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【五章】仙人と魔物
十話 クワルク視点
しおりを挟む「大丈夫です。もしお師匠様が山奥へ帰っていたとしても、私達がいれば移動に問題はありませんから」
「ああ、頼りにしている」
私達は狭く斜度のきつい階段を慎重に上った。汗が背中に滲む頃、ようやく開けた場所に出た。
小さな畑と井戸があり、木造の家の屋根には瓦という素材が使われていて異国情緒を漂わせている。洗濯物が干されているため、人が住んでいるのは間違いないようだ。
ホッと安心していると、ルーシャンが急にその場から飛び退き、風圧と共にズドンと大きな音がした。私の前には小さな隕石でも落ちたかのようなクレーターができている。目にもとまらぬ速さで眼前からいなくなったルーシャンはサクラの木に飛び移っていた。
すぐにそこでもゴッという鈍い音がしてサクラが揺れ、ブワリと大量の花弁が舞い散る。一気に視界が奪われるが、二人の激突で生まれた突風が吹き荒れてルーシャンと男の姿が見えた。
師匠と思わしき男がルーシャンの腹に蹴りを見舞うが、しっかりとルーシャンは両の掌で受け止めて弾き返す。
空中で回転した男はそのままルーシャンの頭にかかと落としを叩き込む。しかし、後方に避けたルーシャンは足を踏ん張り、上体をバネのように柔軟に動かして頭を凄い速度で前方へ戻した。相手に見事頭突きが入ったのだが、男はそれを正面から額で受け止めただけでダメージも無く膠着状態となった。
やはりルーシャンは強いのだと実感する。ルービン様ほどパワーは無くとも速度が段違いで、私は魔力で視力を強化しなければ何も見えなかったと思う。
そして流石と言うべきか、師匠という男も全く疲れた様子もない余裕の笑みを浮かべた。ルーシャンと男の顔近過ぎる事に、私はつい歯ぎしりをしてしまう。男は触れ合う額を離し、ルーシャンにデコピンした。
「イ゛ッ──!!」
「おいおいルーシャン……で、いいんだよな? 少し見ないうちになまったんじゃねーか?」
男の顔だけを見れば私と同じ三十歳くらいに見える。だが、動きや皮膚の感じからするともう少し年齢を重ねていると思われた。ルーシャンもそうだが、年齢が判別しにくい民族なのかもしれない。
この師匠と思しき男は、ルーシャンよりも全体的に体格が良く、男くささの方が強いが色気のある美丈夫だ。高い位置で括った髪は手入れがしっかりされ、艶やかで男の几帳面さが窺える。蛮族のような男を想像していたのだが、ルーシャンよりも繊細で生活力がありそうだ。
額をさすって涙目になっているルーシャンは恐る恐るといった具合に男を見上げた。
「……色々あって、飛び出してから連絡も出来ず申し訳ありませんでした、ニウルー師匠」
「許すかどうかは土産次第だな」
ニウルーが腕を組みながらそう言ったので、エダムが魔法で酒樽を三つ取り出し、リヴァロは手に持っていた五種の酒瓶が詰められた木箱を一緒に地面へ置いた。ニウルーは満足げな表情を浮かべてこちらに近付き、木箱を開けて瓶の先を手刀で斬ってゴクゴクと飲み始めた。あまりの豪快さに目を瞠ってしまう。やっぱり蛮族かもしれない。
「ふぅん……まあ、合格範囲だ。許してやっか」
凄い速さで一本飲み切ってからニウルーはそう告げ、ルーシャンは胸を撫でおろしていた。
「んで? ぞろぞろとカラフルな奴らが揃ってるが何モンだ?」
私達四人を眺めたあと、ニウルーは長い髪に親しみを感じるのかウルダに目線をやった。全体的に真っ白なウルダはこの中では一番目立つだろう。ニウルーに興味を持たれたウルダは数歩前に出て胸に手をあてて礼をした。
「お初にお目に掛かります、ニウルー様。わたくしはルーシャン様にお仕えしているウルダと申します。この度は突然お伺いさせていただきまして申し訳ありません」
仕事モードになったウルダは流暢に挨拶の言葉を並べる。このモードはあまり長くもたないが、仕事をする上で必要な分はちゃんと喋れるので問題ない。ウルダの受け答えに問題なかったはずだが、ニウルーは怪訝な顔をしたため私達に緊張が走る。ニウルーはこちらの頭部を指差してこう言った。
「いや、そうじゃなくて。ルーシャンもだが、頭に角とか生えてっから人間じゃないよな? マジで何なんだ?」
「あっ」
ウルダだけではなく、私もリヴァロもエダムもルーシャンも声をあげていた。
通りの人々が見ていたのは私達の髪色などではなく、この宝石のように輝く角だったのだと今更ながら理解した。
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