異世界に来る前の勇者を倒したい魔王が現代に来たけど目立っています

くろなが

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二話 親切な人間

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「参考までに聞きたいのだが、普通はどうするのだ?」
「ハサミで切るよね……あ、自分では切らずに美容室で……」
「ふぅむ、魔力で調節するのは一般人には珍しいのか」


 平民と貴族の生活の違いみたいなものだろうか。少数派のものは気を付けなければ。しかし、そういう話ではなかったらしい。


「いや……魔力なんて存在しない」
「ふふん……貴様は魔力を知っているではないか、からかうでない」
「知っているっていうか……ゲームとか創作で見るファンタジーの世界にしか存在しない概念なんで……」


 あちゃー。いや、でもさっきダンジョンって言ったじゃないか。騙されないぞ。


「ダンジョンがあるのだろう。魔素で構築されるダンジョンが発生するのであれば、魔力は確実に存在している」
「ダンジョンってのは言葉の綾で……複雑に入り組んでいてなかなか出られない場所の事をふざけてそう呼んでいるだけで、ダンジョンも創作物でしか知らないっすねぇ」


 詰んだ。いきなり私が異世界の存在だと人間に知られてしまった。だが、あまりこの人間は動じていないみたいだし、誤魔化せるのではないか?


「……私は、その、妄想癖の強い、そんなやつ、を、患っているのだ」
「嘘下手か!?」
「いや、ほら、貴様は遠慮なく『俺はそんなインチキ信じないぞ~』みたいな反応してくれていいのだが?」
「……言い難いんだけど、あんた、見た目が異常なくらい綺麗だから、この世界の存在じゃない方がしっくりくるね」
「そうなのか!?」
「さっきスマホでめっちゃ撮影されてたでしょ。あれはあまりにイケメン過ぎるからだと思うよ」
「もう私の何もかも駄目じゃないか」
「駄目だな」


 現地人にハッキリ言われてしまった。悲しい。しかし、こうなってしまったものは仕方ない。記憶を消すか。
 ん、いや待て。
 どうせ記憶を消すならば今でなくても、ある程度の情報を得てからでも良いのだ。こんなに動じずに接してくる人間は今の私にはとてもありがたい。


「ここまでバレたのも何かの縁。私を助けろ」
「えー……いや、別にいいけど……その不遜な態度、偉い人なの?」
「魔王だからな」
「ああ、納得」


 魔王と聞いても逃げ出さないのだから、この世界に魔王は存在していないのだろう。だが創作物では見た事があるからどんな存在なのかは理解しているのだ。だいぶこの人間の事がわかってきたぞ。


「魔王様はどれくらい日本にいるつもり?」
「この世界でいうひと月くらいだろうか」
「寝泊まりは?」
「金はある。良い宿があれば教えて欲しい」


 ちゃんと事前に円に換金したし、貨幣価値も勉強した。とりあえず金さえあればどうとでもなると思っていたからな。


「魔王様のご予算は……」
「一千万円」
「は?」
「ひと月で一千万。足りないか?」
「ちょっと俺……庶民なんで……大金の使い方がわからないですね。城でもレンタルする気か?」
「いや、ベッドさえあればあまり広さは気にしないが。可能なら貴様に滞在中、日本の事を教えて欲しいと思っている。貴様の住居に近い宿だと助かるな」


 そう要望を伝えると、人間はしばらく何かを思案してから私の目を見て頷いた。


「俺は貴様じゃなくて夕夜ゆうや清水夕夜しみずゆうやだ」
「ふむ。私はシエルだ」


 夕夜。ちょっと勇者と響きが似ている名前だな。少しだけ胸がザワつくこの嫌な予感が勘違いだと良いのだが。
 私の不安をよそに、夕夜はニカッと歯を見せて笑った。



「んじゃシエル、俺を雇え」
「採用」
「早いから! 少しは話を聞け!!」


 私は元から夕夜に頼る気満々だったのだ。なんの不満もない。
 しかし、夕夜が勝手に話し始めたのでおとなしく聞く事にする。

 夕夜は24歳独身。さっきまで会社員をしていたが、上司の横領の偽装を手伝ったという濡れ衣を着せられ、濡れ衣であると知っているはずの会社からは『通報はしないから自主退職しろ』と迫られたという。
 それで退職し、現在無職という事らしい。淡々と夕夜は他人事のように話しているが、とんでもない内容である。


「何故徹底的に戦わなかった」
「社員を助けない会社になんて残りたいか?」
「それは、まあ……そうだが」
「しかも俺、婚約までしていた同棲予定の彼女にも浮気されて、先週ひと悶着あった所なんだよ。その浮気相手が件の上司ってのもあってどうでもいいかなって。それでさ、まだ誰も使っていない部屋があってだな──」
「待て待て! まさか……?」


 この夕夜に対して明らかに不幸が畳みかけている状況。夕夜が日本に未練を残さないために神が引き起こしているのではなかろうか。つまり転生予定か?
 いや、そんな事を考えている場合ではない。私は早急に夕夜が勇者であるか否かを確認する必要がある。


「夕夜、すまぬ」
「へ……んぅ!?」


 私は夕夜の頬を両手で挟み、上を向かせて唇を奪った。

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