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【番外編】ジン×デュラム
十二話 ブレドと魔王
しおりを挟む俺はすぐに外へ出た。
正面広場の門付近に一人の長身の男が立っている。
だが、視認した瞬間にはもう姿は消え、背後に気配を感じた俺は飛び退いた。
鋭い蹴りが空を切り、風圧に思わずヒュゥと口笛を吹く。
俺はナイフを取り出し、謎の襲撃者に斬りかかる。
男は俺の攻撃を最低限の動きで躱し、ほんの少しでも油断すれば素早く蹴りが打ち込んでくるが、避けられない程ではない。
この短い時間でも相手が腕利きなのがわかる。本気ではなく、どうも俺は様子見をされているようだ。
いくつかの攻防の末、男は細身の全体が黒に染まった剣を抜いた。
俺としてはチャンスだ。地を蹴り一気に男との距離を縮め、避ける気は微塵も無く自ら刃に飛び込む。
捨て身の動きは予想していなかったらしく、男の方が逆に避け、俺の脇腹を蹴り距離を取る。
その蹴りも本気なら相当のダメージを入れられたはずなのに、俺を遠ざけるためだけの“押し”だった。
「なぁにビビってんだ?」
俺はこいつに奇妙なアンバランスさを感じていた。
獣のように研ぎ澄まされた感覚を持っていながら、獰猛さを一つも感じない。
賊にしては上品過ぎるのだ。殺しをした事がない者の動きと言っていいだろう。
俺はズカズカと大股で男に近付いた。警戒を捨てたただの歩みだ。
こいつはすぐに剣を構えた割に、斬りかかってこない。
後ろに下がり、一定の距離を保とうとしている。
俺を殺したり、攻撃するのが目的でないとすれば目的は一つ。
「時間稼ぎか」
「正解」
男は布で隠していた口元を出し、笑みを見せる。想像より若かった。
トラップを受けた奴は別にいて、こいつはただの人間。
俺は孤児院に慌てて飛び込んだ。
「おじちゃーん! 助けて~!!」
「ブレドおじさ~ん!」
広間の隅にガキ全員が集められて、結界のようなもので包まれている。
バンバンと内側からガキ共は壁を叩きながら叫んでいた。
顔を装飾のない白い仮面で隠した術者はその結界に体重を預け、黙ってこちらを眺めている。
室内に子供は全ているのに、肝心のあいつがいない。
「デュラムはどうした」
俺の声に反応するように、突如何もないはずの俺の正面に黒い靄が広がった。
靄の中から布で口を塞がれたデュラムと、そのデュラムの両腕を背後で拘束している背の高い男が現れる。
「まったく……少し痛かったぞ」
「んん~!」
痛かったという言葉と、服がボロボロと焼け焦げている部分があるので、トラップにかかったのはこいつだ。
顔を隠していたと思わしきボロ切れが落ち、晒された形貌は確かに人とは思えないゾっとする美しさだった。
顎のラインに沿うように切りそろえられた黒い髪は、全てを吸い込みそうな深い闇を感じさせる。
「ふははは……小賢しい罠なんぞで私を痛めつけるとは、許さぬぞ人間」
「なんだその魔王みたいな陳腐なセリフはよぉ」
つい思った事を口に出してしまってから、俺はナイフを床に放り投げ、両手を上げた。
相手をこれ以上刺激して孤児院内部を壊されでもしたら困る。
男は魔力でナイフを浮かせ、ガキを見張っている別の男の手元へ移動させる。
「みたいではなく魔王だからな」
魔王と認めた男はやれやれと言った感じに首をゆったり横に振る。
「英雄サマに倒されたんじゃねーのかよ」
この男から感じる禍々しい魔力と、トラップの反応で魔王であるのは信じるしかない。
俺の言葉に魔王は赤く長い舌で自らの唇を舐めた。
「ああ、表向きには勇者に倒されたさ。しかし魂が消滅した訳ではない。時間をかけ復活した私は勇者に復讐しに来たのだ」
