136 / 152
【番外編】イサミ×フリアン
五話 イサミと果実
しおりを挟むフリアンから最後の場所だと連れて来られたのは湖だった。
その透き通った世界には熱帯魚のようなカラフルで小さな魔物が沢山いた。蛇のように長い体を持った犬みたいな大きな魔物も水中で泳いでいる。人魚のようなヒレの長い魔物が俺を見て手を振ってくれている。
本当に魔界はどこもかしこも美しい。
砂まみれの世界しか知らなかった俺に、沢山の景色を見せてくれたフリアンには感謝しかない。
きっと一人で見ても、美しいとは感じても、宝物のように輝いては見えなかっただろう。楽しいと感じる事もなかっただろう。
水面から視線を外すと、フリアンが服を脱いでいた。突然の裸体に驚き、俺は慌てて首を反対側に向けた。
水浴びで裸なんて何度も見た事はあるが、そういった用がなく唐突に視界に入った肌に心臓が跳ねてしまう。
「何をしている」
「イサミも早く脱げよ。お目当てはこの中だぜ」
フリアンの指先は湖の中を示していた。
衣類を濡らさないための行動だとわかって、俺は少し落ち着きを取り戻した。フリアンは脱いだ服を綺麗に畳んでいる。
「俺は全身覆えるような大きい結界を張れないし、できて畳んだ服を濡らさない程度の範囲だからさ」
「水中に何かあるのか?」
「ここは水龍の棲家で、珍しいアイテムが手に入る」
俺もフリアンに倣って、服を全てを脱ぎ、綺麗に畳んでフリアンに託した。
「イサミって呼吸どれくらい我慢できんの?」
「30分は止められる」
異世界に渡るのだから、各地の空気中の成分が俺に適しているとは限らない。だから勇者は生命維持を完全に呼吸に頼っているわけではないらしい。女神からそう聞いていた。
「なら余裕。15分もあれば目的地だ」
俺達は湖に入り、ゆっくりと下に潜っていく。
湖の底は大きな漏斗のような構造になっていて、中心だけが恐ろしく深い。中心に向かい、沈んでいくと、途中に大きな横穴があり、フリアンがそこを指さした。
横穴に入り、真っ直ぐ泳いでいるとキラキラと水の色が明るく変化した。頭上に光源があるらしい。
俺とフリアンが水面から顔を出すと、そこは広い空間になっていた。クリスタルで出来たような木が沢山あって幻想的だ。その枝にはマンゴーくらいの大きさの透明感のある水色をした果実がなっている。
この空間自体が宝石箱のようだった。その真ん中に綿菓子みたいな細い繊維が折り重なった巣があり、大きな水龍がいた。こちらも透き通ったエメラルドグリーンと白がグラデーションになった神秘的な色をしている。
気だるげにこちらを見た水龍はため息をついた。
「はぁ……良かった、リスドォルじゃなかった」
「え、リスドォルよく来るの?」
フリアンは動物のようにブルブルと全身を震わせて水滴を飛ばしてから服を着た。
俺にそんな芸当はできないので持ってきていたタオルで全身を拭きながら二人の話を聞く。
「実を取りに来る……三つ四つまでなら気にしないんだがなぁ……この前は木まで持っていきよった」
「木ごと持っていったのか!?」
フリアンが苦笑している。驚きというより、やりかねないという肯定の顔だ。
「最初はわしが寝てるのをいいことに定期的に少しずつ果実を取っていくだけだった。それでも研究用だかでもっと欲しいと言い出した。持っていくのはいいが、持ち出す数が増えれば保存のための木箱が必要になる。だから木にまで手を出しよったわ」
水龍はまた一つ大きく息を吐いた。
現魔王はなかなかアクティブなようだ。しかし周辺を眺めても木を切り倒したような跡はない。
俺も服を着れたのでフリアンの横に行き、話に入る。
「こんな場所からどうやって木材を運ぶんだ?」
「あやつは木と話し合って、木が自分の意思で歩き、自分で泳いで出て行った」
「魔王は木と話せるのか」
木が歩くのは小さな魔木で見ていたからわかるが、水を泳ぐのは想像できずに驚いてしまった。
