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【五章】仙人と魔物

五話 カース視点

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 ルーシャンの所から送られてきたのは、瓶詰された茶葉とクッキーだった。しかもクッキーは市販の梱包ではなかった。簡素な紙袋に入っただけの品だ。手作りとしか思えない。急に俺の心臓が暴れ始めた。ドクドクとうるさく鳴り続けている。


「クゥ」
「お、おう……」


 俺がその場で固まっているのを心配したマルが小さく鳴き、ルーシャンからの手紙に手をかけた。そうだ、手紙を読まなければ。クソッ、妙な緊張で封を開ける指先が震えてしまう。なんで緊張する必要があるんだ。たかが手紙を読むだけだぞ。混乱しながらも俺は丁重に手紙を開いた。


『返事、首を長くして待っていたぞ。カースが好きだと言っていた甘いクッキーが俺も懐かしくなった。手作りだがとても美味いから是非食べてみてくれ。俺のお気に入りの茶葉とも合うから用意した。感想を聞かせてくれると嬉しい。 ルーシャン』


「手作り……だと」


 こんな物をセットで渡してくるなんて、ルーシャンは明らかに俺に惚れている。俺はなんて罪な男だ。もうこれは結婚するしかないだろう。プロポーズも同然だ。
 早速俺は魔物に茶の準備をさせ、クッキーと共に味わった。クッキーはバターがふんだんに使われていて香ばしい。甘いだけではなく塩気も混ざっていて一口で飽きるという事もなく、つい次に手が伸びてしまう。本当に美味い。
 ストレートティーは随分とさっぱりとした味わいで、フルーティーな香りが爽やかで飲みやすい。口に広がる甘さを邪魔せず混ざり合い、新たな味わいを楽しめる。


「チッ……文句のつけようがねぇ」


 本当にあの男は今も昔も嫌味なくらい優秀なのだ。下等種らしく能力が劣っていれば俺だって気にも掛けなかったはずだ。憎たらしい。憎たらしいが、だからこそ組み敷いて身体の隅々まで可愛がって、俺が支配者であると教え込んでやるしかない。
 イライラしながらも、俺はペンを握って便箋に文字を綴った。


『美味かった。組み合わせも良い。褒めてやろう。我が正妻を望むのであればこれくらいできなければな』


 この俺様が褒め、正妻として認めてやるのだ。泣いて喜ぶが良い。
 長い黒髪が似合う整ったルーシャンの顔を思い出すと涙でぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。犯してぇ。数百年感じていなかった性欲がどんどん湧き上がってくるのを感じた。
 ムラムラとした気持ちのままに、俺が性器に手を伸ばそうとした時だ。


「やあ、カース」
「ッびびった……!! フィオーレか……なんだよ!!」


 性悪の悪魔め。タイミングを見計らってやがったろう。ぶっ殺すぞ。
 突如背後から現れたフィオーレは俺の執務用の両袖机に座って勝手にクッキーをつまみ食いした。殺すぞ。
 俺の怒りなどお構いなしに、フィオーレは俺のカップに入った紅茶を勝手に飲み干してマイペースに言った。


「ルーシャンの魔術師が悪魔召喚を試みてるよ~?」
「ほう……面白れぇ。どうせテメェは行くんだろう」
「んふふ、理解がはやーい」
「お前との契約なんざとっくに終わってんだ。俺がどうこう言う話じゃねーからな」


 魔界へ繋がる穴が空いた時点でこいつとの契約は完了している。それ以降フィオーレは趣味でこの世界に残っているだけだ。一度魔界へ戻ってしまうと次に召喚されるまで魔界から出られないらしく、帰ることなく召喚先に滞在し続ける悪魔はそこそこいるらしい。
 契約などなくても、フィオーレは気まぐれに俺を手助けしていた。だがそれは本当に悪魔の気まぐれでしかない。もう俺の目的は現段階でほとんど達成しているんだ。好きな所へ行けばいい。


「ルーシャンは既に手に入れたも同然だからなあ。もうフィオーレに頼る必要もねぇ」
「そんな事言って~! ボクがあっちとの契約でカースを殺しちゃうかもよ~?」
「ヒィッヒッヒ!! あのクソ野郎共はそんな事しねぇよ。悪魔なんか使わねぇでテメェで殺しにくるような奴らだ」


 何よりルーシャンが俺の物になりゃあ、あいつらだって俺のモンだ。ルーシャンが俺に気がある今、なんも恐れる事はねぇ。
 俺の言葉にフィオーレはわざとらしく溜息をついた。


「四人の事は理解してるのに、何故か一番重要な部分だけは理解できないんだよねぇ」
「あ゛?」
「いやぁ、カースはいつも前向きで良いなぁって」
「馬鹿にしてんのか」


 それに返事はせず、フィオーレはただニヤニヤと口を動かしている。付き合いは長いが、本当に腹が立つ野郎だ。


「ボクは別に誰の味方でもないけど、誰かの不幸を願うほど暇でもない」
「はぁ?」
「んふふ~まあいいや。どうせ近々会う事になるだろうし、まったね~!」


 訳のわからない事を喋るだけ喋ってフィオーレは消えていった。何なんだあいつは。
 ルーシャンが悪魔に何を願うというのか。
 俺のものになれば何でも叶えてやるのに。
 ああ、そうだ。クッキーと紅茶の礼をしなければな。だが、ルーシャンの好みなどこの紅茶くらいしか知らない。もっと情報が必要だ。
 俺は手紙にもう一文追加した。


『褒美を贈ろう。希望を書いて寄越せ。 カース』

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