上 下
93 / 152
【最終章】魔王を護る黒騎士

一話 悪魔クラウンは行方不明になる

しおりを挟む
 

 魔王城を去る前に我はこう言った。


「十日後、報告に行く」


 きっと、双子もそのくらいに魔王に謝りに来るはずだ。
 我も一緒に謝って、魔王の影武者の仕事を受けると言いたい。

 ブルガーも喜んでくれる。
 やっとブルガーに恩返しが出来るのだ。
 こんなに楽しい気分はいつ振りだろう。
 もっと我に自信がついたら、ブルガーに想いを伝えられるかもしれない。

 我は、希望の光を確かに見たのだ。


 しかし、我が十日後に魔王の待つ魔界に向かう事はなかった。


 ◇◇◇


 久し振りの自宅。
 召喚は瞬時であったが、帰りは自力だったため四日程かかってしまった。
 我の魔力量があってもこれなのだから、ポンポン移動できる神が少し羨ましい。

 我の自宅は神界と地上の間にある天界と呼ばれる所だ。
 悪魔と天使が住む領域なのだが、どちらも定住するタイプではなく、基本的にはほとんど誰もいない領域になっている。

 天界と地上の境目に、数少ない天界に定住をしている悪魔が集まる村がある。
 そこに我の家があるのだ。


「あれ……?」


 扉の鍵が壊れている。魔石を嵌め込む部分が外されていた。
 古い作りだから、こういう事があっても不思議ではない。
 どうせ盗られるような物はないのだ。
 あまり気にせず中に入った。


「なんと」


 見事な荒れっぷりである。
 何か探し物があったのだろう。乱雑にあらゆる家具が動かされている。
 小さな棚を開けたりはしていないから、大きな物を探していたようだ。
 ベッドまでひっくり返されている。


「ブルガーが来る前に片付け……いや、我がブルガーを探しに行くか」


 普段なら待つことしかしなかったが、今の我は前向きなのだ。
 グチャグチャになっているクローゼットから黒のパーカーとスキニーを出した。
 着ていたよそ行きの服を脱いで、ラフな格好に着替える。
 魔法で着替えるより、一つ一つ選んで袖を通す方が我は好きだ。

 着替えが終わり、外に出ようと玄関へ向かおうとした時、扉が勢いよく開いた。


「ヒィッ」


 バンッと大きな音に驚いて固まった我だったが、そこにいた相手が誰かわかって全てが吹き飛んだ。


「ブルガー!」
「……クラウン」


 駆け寄るとブルガーが我の両肩を掴んだ。
 力が強くて指が食い込んで痛い。


「何処に行っていたんだ、探したよ」
「ブルガー……痛い……」


 ブルガーはいつもみたいに笑顔だけど、怒っているのがわかる。
 痛みを訴えると少し力を緩めてくれたけど、離してはくれなかった。


「留守にしてたのは、仕事をしていたから」
「仕事? どうして? そんなことしなくても生きていけるのに」
「……ブルガー?」


 ニコニコと口は笑っているし、声も柔らかくて優しいのに、目が笑っていない。
 でも、我が仕事を成功させたと知ったら喜んでくれるはずだ。
 我は構わずに話を続ける。


「落ちこぼれでも出来る仕事が来たんだ。質も量も文句なしの魔力を貰えたから、今期の我の成績、恐らくだが凄く良くなる、だから──」
「だから俺の事はもういらないって?」
「え……」


 ブルガーの教育係としての成績が上がるって言いたかったのだ。
 ブルガーの言葉があまりに繋がらなくて我は混乱した。


「ブルガー、どうしたのだ……我は、次の仕事も貰えそうで、ブルガーに相談したかったから会いに行くところだったんだ」


 努めて明るく言ってみたが、ブルガーは笑っていない目で我を見ている。
 我が落ちこぼれだから、急に仕事が出来ると思われていないのかもしれない。
 内容を知れば喜んでくれるかもと期待して続けた。


「我は、今回の仕事で魔王を操れたのだ。その功績を魔王自身が買ってくれて、我を魔王の影武者にしたいと依頼してくれたのだ」


 そこまで言って、我は頭が急速に冷えた。
 この力でブルガーを傷付けたのに、その力を喜々として使ったなんて、ブルガーは良い気分になる訳がない。
 怒られるだろうか、呆れるだろうか。
 不安になり、目線をそらしてしまう。


「クラウンは俺から逃げたいの?」


 しかし、我が全く想定していない言葉が聞こえ、耳を疑った。
 逃げる?
 何でそうなるのだ。
 ブルガーは、今まで聞いた事のない鋭い低い声で続ける。


「俺がずっとずっとずっと閉じ込めて、俺だけのものにしてきたのに。俺以外と会わないように、孤立させたのに。それだけじゃ駄目なんだね」
「ブルガー……何を言って……」


 顔を上げると、ブルガーは歪んだ笑みを浮かべていた。


「あーあ。軟禁程度じゃあやっぱり足りないか。俺が甘かったな」
「軟禁? 我は自分の意思で引きこもっていただけだ。ブルガーに強要された事なんて一度もない」
「そう仕向けていた事にも気付かない可愛いクラウン。優しくて、本当に悪魔の落ちこぼれだよ」


 そう言ったブルガーは我の顎を掴み、上を向かせた。


「仕事なんてしなくていい、俺以外見なくていい。今まで通り俺に守られていればいいんだよ」
「ブルガー……我は」
「ほら、俺に力を使えば? そうしたら逃げられるよ、しないの?」


 その言葉に我はボロボロと大粒の涙が目から溢れ出した。
 やはりブルガーは我の事をずっと恨んでいたのだ。


「ごめん、なさい……我は……ただ、ブルガーに喜んで欲しかった、だけで……ブルガーに嫌われたくない……ごめんなさい……」


 呼吸が辛いくらい嗚咽が漏れてしまう。
 許さなくてもいいから、嫌わないで。それだけが我の願いなのに。


「クラウン、俺から逃げないで」
「逃げたことなんてない……ずっと一緒にいる……一緒にいてもいいのなら」
「じゃあ、一緒にいよう? 俺の……俺だけのものになってくれる?」


 顎を掴まれているから頷こうと思っても頷けない事を思い出した。
 直ぐに言葉を紡がなければまた怒らせてしまう。
 我は必死に声をあげた。


「なる……ブルガーだけのものに」
「いい子だね、クラウン」


 普段通りの優しい声。
 少しだけ安心していたら、ブルガーの顔が近付いてきた。
 え、と思う間もなく、ブルガーの唇が我の唇と重なった。
 そのまま舌が割り込んできて、口の中に甘い液体が注がれる。


「んぅ!?」
「飲んで」


 ブルガーに言われたら毒薬でも飲み干す。
 我は直ぐに液体を嚥下して、口を開いて残って無いことを示して見せた。
 ブルガーは少し驚いた顔をしたけど、頭を撫でてくれて嬉しかった。
 そのせいなのだろうか、全身が熱くなってくるのを感じる。


「俺と一緒に住もう、永遠に」


 その言葉に何か返事をしたかったのに、猛烈な眠気が襲ってきた。
 ブルガーが我を抱き支えた事で、全身の力が抜けている事に気が付く。


 魔王。ごめんなさい。
 我は悪魔なのに約束を守れそうにない。


 そこで我の意識は途切れてしまった。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

王太子が護衛に組み敷かれるのは日常

ミクリ21 (新)
BL
王太子が護衛に抱かれる話。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

処理中です...