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【番外編】イサミ×フリアン
五話 イサミと果実
しおりを挟むフリアンから最後の場所だと連れて来られたのは湖だった。
その透き通った世界には熱帯魚のようなカラフルで小さな魔物が沢山いた。蛇のように長い体を持った犬みたいな大きな魔物も水中で泳いでいる。人魚のようなヒレの長い魔物が俺を見て手を振ってくれている。
本当に魔界はどこもかしこも美しい。
砂まみれの世界しか知らなかった俺に、沢山の景色を見せてくれたフリアンには感謝しかない。
きっと一人で見ても、美しいとは感じても、宝物のように輝いては見えなかっただろう。楽しいと感じる事もなかっただろう。
水面から視線を外すと、フリアンが服を脱いでいた。突然の裸体に驚き、俺は慌てて首を反対側に向けた。
水浴びで裸なんて何度も見た事はあるが、そういった用がなく唐突に視界に入った肌に心臓が跳ねてしまう。
「何をしている」
「イサミも早く脱げよ。お目当てはこの中だぜ」
フリアンの指先は湖の中を示していた。
衣類を濡らさないための行動だとわかって、俺は少し落ち着きを取り戻した。フリアンは脱いだ服を綺麗に畳んでいる。
「俺は全身覆えるような大きい結界を張れないし、できて畳んだ服を濡らさない程度の範囲だからさ」
「水中に何かあるのか?」
「ここは水龍の棲家で、珍しいアイテムが手に入る」
俺もフリアンに倣って、服を全てを脱ぎ、綺麗に畳んでフリアンに託した。
「イサミって呼吸どれくらい我慢できんの?」
「30分は止められる」
異世界に渡るのだから、各地の空気中の成分が俺に適しているとは限らない。だから勇者は生命維持を完全に呼吸に頼っているわけではないらしい。女神からそう聞いていた。
「なら余裕。15分もあれば目的地だ」
俺達は湖に入り、ゆっくりと下に潜っていく。
湖の底は大きな漏斗のような構造になっていて、中心だけが恐ろしく深い。中心に向かい、沈んでいくと、途中に大きな横穴があり、フリアンがそこを指さした。
横穴に入り、真っ直ぐ泳いでいるとキラキラと水の色が明るく変化した。頭上に光源があるらしい。
俺とフリアンが水面から顔を出すと、そこは広い空間になっていた。クリスタルで出来たような木が沢山あって幻想的だ。その枝にはマンゴーくらいの大きさの透明感のある水色をした果実がなっている。
この空間自体が宝石箱のようだった。その真ん中に綿菓子みたいな細い繊維が折り重なった巣があり、大きな水龍がいた。こちらも透き通ったエメラルドグリーンと白がグラデーションになった神秘的な色をしている。
気だるげにこちらを見た水龍はため息をついた。
「はぁ……良かった、リスドォルじゃなかった」
「え、リスドォルよく来るの?」
フリアンは動物のようにブルブルと全身を震わせて水滴を飛ばしてから服を着た。
俺にそんな芸当はできないので持ってきていたタオルで全身を拭きながら二人の話を聞く。
「実を取りに来る……三つ四つまでなら気にしないんだがなぁ……この前は木まで持っていきよった」
「木ごと持っていったのか!?」
フリアンが苦笑している。驚きというより、やりかねないという肯定の顔だ。
「最初はわしが寝てるのをいいことに定期的に少しずつ果実を取っていくだけだった。それでも研究用だかでもっと欲しいと言い出した。持っていくのはいいが、持ち出す数が増えれば保存のための木箱が必要になる。だから木にまで手を出しよったわ」
水龍はまた一つ大きく息を吐いた。
現魔王はなかなかアクティブなようだ。しかし周辺を眺めても木を切り倒したような跡はない。
俺も服を着れたのでフリアンの横に行き、話に入る。
「こんな場所からどうやって木材を運ぶんだ?」
「あやつは木と話し合って、木が自分の意思で歩き、自分で泳いで出て行った」
「魔王は木と話せるのか」
