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【番外編】ジン×デュラム

二話 デュラムに迫る影

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「へぇ、ここがデュラムの新しい家ってか、何人かガキ寄越せよ」


 洗濯物を干している背後から声がした。
 下品さを隠しもしない男の声に懐かしさを感じる自分が嫌になる。


「ブレド……」
「なんだお前、全然老けてねぇな」
「お前は老けたな」


 振り返ると予想通りの相手だったが、もう15年以上は会っていないから随分印象が変わっていた。
 大柄でしゃがれた声、ボサボサに伸びた焦げ茶の髪は変わらないが、顔には大きな傷がいくつも増え、無精ひげのせいで余計に老けて見える。
 俺は早い段階で旅に出て足を洗ったが、ブレドはずっと最下層の王様をしていたんだろう。

 ブレドはセモリナで最底辺の生活をしていた時の相棒だった。同い年だったから、自然とよくつるむようになっていた。
 こいつと共に裏社会ではそこそこ名が知れていたなんて、自慢にもならない。
 俺もブレドも、もう35歳だ。
 ブレドの髪には少し白髪が出始めているが、俺は元から老けない方だし、更に勇者の力もあって二十代からほとんど見た目が変わっていない。
 洗濯物は大量にある。作業を続けながら俺はブレドに問いかけた。


「どうやってここを知った」
「ま、仕事だわなぁ」


 ブレドは自然に俺の隣で干すのを手伝う。
 こいつが器用なのは知っているから、俺はそのままにさせておいた。


「近々ここに強盗が入るってことね」
「下見の依頼で来たらお前がいて驚いたぜ」


 対象が店だろうと館だろうと孤児院だろうと、無計画に襲う強盗というのはそんなに多くない。
 事前に情報を集め、騒ぎを最小限に、最大の利益を出さなきゃ割に合わないからだ。
 ブレドと俺はそういう下見役の仕事を得意としていた。
 実際、勇者になった俺の背後を取れるんだから、ブレドの腕は衰えていないどころか格段に上がっているようだ。
 俺は強盗の実行犯になった事はないが、情報を渡す時点で同罪だった。
 忘れようにもそれを許さない過去の影に、ジワリと胸の奥が焼け付くように痛んだ。

 俺の孤児院はラトラ国王にかなり世話になってるから、目を付けられるのは不思議なことじゃない。
 裕福だと思われ、標的になってもそんなに驚きはない。俺にとっては因果応報ってやつだろう。
 テキパキと洗濯物の山を減らすブレドが俺に言った。


「俺が言うのもなんだけどよ、警備がザルどころか皆無じゃねーか」
「見ての通り貧乏孤児院なんでな」
「お前一人でやってんのか」


 たまにお手伝いさんを雇うけど、結局8年ほとんど俺とジンでやってきてしまった。
 自然と10歳以上の子達が下の面倒や、俺の手伝いをし始めて困る事がなかったのだ。
 ジンの背中をみんなが見ていたからだろう。
 ちょくちょくテリアが子供を連れて遊びに来るのも助かってるし、神の報酬ってやつなのか、本当にこの8年間苦労する事はなかった。


「まあな。一番最初に保護した子が手伝ってくれてたけど、最近は働きに出てあんまり帰ってこないし一人だ」


 ジンが15歳になったくらいから、俺の知らないうちに働き先を見つけ、孤児院に金を入れるようになった。
 自分のために使うように言っても聞かないので、仕方なくこっそり貯めている。
 16歳で自分で商売を始めたとは聞いたが、俺は詳しく聞いていない。
 身なりがどんどん良くなって、今ではどこのお貴族様だって思うくらい洗練された男になった。
 どれだけ忙しそうにしてても、ジンは必ず5日に一度は孤児院に帰ってくるが、正直に言えば寂しかった。
 俺は自然と溜息をついていたらしく、ブレドが顔を覗き込んできた。


「なんだぁ? 欲求不満か」
「まさか。俺はお前と違って慎ましいんだよ」
「シモの付き合いだけは悪いもんなぁ、昔っから」


 強姦も売り買いもしなかった。俺はそっちよりも食に興味がいってたからな。
 それに俺はモテたし、ぶっちゃけその方面で悪い事をする必要がなかった。


「ま、デュラムならいつでも相手してやっから。孤児院のママさんよぉ」
「きっしょ。お前男はやらないだろ」
「それは15年前の話だろうが」
「アラアラ、人は変わるものねぇ」


 ブレドのお陰で洗濯物が早々に片付いたので空になった桶を運ぶ。
 当然のようにブレドも残った桶を持ってついてきた。


「ブレド、もう下見はいいのかよ」
「デュラムが頼むなら、ここを狙わないように取り計らってもいいんだぜ?」
「別にいい」


 俺が悩むことなく即答した事にブレドは目を見開いた。


「はあ!? お前が一番狙われたもんの末路を知ってんだろ!?」
「知ってる知ってる」
「おい、俺は真面目に言って──」


 ブレドが俺の肩を掴み、振り返らせる。
 俺の笑った顔を見てブレドの言葉が止まった。


「……何……笑ってる……、お前は俺より弱かっただろ……」
「そうかもな。でもそれは15年前の話だ。人は変わるってさっき言ったよな」


 常に何かを失う時、己に力がないからだ。
 弱い者が守りたいものを沢山抱えるのはただの馬鹿だと思っている。
 だから俺は悪い仕事もできたし、その考えは今でも変わっていない。
 弱いから奪われる。奪われたくないのなら強くなる以外に方法はないんだ。


「俺も変わった」


 ブレドの手を振り払い、俺は振り向くことなく孤児院の裏口の扉をくぐった。
 追いかけてくる様子がなかったので良かった。
 変わったなんて大嘘だ。
 神の気まぐれで手に入れた強さでしか俺は結局何もできない。
 運も実力のうちとは言うけど、俺は無力感に苛まれていた。


「ジン……早く帰ってこないかな」


 俺は誰かを救うことで、強くなった気分に浸りたいだけだ。
 ジンは俺が変わった証。
 でもジンがいない今、俺は地べたを這いつくばっていた時と何も変わってないし、強くもないんだ。

 しゃがみ込んでいたら、異変に気付いた子供達が集まってきた。


「先生お腹痛いの?」
「だいじょーぶ?」
「せんせーねんねする?」


 俺の周りを取り囲んで口々に心配する。
 いかんいかん。


「だいじょーぶ! おやつ何作るか考えてただけだからな!」


 パンパンと何度か両頬を叩き、俺はいつもの元気な先生に戻った。

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