「はぁ? 勇者がこんな孤児院を気に掛けるかよ」
そう言うと魔王はクッと喉で笑った。
「勇者が一人とは限らないだろう?」
「は?」
「ここにいる子供達がいたぶられる事で一番効果があるのは誰であろうな」
その言葉に俺は自然とデュラムを見ていた。
デュラムは俺と目が合うと視線を逸らし、俯いてしまう。
「デュラム」
俺の呼びかけを遮るように魔王は言った。
「さて、勇者の前にブレド、貴様はどうやって私に詫び、子供達の犠牲を減らす?」
試すように魔王は問い掛けるが、俺の答えは最初から決まっていた。
「ハッ、俺は何もしねぇ。好きにしろ」
「なに?」
魔王は俺を鋭く睨み付ける。
だが俺は笑っていた。
「だって、おめぇら誰も傷付ける気ねぇだろ?」
「ほう、何故そう思う」
俺が腰に手を当て気だるげにそう言うと、魔王は興味深そうに聞いてくる。
「外の奴が俺を避けるからだよ」
「どういうことだ」
魔王の肩眉にシワが寄った。
本当にわかっていないみたいなので教えてやる。
「俺の攻撃を、じゃねぇぜ。俺があいつの攻撃を受けに行ってるのに避けるんだよ、怪我させねぇようにな」
トラップの時にも使ったが、俺は血液で魔力を増幅させる呪術が得意だ。
自分で自分を傷付けると警戒されるから、俺は常に隙を用意し、相手からの攻撃を受けて血を流す。
俺の血が付着した武器は瞬時に腐り落ち、肌に飛べばそこから麻痺や毒といった異常が発生する。
だから俺の全身には傷跡だらけだ。だが近接戦での勝率はかなり高い。
「俺の手の内を知っているなら剣を出す必要もないのに出した。ど~も動きがパフォーマンスにしか思えなかったんだよ」
最終的に俺が確信したのはガキの目だ。
「あとなぁ、ガキ共、演技は頑張っちゃいるが、誰もビビってねぇじゃねーか」
そう言うと全員エヘヘと笑い出し、緩い空気に包まれる。
「おじちゃんのカッコイイところ見れるって」
「悪者とヒーローごっこ!」
「お外のブレドおじさんも見れたよ、結界に映ってて」
「強いんだねぇ!」
ガキの平和そうな様子に俺はドッと力が抜ける。
なんだってこんな茶番をこいつらは仕掛けてきたんだ。
俺が警戒を解こうとした瞬間、魔王が悪い笑みを浮かべた。
「だが、デュラムに何もしないとは言っていまい」
「ん!?」
魔王の言葉にデュラムが勢いよく顔を上げた。
マジで驚いている。
デュラムもこの襲撃を知らなかったということか。
「私がブレドに怒っているというのは本当かもしれないぞ?」
魔王がデュラムの耳を食みながら、低い声で囁いた。
拘束していない空いた手をデュラムの服の下から入れ、ゆっくりと肌を滑らせる。
手が胸にまで上がれば自然と服もたくし上げられ、デュラムの鍛えられた腹部が露わになった。
「ふぅ……ッ!?」
デュラムは拘束から抜け出せず、慌てた様に顔を赤くして身を捩る。
あまりの出来事に俺は固まっていたが、魔王がデュラムの首筋に舌を這わせたあたりで弾かれたように声を上げた。
「おッおい、やめろ!!」
「ちょっとリズ様!?」
「や、やめてください魔王!?」
何故か俺以外に二つの声が重なった。
一つの声は外にいた男で、室内へ飛び込んできて魔王をデュラムから引き剥がした。
もう一つの声は同じく外から入ってきたジンさんだった。
「ジンさん!?」
「ブレドさん、先生! 本当にすみませんでしたぁ!!」
膝をついて祈るように手を組む突然のジンさんの謝罪に、俺は目を白黒させた。
それはデュラムも同様だったようで、解放されて自由になったはずなのに、間の抜けた顔をして突っ立っているだけだった。
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