も妹も余裕で養えているし、妹を好きな大学にも出してやれた。

 その時点で俺はやり切った感というか、もういつ死んでも大丈夫だという気の緩みがあった。
 幽特の皆が心配してくれ、行動してくれたお陰で幽雅さんが上司になってくれた。
 あっさりと幽雅さんは俺の生きる目的になり、今もこうして家族の繋がりを紡ぎ直してくれようとしている。


「はは……ほんと、幽雅さんって訳わかんないですよ……」


 俺は一人の力で生きていたつもりの子供だった。
 ずっとずっとこの人に守られていたという実感が湧き、俺は涙が溢れて止まらない。


「ん、これも美味しいぞ」


 幽雅さんはあえて俺を見ずに三種類のケーキを順番に口に運んでいた。
 泣く事は何も特別な事ではないと言われているみたいで気が楽になる。
 遠慮なく俺はハンカチを涙で濡らした。
 そういえば、泣いたのもいつ振りだろう。
 能力が発現した時から、心配をかけまいとなるべく家族の前では笑っていた気がする。

 幼い俺は頑張っていた。
 でも、今はもう頑張らなくても良いと思える。
 幽雅さんが守ってくれるんだから。

 少し落ち着いてから俺もケーキを食べてみた。
 しかし、泣いた後だと鼻が詰まって少し味がわかりにくくて笑ってしまう。


「ふはっ、ちょっと今食べるのは勿体無いかも……」
「大丈夫だ。ちゃんと持ち帰る分もある」
「至れり尽くせりだなぁ」


 幽雅さんが好きだ。
 次から次へと幽雅さんが俺に愛情を注ぐのだから、その想いはどんどん膨れ上がっていく。
 幽雅さんは俺に何の見返りも求めない。
 親でもないのに無償の愛を与えてくれる。
 それなのに俺は自分の事ばかりだ。

 付き合いたい、結婚したいという願望を押し付けるだけで、幽雅さんに何も与えられない。
 それが急に怖くなった。
 仕事を頑張れば認められると思っていたが、それは浅い考えだと痛感した。


「俺は幽雅さんに何ができるんだろ……」
「ん?」


 俺の考えが声に出ていたらしく、幽雅さんが反応してしまった。


「いえ、お腹いっぱいになったなって」
「そうだな! 大満足だ!」


 満面の笑みの幽雅さんを見ると、俺もつられて微笑んだ。
 底抜けに明るい幽雅さんにも、暗い過去があり、それは今も幽雅さんを蝕んでいる。


 俺が沢山幽雅さんに救われたように、俺も幽雅さんを救いたいと思った。


 そのためにやれそうな事は“呪い自体をどうにかする”か“幽雅さんを狙う組織全てを消す”といった所だろうか。
 さすがに各国を股にかけた大量殺人鬼になるのは駄目だろうな。
 俺の能力なら死体を残さず簡単に消滅させる事ができてしまう。
 だからこそ俺の犯行だとすぐにバレそうだし、幽特案件が絡まなければただの犯罪者だ。
 それに、海外を飛び回っていては幽雅さんと一緒にはいられない。
 これは最終手段になるだろう。

 そうなると、呪いそのものをどうにかするしかない。
 悪鬼でも何でも消滅させる事ができるのであれば、呪いも消せないだろうか。
 そうだ、考えろ。
 行動しろ。
 まだまだ自分の能力を知る必要がある。


 俺はこの時、幽雅さんの自由のためにできる事は何でもやろうと決意したのだった。


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