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【五章】仙人と魔物
十三話
しおりを挟む師匠の説明も今だから理解できるのであって、ルービンの記憶が無い状態で言われても俺は納得していなかっただろう。ちょうど良いタイミングで知れたと言える。
俺は努めて冷静に師匠へ視線を戻した。
「俺の中に何が入っているかは俺が一番理解しています。修行に意味はないというのも納得しました」
「へぇ……中の存在を知っていたとは予想外だが、弟子としては合格だな。もう、それを使いこなせているのか?」
愉快そうな笑みを浮かべながら師匠はそう言った。
使いこなせるの意味がよくわからない。前世の記憶がある事なのか、昔の怪力を発揮できる事なのか何を指しているのだろうか。俺は素直に質問した。
「……使いこなせている、というのがどういう定義なのかによります」
「簡単な事だ。そいつになれるかどうかだ」
「えっ」
俺とリヴァロが同時に小さく驚きの声をあげた。
もしかして、フィオーレにルービンの姿にしてもらったあれが自分の意思で可能ということか?
リヴァロもそう考えたらしく、俺と師匠を交互に見て固唾を吞んでいた。とりあえず、俺はありのままに起きた事を師匠に話すしかない。
「一度だけ……俺の意思ではありませんが、他者からの影響でそれになれた事があります」
「ほ~。それなら自分で意図的に変化するのも難しくないだろう。変化の特訓なら付き合ってやるぞ」
「本当ですか!?」
「俺も見てみたいからな、お前の中にいるヤツ。どんな獣が現れるのやら」
楽し気に師匠は言ったが、正直俺は少し恥ずかしい。金色の獅子とか格好良いことを言われたが、登場するのは金色の髪のオッサンだ。あまり期待しないでほしい。
だが、師匠のことはともかく、この話によって輝いたリヴァロの瞳を見てしまうと、可能な限り早く変化を使いこなしたいと思えてくる。生前にはできなかった、ルービンの姿で皆を抱き締めるという夢が叶うのだ。まだクワルクにしかそれはできていない。
師匠は俺の顔を見て、深くため息をついた。それは悪い感じではなく、大きな荷物をおろした時と似た雰囲気のものだ。
「お前もようやく弟子卒業できるかもなぁ。変化までできて初めて仙人と呼ばれるんだ。仙人になりゃあ、もう俺が教える事は何もねぇ」
グビグビと酒を飲みながら師匠は感慨深げに言った。俺は単純に武術が強くなりたいから師匠を追いかけていただけで仙人になりたかった訳ではないが、師匠はルービンの存在をなんとなく感じた上で俺を見守っていたのだろう。
なんともいえない気恥ずかしさを感じたが、俺はふと気になる事を口にした。
「え……つまり、仙人と呼ばれているニウルー師匠も何かに変化できるってことですか?」
「ふん、当たり前だろう」
師匠が得意げに言った瞬間、ポツリと冷たい雨粒が頬に落ちてきた。その冷たさに空を見上げれば、雲すら無い青空だというのにしとしと雨が降り出していた。
ほんの一瞬師匠から目を離しただけだというのに、急に大きな陰が現れたことで視界が暗くなり、俺とリヴァロの前には人ではない何かがいた。
「ま、魔物……」
「魔物、だな……」
その存在を認識した俺達の口からは気の抜けた声が漏れていた。
金と銀に輝くたてがみ、長く後方に伸びたゴツゴツと逞しいツノ。光の加減で色が幾重にも変化する鱗が美しい、蛇のように長い胴体と小さな手足。俺の家などひと巻きで潰せそうな大きさだ。
思わず魔物と表現したが、俺はこれが何かを知っている。絵巻物でしか見た事のない、巨大な龍がそこにいた。
「師匠……ですよね?」
状況的にこの龍が師匠であるのは間違いないはずだが、一応確認のために声を掛けてみる。すると龍は小さな両手を胴の側面に当ててふんぞり返った。
「おうよ。どーだ、格好良くて威厳バッチリだろう。俺の中には龍神が入っているんだ」
地を震わせる低音は確かに威厳を感じさせた。しかし、姿と声は完全に別物でも、中身はいつもの師匠だ。言動に威厳の欠片もなくて可愛く感じてしまう。
初めて師匠のこんな姿を見たが、精神を侵される事なく魔物化しているカンタルを彷彿とさせた。
リヴァロも考えを巡らせているようで、真剣な顔つきをして小声で俺に話し掛けてきた。
「なあ、ルーシャン。穢れという名の悪い魔力が無理矢理侵入してきて暴走した結果が魔物で、じっくりと正しく膨大な魔力を取り込んだ結果が仙人って感じなのかな」
「ああ、そんな感じがするな……」
「ニウルー師匠みたいに自らの意思でそれを調整できる技術があるなら、それを糸口にカンタルの薬にも大きな改良が見込めるかも──」
「リヴァロ待て待て、こんな重大な事を考え出すとあっという間に日が暮れるぞ!」
研究者の顔になりつつあるリヴァロの思考を俺は慌てて打ち切った。この現象を研究したいのは山々だが、今の俺達には時間が無いのだ。
服を取りに帰省しただけなのにとんでもない情報を得てしまった。
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