異世界に来る前の勇者を倒したい魔王が現代に来たけど目立っています

くろなが

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一話 魔王、日本へ行く

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 私は魔王。
 悪さをした覚えは無い。人間が繁栄する前から住んでいる土地でひっそりと暮らしていただけだ。
 勝手に領地を荒らしていく人間を追い払うくらいはしている。それでも一向に人間の侵略行為が治まる気配はなかった。しかも私の反撃だけで人間は勝手に数を減らしていった。弱すぎる。

 掛かる火の粉を払っていただけなのに、私は何故か弱い者いじめの加害者のように言われ、世界は魔王排除の動きになった。
 理不尽だ。しかし理不尽を嘆いた所で何も変わらない。
 勇者という特殊な力を備えた人間がやってきたが、私の方が強かった。
 そうしてまた人間は数を減らした。何度も言うが、私から人間の領域に攻めた事はない。防衛しかしていないのだ。
 それでも結果だけ見れば“魔王が人間を滅ぼそうとしている”という事になったらしい。

 最終手段として、人間と神が協力し『異世界からチートを付与した勇者を召喚する』という計画が浮上している情報を得た。既に召喚する人間も決まっているそうだ。
 もう何でもありだな。
 さすがにそこまでされて黙っているのも馬鹿らしくなってきた。私は初めて先手を打つことにした。


「異世界の勇者を始末する」


 意気込んで私は地球の日本という国に降り立った。しかし、そこでまずい事に気が付いた。


「転生と転移のどちらだ?」


 召喚するというのは知っていたが、詳細を調べてくるのを忘れた。
 転移予定であれば転移前にチート勇者殺してしまえば、神もいきなり転生に切り替えるのは難しいだろう。
 だが、転生予定だった場合、自らあの世界にチート勇者を送り込む事になってしまう。二分の一の確率で人を殺すのも嫌だな。
 私が異世界への移動でかなり魔力を使ってしまった今、すぐに元の世界に帰る事もできない。調べ直して出直す時間的余裕は無いのだ。やってしまった。


「……まあいいか」


 別に私は異世界の勇者を殺したい訳でも、有利になりたい訳でもない。あの世界の人間と神に一泡吹かせてやれたらいいな、程度の気分で訪れたのだ。観光して魔力が回復次第帰ろう。


 しかし、この世界は人が多い。ある程度地球の勉強はしたし、文明が全然違うのは知っていたが、この東京という都市は人が多過ぎて息苦しさすら感じてしまう。
 しかもさっきからジロジロと沢山の人間に見られているし、何故か薄い板を向けられている。確か“スマホ”とかいう道具だ。私はそれで何をされているんだ。通信機器ではなかったのか?
 服装はちゃんと周りと大差ないものだし、何もおかしい所はないはずだ。角もないし、牙もないし、翼もない。それなのに何故こんなに注目を集めているのだ。

 もしや、この世界の者達は私の正体に気付いている?
 魔王降臨に警戒を強め、いつでも私を襲撃できる準備をしているのか?
 わざわざ神が呼び寄せる人種なのだから、特殊な能力を持っていてもおかしくない。
 私は実はとんでもない猛者に囲まれているのではないだろうか。
 地球の勇者に興味を持つと予想され、逆に誘導された? もしかして私は罠にハメられてしまったのか?
 背中に嫌な汗が伝った時、突然俺は何者かに腕を掴まれた。


「また迷子になってんじゃん。ほら、ホテルはこっち。今度は勝手にいなくなるなよ。駅はダンジョンなんだから、はぐれたらまた会えなくなるぞ!」


 ダンジョンだと。地球の、特にこの日本という国は他に例を見ないくらい平和だと聞いていたが、ダンジョンがあるのか。ダンジョンが形成されるなんて、とんでもなく高位の魔素を排出する土地という事だぞ。
 私が混乱している間に、どんどん人混みから遠ざかっていた。息苦しいくらいだった人口密度も、少し歩いただけでかなり減る事に感動した。
 安心した所で、私はようやく現状を思い出す。
 ところでこの人間は誰だろう。まるで私を知っているような口ぶりだったが。


「すまないが、貴様は誰だ? 何故私を連れて行く」


 言葉はこれで通じるだろうか。ちゃんと言語は切り替えたはずだが少し不安になる。スーツを着た、仕事帰りといった様子の若者はすぐに私の手を離した。少しだけ茶色がかった短めの清潔感のある髪。人が良さそうな笑みは見る者を和ませる。


「すみません、困っているように見えから移動したんだけど……あんた、すんげー目立ってたから……」
「それは……助かった。感謝している。しかし、目立っていたとは何故だ。どこがだ。私は普通だ」
「えぇ……普通の人は自分を普通って言わない」
「確かに」
「太股まである長髪ってリアルでは見掛けないからめっちゃ目立ってたよ」


 何。髪の長さだと。言われてみればあれだけ沢山人間がいたのに、女でも私ほどの長い髪は見た事がなかった。まさか世界によってそんな差があるとは。


「忠告感謝する。ではこれくらいなら違和感は無いだろうか」


 私は数度、頭を左右に振り、肩につかない程度の長さに髪を変化させてみる。すると人間が私を見て叫んだ。


「はぁあああ!?」
「む!? ま、まだ長いだろうか!?」
「そこかよ!? 違う! 何で勝手に髪が短くなったの!?」
「……? 魔力で」
「……まりょく……かぁ……」


 この反応は、完全に私が何かをミスったらしい。だが、何がいけなかったのかもわからない。どうしたものか。

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