【R18】魔王様は勇者に倒されて早く魔界に帰りたいのに勇者が勝手に黒騎士になって護衛してくる

くろなが

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【最終章】魔王を護る黒騎士

十三話 春野豊は神になっても忘れない

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「ただいまー」
「お帰り、今日バイトは?」
「ない」


 手を洗って二階の自分の部屋に荷物を置く。着替えてから台所で母さんの手伝いを申し出る。


「あんた、本当に自然と手伝うようになったね」
「うん、卒業したらすぐ家出るし。今しかできないから」
「リズさんと暮らすんだっけ」
「できれば高校卒業と同時に結婚したいんだけど」


 少し緊張したけど言えた。
 母さんは驚くこともなく自然に笑った。


「海外?」
「うん……入籍は、まあ、すぐじゃないけど、形だけでも結婚式がしたくて」
「あんたの独断じゃないわよね?」
「さすがにそれはねーよ、リズさんから言ってくれた」
「あら、素敵」


 俺は人参とじゃが芋の皮をピーラーで剥いていく。
 母さんは肉を一口大に切って日本酒をまぶしている。
 今日はカレーか、肉じゃがかな。


「カレー?」
「正解。挙式費用はどうすんの?」
「リズさん所有の施設だからお金は必要ないって」
「なんとなくわかってたけど、リズさんて経営者とかなんか凄い人でしょう」


 この世界の創造主です、とは言えない。
 魔物の頂点の存在としても凄いのは事実だ。
 魔城はリズ様の所有物だし経営者ともいえる。


「母さんと父さんは……結婚式、来てくれる?」
「行かない選択肢があることに驚きよ」


 母さんは鍋に肉と切った玉ねぎを入れて炒め出した。
 俺は剥いた野菜を乱切りにして渡した。


「あ、多めに作る時はじゃが芋は抜きで作った方がいいかも。その方が日持ちするから」
「へー」
「私は辛口のルーに玉ねぎをたっぷり入れるのが好き。甘さと辛さが両方感じられていいのよ」


 俺はポケットに入れてたメモ帳に書き留める。
 少しずつページが増え、母さんの知恵と経験が形になっていく。
 俺がずっとずっと長く生きる事になっても忘れないようにしたい。
 人でなくなる準備は俺なりにしているのだ。


 ◇◇◇


「ただいまー、カレーの匂いが外までしてたよ」
「父さんお帰り」
「おお、最近よく出迎えてくれるなぁ」


 あまり表情に変化はないが嬉しそうなのは声で伝わる。
 こんな些細な事で喜んでくれるなんて、異世界に行かなければ一生気付かなかっただろう。
 母さんも廊下に顔を出す。


「お父さん、この子高校卒業と同時にリズさんと海外挙式だって」
「おあぁん!?」


 父さんは素っ頓狂な声をあげた。
 驚いた時に変な声が出るのも父さん譲りらしい。


「駄目かな」
「父さんがお前のやりたい事を止めた事はないだろう」
「うん、ありがとう」
「反抗期が終わった息子が素直過ぎて少し怖いよ」


 照れているのか耳の赤い父さんはそそくさ自室に移動した。
 着替えてリビングにやって来た父さんは通帳を俺に渡す。
 中を見ると三百万円ほどあった。


「え、未成年にこんな大金渡していいの」
「最近バイトばかりしてるだろう。何か必要なものがあるならこれで買いなさい。だから、もう少し家族の時間をつくってだな……突然じゃなくて、父さんと母さんに相談もしないか」


 正直バイトの時間を減らせるのは助かる。
 家族の時間は今の俺には最も欲しいものだ。


「……心配かけてるよな」
「お前はしっかりしてるからあんまり心配はしてないけど、もう倒れて欲しくはないかな」


 あれは健康に問題があった訳じゃないけど、それを知らない父さんからしたら不安だよな。
 いや、事実を知った方が心配しそうだ。
 倒れるよりヤバい事が沢山あったんだから。


「気をつける。ありがとう、大事に使う」
「あとなぁ……バイトもいいけど、最近豊は山里君の話ばかりしているんだ。もっと遊ぶ時間もつくりなさい」
「マジで?」


 友達ができた事によるはしゃぎっぷりはバレているようだ。
 恥ずかしい。
 父さんは少しだけ躊躇いながらも、俺に質問してきた。


「言いたくないなら言わなくていいけど、何が欲しかったんだ?」


 リズ様にプレゼントするタブレットもあるけど、本命は別にあった。


「カメラ」
「なんだ、高いカメラが欲しいのか」
「うん。折角なら綺麗に残したくて」
「リズさんか」
「ううん、父さんと母さん」


 父さんは少し困ったような顔をした。
 想定外の返事の驚きと、喜びが入り混じってそんな表情になったみたいだ。


「シワまで綺麗に撮られるのか」
「いいじゃん、これからもっと増えるんだから。今が一番少ないとも言えるよ」
「確かになぁ」


 母さんが炊飯器を開けた音がしたので、俺は台所へ向かった。


「豊、ご飯は?」
「多め」
「はい、ルーは自分で好きなだけかけて」
「うん」


 山みたいにご飯が盛られた皿にカレーをたっぷりかける。
 母さんは父さんにビールの缶を出して、サラダを並べてから戻ってきた。
 俺が注意してから、父さんの飲酒量は三分の一くらいになった。
 注意が効いたというより、俺とよく話すようになったからかもしれない。


「母さんはご飯少なめ、ルー多めに卵」
「あら、ありがとう」
「それ持ってくから父さんの分よろしく」


 自分と母さんのカレーをテーブルに並べる。
 コップと飲み物も持ってこないと。
 食卓を完成させるだけでもかなりやる事があると知った。
 やってみないとそんな事もわからなかった。
 家事ですらそうなんだから、人じゃなくなってからわかる事も多そうだ。


「おい豊、またいつかリズさんを呼びなさい」
「そうね。今度は泊まってもらいたいわ」


 食事の準備が整い、食べ始めると二人が言った。


「言っとく。それまでにカメラ買わないと」
「三脚は使ってないやつが押し入れにあるぞ」


 こんな、なんてことない日常が、どの家にもあるのだろう。
 神として俺が見守りたいものがわかった気がした。
 そして俺はいずれ人でなくなっても、父さんと母さんの子供で、春野豊である事を忘れたくないと改めて思った。

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