俺はあのミニ魔木の声が聞こえたが、勇者の特典だったはずだ。神の力でもないとできないくらいの能力だと俺は認識している。
もう地球への帰還も迫っているというのに、少し俺も魔王リスドォルの結婚式が気になってきた。
「らしいな。そんな芸当ができるとは思わなんだ」
水龍は小さな手で自分の髭を摘まんで指でこねくりまわしている。そういう手癖が水龍にもあると思うと微笑ましい。
フリアンは突然小さくアッと声をあげた。
「最近リスドォルが地下にこもってたのは、もしかしてその木の研究してたから……?」
「ふむ、自前で今後どうにかするならもうここに来る事はないか。それだけでも安心じゃ」
「あ、俺そのリスドォルの使いなんだけど。結婚式するから暇なら魔城に来てくれって」
「ほぉ……珍しい事をやるんだな。あれの奇行は今に始まったわけじゃないか……そん時も起きてたら行くかの」
これでフリアンの伝達役の仕事も終わった。俺の魔界での旅の終わりでもある。
ここから出たら、フリアンは宝玉の在り処を教えてくれるのだろう。
「イサミ、これやる」
フリアンが俺に差し出してきたのは、周りに沢山なっている透き通った果実だ。
受け取ると、ひんやりしていて気持ちが良い。意外と弾力があり、少し握力を加えると水風船のようにぐにぐにと動く。つい何度かむにむにと遊んでしまう。
「魔界で一番美味だって言われてるんだぜ。いい魔界土産になるぞ」
「へえ、それは楽しみだ。ありがとう」
俺はシャツを脱いで丁寧に果実を包んだ。それを見ていた水龍が声を掛けてきた。
「人間。それは魔界では求婚のアイテムとされている。魔物は誰でも知っている有名な話だ」
「そうなのか。どうやって使うと求婚になるんだ?」
「ただ渡すだけで良い。あとは、一緒に食べたいとでも言えば交尾のお誘いと同義だ。果実に催淫効果があるからな」
ニヤリと笑う水龍。フリアンが何も言わなかったのをフォローしてくれたのはとてもありがたい。
しかし、俺はこれがフリアンの求婚なのか、ただ土産物を渡してくれただけなのか、どのように受け取ればいいのかわからなかった。
フリアンを見ても、慌てるでもなく微笑んでいるだけだ。
「地球に帰って……いつか、イサミが好きになった相手にそのエピソードを教えてさ、渡したら喜んでくれるんじゃないかな。異世界流プロポーズなんてロマンチックだろ?」
もう、フリアンは俺の事を完全に交尾の相手としての興味を失ってしまったのだろうか。
フリアンは俺を見ていなかった。全て終わった事のように遠くを見ていた。
俺は何で行動を起こさなかったんだ。ここまできて、ようやく後悔を自覚した。もう終わってしまうというのに、遅すぎる。
好きになって欲しいのなら、自ら動くしかないのに、俺は何を恐れていたんだ。
体からでも良いから、繋ぎとめておくべきだった。
それから好きになって貰う努力をすればいいだけなのに。
愛していると自分から伝えなければいけなかった。
いつもいつもフリアンから与えてもらうばっかりで、俺はフリアンに何をしてやれたというんだ。
もう終わってしまうが、まだ終わっていない。
俺は入って来た水面を覗き込んでいるフリアンの肩に手を掛けた。
「フリアン、聞いて欲しいことがある」
「さ、地上に戻ろう。宝玉を渡さなきゃ」
「フリアン!」
こちらを振り向くことなく、フリアンは俺のシャツと果実を結界に包んで一人で先に潜ってしまった。
フリアンは服を脱いでいなかった。
服を濡らすとその後が面倒だからここに来る時には脱いだのではないのか。フリアンは特に身に着けている物は革製が多い。
いつも雨や水濡れに気を付けていたのに。ここを出た後の事を考える必要がないみたいな行動だ。
俺は嫌な予感がして直ぐにフリアンを追いかけ、水中に飛び込んだ。
0
お気に入りに追加
1,307
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる