灯は幽かに鬼を照らす‐嫌われていたはずの相棒に結婚を迫られています‐

くろなが

文字の大きさ
上 下
21 / 69
三章 恋の自覚-side灯屋-

七話 秘密の会食

しおりを挟む
 

 さて。
 今日はとうとう幽雅さんと初ディナーの日だ。
 
 幽雅さんと二人で職場を出ると、ラフな格好ではあるが護衛と思しき人が待っており、軽自動車に案内された。
 普段の仕事で送迎に使っている高級そうな車とは全然違って少しばかり驚いた。

 そのまま車で高級そうなホテルに向かい、地下駐車場で護衛が三人増えてエレベーターに乗り込む。
 扉が開くと更に高級感が増した最上階のレストランホールへ連れられ、奥にある貸し切りの個室に入って着席した。
 その間の俺はこの物々しさに気圧され、ずっと無言だった。

 個室を見渡しても貧乏人の俺には高級そう、という語彙しか浮かばなくて圧倒されてしまう。
 置かれたグラス一つにしてもゴージャスというよりもシンプルで洗練された雰囲気だ。
 黄金とかじゃなくても高そうな品ってわかるんだなとぼんやり思っていた。

 護衛の人たちが礼をしてから退室して、ようやく幽雅さんが口を開いた。


「今まで誘いを断っていて悪かった。別に君との食事が嫌だという意思は無かったんだ」
「いえ、今回誘って頂けたのでそれはわかりました。でも……なんですかこれは」


 最上階へのエレベーターもVIP用というか、通路にも一般客が全くいなかった。
 完全にお忍びの行動としか思えない。
 幽雅さんは頷いて俺の疑問に答えてくれる。


「立場上な。仕事以外での付き合いは、これくらい気を付けなければならないんだ」


 普段気さくに仕事をしているから忘れがちだが、幽雅さんは世界でも有数の御曹司なのだ。
 それだけでなく、極上の美貌も特殊な能力も持ち合わせている。
 だから危険は常につきまとうだろう。

 そう気軽に誘って良い相手では無いという事実を今更ながら突き付けられた。
 それでも幽雅さんを諦める気は無いが、俺の行動は浅慮であったと猛省した。


「……考えが足らず毎日のように声を掛けてしまい申し訳ありませんでした」
「何を言う! 最初に誘われた日からずっと今日まで準備を進めてきたんだぞ!!」
「えっ」


 幽雅さんが慌てたように否定してくれて、俺の心臓がドキリと跳ねた。
 沈みかけていた気持ちが一気に浮上する。


「誰が聞いているかわからない場で説明ができなくて今まで黙っている形になってしまったが、私も君とちゃんと話をしてみたかったんだ」


 幽雅さんが警護を増やしたり警戒を強めると、つけ狙う側も相応の対応と準備をしてしまう。
 そのため可能な範囲で隙があるように見せているらしい。
 いつでも狙えるから急ぐ必要が無いと思わせているのだ。

 しかし、今日のように他者といる場合はそうも言っていられない。
 関係ない者が襲撃に巻き込まれるのは避けなければならない。
 人質にでもされたら目も当てられないだろう。
 だから秘密裏に安全な環境を用意する必要があった。
 この日のための移動ルートの確保、護衛の配置を徹底したそうだ。

 俺のためにそこまで調えてくれていた事が素直に嬉しい。
 向かい合って座っている幽雅さんはニコニコと子供みたいに上機嫌だ。
 三ヵ月準備して、本当にこの時間を楽しみにしていてくれたのだと伝わる。
 嫌われたのかもしれないという不安の後に、こんな事を暴露されては期待してしまう。
 本当にこの人はズルい。


「料理はこちらで決めても良いだろうか? 君に好き嫌いは無いはずだが」
「あ、はい。何でも食べられます」


 事実、俺は父親に生ゴミでも、虫でも、排泄物でも、面白がって何でも食べさせられていた。
 それを考えると食品であれば全て美味しいと思うし何でも好きだ。


「では用意させていたものを運ばせる。場所からメニューまで不自由させてすまないな」
「とんでもないですよ。ワクワクします」


 俺は決めてもらえるなら、それはそれで嬉しい方だ。
 何が来るのか楽しみになるし、不自由だなんて思わない。
 だがそれは普段自由があるから言える事なのかもしれない。
 幽雅さん自身は自由に見えるけど、実際は不自由の中で生きているのだと窺えた。


「場所も正直助かります。幽雅さんも知っての通り、恫喝が聞こえると体が竦む事があるので落ち着いた場所が好きなんです」
「ふふ、ならば私達は相性が良いんだ。相性は共に過ごす時間が増えるほど重要だからな」


 幽雅さんは嬉しそうに声を弾ませた。
 特に深い意味の無い会話だろうが、俺みたいな相手に言ってはいけないと思う。
 これからもずっといてくれるのかと言いたくなってしまう。
 俺はなるべく平静を装って忠告した。


「そういう、気を持たせるような事を言うのはやめた方が良いですよ。勘違いしそうになるんで」
「恋愛対象として見ていないだけで、灯屋君の事は好きだと言っているだろう。その感情まで偽る気は無い」


 こうも自信満々に言われてしまうと、さすがに好意の理由が気になった。
 俺自身に好かれる心当たりがまったく無いのだ。
 一人で考えても仕方ないので直接聞くしかないだろう。


「なんでそんなに俺の事が好きなんですか。それがまず疑わしいんですけど」
「む……」
「初対面はむしろ俺の態度が最悪だった自覚ありますし」
「……言っておくが、私達が初めて会ったのは三か月前ではないからな」
「はぁ?」


 それは無理があるだろう。幽雅さんくらいの美形を見て忘れるはずがない。

 ────ん?

 いや、待てよ。
 そういえば昔、とんでもない美人のお姉さんと会った記憶がある。
 幽雅さんと同等の美貌なんてあの人くらいだ。

 俺はお姉さんに会った次の日に死にかけて、思い出している余裕も無かった。
 忘れていた遠い記憶が、今になって一気に俺の脳裏を駆け巡った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

30歳まで独身だったので男と結婚することになった

あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。 キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」 「すいません……」 ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪ 一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。 作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...