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【最終章】魔王を護る黒騎士
一話 悪魔クラウンは行方不明になる
しおりを挟む魔王城を去る前に我はこう言った。
「十日後、報告に行く」
きっと、双子もそのくらいに魔王に謝りに来るはずだ。
我も一緒に謝って、魔王の影武者の仕事を受けると言いたい。
ブルガーも喜んでくれる。
やっとブルガーに恩返しが出来るのだ。
こんなに楽しい気分はいつ振りだろう。
もっと我に自信がついたら、ブルガーに想いを伝えられるかもしれない。
我は、希望の光を確かに見たのだ。
しかし、我が十日後に魔王の待つ魔界に向かう事はなかった。
◇◇◇
久し振りの自宅。
召喚は瞬時であったが、帰りは自力だったため四日程かかってしまった。
我の魔力量があってもこれなのだから、ポンポン移動できる神が少し羨ましい。
我の自宅は神界と地上の間にある天界と呼ばれる所だ。
悪魔と天使が住む領域なのだが、どちらも定住するタイプではなく、基本的にはほとんど誰もいない領域になっている。
天界と地上の境目に、数少ない天界に定住をしている悪魔が集まる村がある。
そこに我の家があるのだ。
「あれ……?」
扉の鍵が壊れている。魔石を嵌め込む部分が外されていた。
古い作りだから、こういう事があっても不思議ではない。
どうせ盗られるような物はないのだ。
あまり気にせず中に入った。
「なんと」
見事な荒れっぷりである。
何か探し物があったのだろう。乱雑にあらゆる家具が動かされている。
小さな棚を開けたりはしていないから、大きな物を探していたようだ。
ベッドまでひっくり返されている。
「ブルガーが来る前に片付け……いや、我がブルガーを探しに行くか」
普段なら待つことしかしなかったが、今の我は前向きなのだ。
グチャグチャになっているクローゼットから黒のパーカーとスキニーを出した。
着ていたよそ行きの服を脱いで、ラフな格好に着替える。
魔法で着替えるより、一つ一つ選んで袖を通す方が我は好きだ。
着替えが終わり、外に出ようと玄関へ向かおうとした時、扉が勢いよく開いた。
「ヒィッ」
バンッと大きな音に驚いて固まった我だったが、そこにいた相手が誰かわかって全てが吹き飛んだ。
「ブルガー!」
「……クラウン」
駆け寄るとブルガーが我の両肩を掴んだ。
力が強くて指が食い込んで痛い。
「何処に行っていたんだ、探したよ」
「ブルガー……痛い……」
ブルガーはいつもみたいに笑顔だけど、怒っているのがわかる。
痛みを訴えると少し力を緩めてくれたけど、離してはくれなかった。
「留守にしてたのは、仕事をしていたから」
「仕事? どうして? そんなことしなくても生きていけるのに」
「……ブルガー?」
ニコニコと口は笑っているし、声も柔らかくて優しいのに、目が笑っていない。
でも、我が仕事を成功させたと知ったら喜んでくれるはずだ。
我は構わずに話を続ける。
「落ちこぼれでも出来る仕事が来たんだ。質も量も文句なしの魔力を貰えたから、今期の我の成績、恐らくだが凄く良くなる、だから──」
「だから俺の事はもういらないって?」
「え……」
ブルガーの教育係としての成績が上がるって言いたかったのだ。
ブルガーの言葉があまりに繋がらなくて我は混乱した。
「ブルガー、どうしたのだ……我は、次の仕事も貰えそうで、ブルガーに相談したかったから会いに行くところだったんだ」
努めて明るく言ってみたが、ブルガーは笑っていない目で我を見ている。
我が落ちこぼれだから、急に仕事が出来ると思われていないのかもしれない。
内容を知れば喜んでくれるかもと期待して続けた。
「我は、今回の仕事で魔王を操れたのだ。その功績を魔王自身が買ってくれて、我を魔王の影武者にしたいと依頼してくれたのだ」
そこまで言って、我は頭が急速に冷えた。
この力でブルガーを傷付けたのに、その力を喜々として使ったなんて、ブルガーは良い気分になる訳がない。
怒られるだろうか、呆れるだろうか。
不安になり、目線をそらしてしまう。
「クラウンは俺から逃げたいの?」
しかし、我が全く想定していない言葉が聞こえ、耳を疑った。
逃げる?
何でそうなるのだ。
ブルガーは、今まで聞いた事のない鋭い低い声で続ける。
「俺がずっとずっとずっと閉じ込めて、俺だけのものにしてきたのに。俺以外と会わないように、孤立させたのに。それだけじゃ駄目なんだね」
「ブルガー……何を言って……」
顔を上げると、ブルガーは歪んだ笑みを浮かべていた。
「あーあ。軟禁程度じゃあやっぱり足りないか。俺が甘かったな」
「軟禁? 我は自分の意思で引きこもっていただけだ。ブルガーに強要された事なんて一度もない」
「そう仕向けていた事にも気付かない可愛いクラウン。優しくて、本当に悪魔の落ちこぼれだよ」
そう言ったブルガーは我の顎を掴み、上を向かせた。
「仕事なんてしなくていい、俺以外見なくていい。今まで通り俺に守られていればいいんだよ」
「ブルガー……我は」
「ほら、また俺に力を使えば? そうしたら逃げられるよ、しないの?」
その言葉に我はボロボロと大粒の涙が目から溢れ出した。
やはりブルガーは我の事をずっと恨んでいたのだ。
「ごめん、なさい……我は……ただ、ブルガーに喜んで欲しかった、だけで……ブルガーに嫌われたくない……ごめんなさい……」
呼吸が辛いくらい嗚咽が漏れてしまう。
許さなくてもいいから、嫌わないで。それだけが我の願いなのに。
「クラウン、俺から逃げないで」
「逃げたことなんてない……ずっと一緒にいる……一緒にいてもいいのなら」
「じゃあ、一緒にいよう? 俺の……俺だけのものになってくれる?」
顎を掴まれているから頷こうと思っても頷けない事を思い出した。
直ぐに言葉を紡がなければまた怒らせてしまう。
我は必死に声をあげた。
「なる……ブルガーだけのものに」
「いい子だね、クラウン」
普段通りの優しい声。
少しだけ安心していたら、ブルガーの顔が近付いてきた。
え、と思う間もなく、ブルガーの唇が我の唇と重なった。
そのまま舌が割り込んできて、口の中に甘い液体が注がれる。
「んぅ!?」
「飲んで」
ブルガーに言われたら毒薬でも飲み干す。
我は直ぐに液体を嚥下して、口を開いて残って無いことを示して見せた。
ブルガーは少し驚いた顔をしたけど、頭を撫でてくれて嬉しかった。
そのせいなのだろうか、全身が熱くなってくるのを感じる。
「俺と一緒に住もう、永遠に」
その言葉に何か返事をしたかったのに、猛烈な眠気が襲ってきた。
ブルガーが我を抱き支えた事で、全身の力が抜けている事に気が付く。
魔王。ごめんなさい。
我は悪魔なのに約束を守れそうにない。
そこで我の意識は途切れてしまった。
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