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【一章】ルーシャン
二十話
しおりを挟むふと俺は自らの体に違和感を覚えた。肉体の変化という意味ではない。恐る恐る裾の布を持ち上げてみると原因がわかった。
「……何これ」
「ああ、僕もルーシャンにプレゼントしてみたよ」
知らぬ間に俺は、今までは無かったはずの下着を身につけていた。だがこれは下着と言っていいのか? ほぼ紐じゃん。機能性なんて全くないやつだ。申し訳ばかりに性器を包む黒いレース生地が唯一の砦で、あとは紐しかないTバックだ。その最後の砦すらレース生地だから透けてるし隠す役割をほぼ放棄している。
エダムは俺の様子をニコニコ嬉しそうに眺めている。助平な視線を隠そうともしない。
「ほら、ルーシャンがたくし上げて誘ってくれた時に、せっかくならエッチな下着があったらより興奮するかなって思ったんだよね」
「そう……良い趣味してんな……」
「胸元もバッチリだよ」
「は!?」
服の留め具を外して胸元を開いてみれば、これまたほとんど隠すつもりのないレース生地があった。一見ちゃんと隠されている乳首だが、中心にスリットがあって簡単に直接触れられるようになっていた。切込みの周辺は黒いレースが施され、体を這う模様のように肩と背中まで美しく彩っている。完全に視覚的なエロのためだけの代物だ。
「きっとみんな驚くよ。あと魔力で編んだレースだから汚れも気にしなくて大丈夫だからね」
「無駄に優秀な素材で俺が驚いたわ……まあ、ありがとう……?」
「ふふふ、じゃあお仕事しようか」
そうだった。機関室に来た目的だ。ここを停止すれば、穢れを引き寄せるために使っていた四人の魔力も必要なくなるのだ。大部分の魔力を保持できるようになり、四人の意識と肉体は今より更に人間に戻りやすくなるだろう。俺はエダムにその事をやんわりと言葉を濁して伝える。
「この施設を停止すると、お前達から自動的に行われていた魔力消費がなくなる。体調が良くなるかもな」
「本当? ルーシャンが来てから睡魔が襲ってくるのは凄く不調なんだけど」
確かに長年眠らなくても問題なく過ごせていた者からしたら、睡魔は邪魔でしかないだろう。無防備な時間が増える訳で不調と言われれば納得してしまう。人間に近くなればなるほど不便というのは、なかなかに新しい発見だ。睡眠欲と同時に発現した性欲の事はどう感じているのだろうか。聞いてみよう。
「性欲はどうなんだ? あると不調に感じるのか?」
「いや、性欲は良いね。ルーシャンを抱くと明らかに体調が良くなる。ぼんやりしてた景色がハッキリしてくるみたいな……疲れ目に効くのかなぁ?」
疲れ目。それは睡眠でも効くと思うぞ。真面目に腕を組んで答えるエダムが可愛くて、俺はつい笑い出してしまった。感覚がハッキリするのは良い事だ。俺がセックスで穢れをしっかり吸収でき、エダムの『人間である意識』が戻ってきている証拠だな。
「あははは! 俺は目薬くらいの効果なのかよ~!」
「ちょっと……そんなに笑わなくてもいいじゃない。それだけじゃないよ勿論……」
エダムももう少しマシな言い方があったと思ったのか、恥ずかしそうに咳払いをして本題に戻った。
「コホッ、んんっ……じゃあ、システムを停止するからね」
「頼むぞ、エダム」
この階の中心には、無数の歯車や穢れを集める砂時計のような容器、人の高さほどある魔石などが組み合わさった大きな機械が鎮座している。新しい技術、古くからの技術、それら全てを取り入れて俺が作り出したものだ。機械と魔力が上手く組み合わさり、数百年の時を経てもゴウンゴウンと一定の音を奏でている。機械の中央に操作部分があり、エダムがそこに手を触れた。
ほんの数十秒すると、ズズズズと大きな音と振動が塔全体に響く。それがゆっくりとおさまっていき、やがて静かになった。これで完全に、世界から穢れを集める設備は停止した。
魔力の流出がなくなったためか、エダムの肉体に変化が現れ始め、俺の視線が釘付けになる。みるみるうちにトカゲのような尻尾が縮んで見えなくなった。おお、これでエダムはローブとか巻きスカートじゃなくてパンツスタイルになれるな。変化についてはあえて触れずに俺はエダムに声を掛けた。
「見事だエダム。魔力の切り替えがスムーズでなんの問題もなく停止が完了した。俺がやっていたらもっと激しく揺れてて塔自体が危なかったかもな」
その言葉は本心だ。数百年魔術と魔力に触れている四人と、今世の20数年しか魔力を扱っていない俺とでは技術差がありすぎる。俺の雑な魔力切り替えで塔を傷付ける可能性が否定できなかった事を考えると、エダムに見付かって良かったと言わざるを得ない。
エダムがこちらを向いて微笑んだ。まだ狼耳と皮膚の鱗は残っているが、目元が完全に人間の形に戻っていた。もう異形ではなくただのコスプレレベルだ。
俺は反省を活かし、この部屋の今後についてエダムに正直に話すことにした。
「エダム。この施設についてだが……今後、定期的に使えそうなパーツやアイテムを取り外して持ち出したいと思っているんだ。そうしてもいいだろうか……?」
そうお伺いを立てると、エダムは俺の前で跪き、胸に手を当てて頭を垂れた。その動きは、昔のエダムそのものだった。
「魔王様の御心のままに。役目を終えている物なのですから、ここにある必要はないでしょう。新たな役割を貰える方が嬉しいはずだ」
そのエダムの言葉に俺は目を閉じた。この設備だけでなく、塔と四人が全ての役目を終えた時。お前達にも新たな役割を与えなければな。願わくばその力を俺や世界のためでなく、自分のために使って幸せになって欲しい。それを伝える術も考えておかなければ。
俺が直接伝えれば『王の側で仕える以外の幸せはありません』とか言い出しそうだから、いなくなってから伝わるようにしないとな。
その準備のためにも俺は目を開き、エダムに指示をした。
「エダム、皆が揺れの原因を知りたがっているかもしれない。説明してきてやってくれないか」
「かしこまりました」
俺の事は外敵ではなく、完全に主という認識になったのだろう。エダムは余計な事は言わず、指示に従うために立ち上がった。エダムもどんどん昔に近付いていくが、違う事と言えば愛おしげに俺を抱き締め、何度もキスしてからこの場を去った事だろうか……。
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