木が歩くのは小さな魔木で見ていたからわかるが、水を泳ぐのは想像できずに驚いてしまった。
俺はあのミニ魔木の声が聞こえたが、勇者の特典だったはずだ。神の力でもないとできないくらいの能力だと俺は認識している。
もう地球への帰還も迫っているというのに、少し俺も魔王リスドォルの結婚式が気になってきた。
「らしいな。そんな芸当ができるとは思わなんだ」
水龍は小さな手で自分の髭を摘まんで指でこねくりまわしている。そういう手癖が水龍にもあると思うと微笑ましい。
フリアンは突然小さくアッと声をあげた。
「最近リスドォルが地下にこもってたのは、もしかしてその木の研究してたから……?」
「ふむ、自前で今後どうにかするならもうここに来る事はないか。それだけでも安心じゃ」
「あ、俺そのリスドォルの使いなんだけど。結婚式するから暇なら魔城に来てくれって」
「ほぉ……珍しい事をやるんだな。あれの奇行は今に始まったわけじゃないか……そん時も起きてたら行くかの」
これでフリアンの伝達役の仕事も終わった。俺の魔界での旅の終わりでもある。
ここから出たら、フリアンは宝玉の在り処を教えてくれるのだろう。
「イサミ、これやる」
フリアンが俺に差し出してきたのは、周りに沢山なっている透き通った果実だ。
受け取ると、ひんやりしていて気持ちが良い。意外と弾力があり、少し握力を加えると水風船のようにぐにぐにと動く。つい何度かむにむにと遊んでしまう。
「魔界で一番美味だって言われてるんだぜ。いい魔界土産になるぞ」
「へえ、それは楽しみだ。ありがとう」
俺はシャツを脱いで丁寧に果実を包んだ。それを見ていた水龍が声を掛けてきた。
「人間。それは魔界では求婚のアイテムとされている。魔物は誰でも知っている有名な話だ」
「そうなのか。どうやって使うと求婚になるんだ?」
「ただ渡すだけで良い。あとは、一緒に食べたいとでも言えば交尾のお誘いと同義だ。果実に催淫効果があるからな」
ニヤリと笑う水龍。フリアンが何も言わなかったのをフォローしてくれたのはとてもありがたい。
しかし、俺はこれがフリアンの求婚なのか、ただ土産物を渡してくれただけなのか、どのように受け取ればいいのかわからなかった。
フリアンを見ても、慌てるでもなく微笑んでいるだけだ。
「地球に帰って……いつか、イサミが好きになった相手にそのエピソードを教えてさ、渡したら喜んでくれるんじゃないかな。異世界流プロポーズなんてロマンチックだろ?」
もう、フリアンは俺の事を完全に交尾の相手としての興味を失ってしまったのだろうか。
フリアンは俺を見ていなかった。全て終わった事のように遠くを見ていた。
俺は何で行動を起こさなかったんだ。ここまできて、ようやく後悔を自覚した。もう終わってしまうというのに、遅すぎる。
好きになって欲しいのなら、自ら動くしかないのに、俺は何を恐れていたんだ。
体からでも良いから、繋ぎとめておくべきだった。
それから好きになって貰う努力をすればいいだけなのに。
愛していると自分から伝えなければいけなかった。
いつもいつもフリアンから与えてもらうばっかりで、俺はフリアンに何をしてやれたというんだ。
もう終わってしまうが、まだ終わっていない。
俺は入って来た水面を覗き込んでいるフリアンの肩に手を掛けた。
「フリアン、聞いて欲しいことがある」
「さ、地上に戻ろう。宝玉を渡さなきゃ」
「フリアン!」
こちらを振り向くことなく、フリアンは俺のシャツと果実を結界に包んで一人で先に潜ってしまった。
フリアンは服を脱いでいなかった。
服を濡らすとその後が面倒だからここに来る時には脱いだのではないのか。フリアンは特に身に着けている物は革製が多い。
いつも雨や水濡れに気を付けていたのに。ここを出た後の事を考える必要がないみたいな行動だ。
俺は嫌な予感がして直ぐにフリアンを追いかけ、水中に飛び込んだ。
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