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二章 贄の神子-side幽雅-

五話 触れる唇

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 従業員入り口の前に立ち、悪鬼の気配が無いのを確認して私は扉を開いた。
 通路を進んでさらに奥の大きな扉を開けば、悪鬼が闊歩するメインフロアだ。


「灯屋君、行くぞ。手あたり次第悪鬼を排除して、上鬼を見付ける」
「了解」


 静かに、素早くメインフロアへ踏み込んだ。
 悪鬼が視えない私は急所っぽい箇所がわからないため、気配の中心を狙う。

 正面一体、左三体、右四体。
 モール内を、ただ散歩するのと変わらない速度で歩く。
 私は最小限の動きで悪鬼に小さな光を当てていった。
 派手に動いて警戒させるつもりはない。

 悪鬼は自分の姿が視られていると思っていないため、最初は全く人間に気を配らないのだ。
 想像通り、ただの光の点を当てられただけではどいつもこいつも無反応だった。

 その静かな時間も即座に終わりを告げる。
 後ろから私の示した点に寸分違わず灯屋君がペイント弾を撃ち込んでいく。
 ジュッという消滅の音が聞こえ、私が印を付けた悪鬼の気配は全て無くなった。
 ほんの十秒程度の出来事だった。

 そして少し離れた場所にいた悪鬼が私達を危険な侵入者だと認識して殺気を放つ。
 言っておくがめちゃくちゃ怖い。
 私は目視に頼らない分、全身に怨念を浴びているような感覚がある。
 恐怖で震えが走ってしまう。
 
 指や腕が上手く動かせないのではと不安になるが、ピッタリと私の横についた灯屋君の存在に心強さが戻る。
 少し彼の様子を横眼で窺えば、凍るような恐ろしい笑みを浮かべていた。
 命を賭けた場面には似つかわしくない、愉悦を浮かべるその表情。
 なんならオバケより灯屋君への恐怖の方がヤバかった。


「灯屋君……?」
「……え、何ですか」


 こちらを見た時には普段通りの気の良さそうな青年の顔に戻っていた。


「いや、その、不便は無いか」
「問題ないです。敵の位置がわかるのがこんなに楽だとは思いませんでした」
「ならば良い、次だ。こちらに気付いたヤツが一気に来るぞ」
「そりゃあいいですね」


 灯屋君は余裕の笑みを浮かべる。
 一気に襲ってくるなんて怖いだけで何も良くないと思ったが、灯屋君の言う通りだった。
 向かって来る気配に当てる作業は正直止まっている悪鬼に当てるより楽だ。

 的が勝手に近付いてくれるし、ほんの少し狙いを横にズラすだけで何体も光を当てられる。
 星座でも繋げるみたいに悪鬼の位置をなぞれば、灯屋君も的確にインクで染め上げてそこにいる存在を消していく。

 かなりの数の悪鬼を倒したと思うが、汗ひとつかかなかった事に驚いてしまう。
 想像以上に私と灯屋君の相性が良いらしい。
 派手なアクションなど全くなく、ウィンドウショッピングでもしているみたいにゆっくり歩いていくだけで一階フロアにいた悪鬼を全て退治できていた。


「一階にはもう何もいないようだ。下鬼と中鬼はほぼ消せたな」
「上鬼、見当たりませんね」
「さすがにこれだけテリトリーを荒らせば様子を見に来るくらいはするはずだが……」


 まさに私の言葉がフラグとなったのか、突然女の金切り声がモール内に響き渡った。
 ビリビリと空気を震わせ、不快感が全身を駆け巡る。
 単純に音にもビックリしたし、たまたまガラス戸の広い出入口が見える場所だったのが最悪だった。
 ガラス越しに見えるはずの外が見えなくなっている。
 まるでカーテンを閉じたように暗い。
 その原因は、ガラスに押し付けられた苦悶の表情を浮かべた大量の人間の顔だった。
 突然のホラー現象を目の当たりにした私は腰を抜かした。
 ヘロヘロと座り込めば、灯屋君が私の前に立った。


「手くらいは動きますか?」
「お、お……おそらく……うむ、いける」
「んじゃ、もしも雑魚が出てきたら教えてください。やっと俺でも視えるのが出てきましたから、そのまま休んでていいですよ」


 そう言った灯屋君の顔は大きく口を歪めて笑った。
 上鬼の気配がみるみる膨れ上がっていく。
 冷酷さと喜びを合わせたような灯屋君の様子は、悪鬼との対峙を楽しんでいるみたいだ。


「ははっ、こんな体が軽い状態でやれるなんて初めてだ。幽雅さんマジで最高」
「あかりやくん……」


 ハイになっているとでも言うのか、灯屋君の様子がさっきまでと明らかに違う。
 熱に浮かされたような灯屋君の目に射すくめられると、呼吸するのも忘れてしまいそうだ。

 私は今オバケが怖いのか、灯屋君が怖いのかわからなくなってしまう。
 どんどん上鬼が巨大化して、気配はもう二階の高さに達している。
 灯屋君はまるで気にした様子もなく、私と視線を合わせるように跪いた。
 腰が抜けている私は一歩も動く事ができない。
 灯屋君の手が私の顎に触れ、上を向かされてしまう。


「え」


 何故そうなったのかはわからないが、灯屋君の唇が私の唇に重なった。
 本当に触れるだけですぐに離れ、灯屋君は立ち上がる。


「やっぱ全然できるな」


 彼は独り言みたいに呟いて、それからスタスタと悪鬼の気配に向かって歩いていく。


「…………は?」


 訳のわからない置き土産を残された私は、ポカンと口を開けて灯屋君の背中を見つめるしかできなかった。

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