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【第五章】勇者を助けに異世界へ
十一話 悪魔クラウンの初仕事【後編】
しおりを挟むまさか神をも凌ぐと言われる魔王に喧嘩を売ろうとする存在がいるなど、我は想像していなかった。
現魔王の力の強大さを考えれば、確かに悪魔内で我にしか出来ない仕事だ。
こんなチャンスは二度と巡っては来ないだろう。
しかし、我は召喚のコストが他の悪魔よりも圧倒的に大きい。
悪魔は人間の一滴の血液程度で召喚できるが、我はそれこそ神の力程の供物が必要だった。
活躍の場がほぼ無い上、召喚コストまで膨大だなんて本当に役立たずだと自分でも思う。
それでも双子の魔神は我を喚んでくれたのだ。嬉しかった。
そこまでして貰っておきながら、口下手とか言ってられない。
我は双子の魔神のために悪魔として可能な限り、強そうに、尊大に振る舞って見せた。
双子の願いは『魔王が大切な存在を自ら殺め、絶望させること』だ。
久し振りに使う能力は怖かった。魔王も強そうで怖かった。
だが、我は初めて自らの能力を全力で発揮することができ、魔王を操る事に成功した。
双子の望み通り、魔王の大切な仲間にけしかける事もできた。
我の悪魔としての仕事は完璧にこなせたと思う。
だが、勢力図というのは日々変化しているらしい。
魔王はあっさりと人間に拘束されてしまった。
その人間は勇者の中でも一番幼いのに、魔王を組み伏せる事ができる特別な存在だったらしい。
記憶を整理したらなんと伴侶でもあった。
そのまま魔王は拉致されてしまい、双子は唖然としている。
この状況は想定外だ。
我は魔王に恨みはない。
しかし、この双子には恩義がある。もう少しだけ頑張ろうと思った。
「貴様ら勇者の手には、この魔神にとって有益な情報があるのだろう」
我はその場に残った二人の勇者にそう告げた。
出来る限り虚勢を張り、声を上げる。
「我は魔王に干渉したことで様々な記憶を見たのだ。我を欺くことはできないと心得よ」
「へえ、それは話が早いね。その通りだよ」
白い勇者が頷いた。
双子は力無く顔を上げる。
「は……僕達に有益だと」
「そうだ」
我は、久しく作れずにいた笑顔を双子に向ける。
安心させたかった。上手く笑えただろうか。
魔王と干渉して得たこの情報は、魔王を殺すより、よっぽど大きな収穫だった。
きっとこれが本当の双子の願いだ。
「例のモノを……紅い勇者、貴様が持って来るのだ。白い勇者は人質だ。我は欠陥品ゆえ、神以外に干渉すると相手は弾け飛びミンチにしてしまう。そんな事故を起こしたくなければ早くしろ」
白い勇者と目を合わせた事で、準備は整った。
干渉直前で止めるが、白い勇者は頭を抱えて痛みに耐えるような動きをしている。
「ぐっ……デュラム、頼む」
「くそ、わかった、すぐ戻る!」
紅い勇者はその場から飛び去った。
我は安心して、こっそりと息を吐いた。
もし本当に事故が起きても、相手が勇者なら死にはしないと思う。
勇者の魔力は強いから、ブルガーの時のように血が噴き出す範囲で止まるはずだ。
せっかく相手が我の情報を持っていないのだから、その情報の優位で脅すくらいは許して欲しい。
双子は我の様子に驚いているようだった。
「悪魔、一体何が……」
我は答えず質問する。
「そのレンズ、我の魔力を吸収できるか?」
魔王の記憶によれば、グリという魔物になったグリストミル神は、魔力供給で人の形に戻せるらしい。
レジャンデール神から奪った力を、我なんかに使ってしまった二人のため、返せる事があるとすればこれしかない。
双子は訝しげに我とレンズを見つめる。
「それは可能だが……」
「では我の魔力を可能な限り吸収してくれ。そなたらの大切な者が魔力を必要としている」
「グリストミル様が!?」
我はグーデの左手と、リエールの右手を握り、二つのレンズにしっかり触れる。
「死なない程度に我の力をレンズに注ぐ」
二人は困惑の表情を浮かべながらも頷いてくれた。
良かった。と思う間に、全身の力が抜ける。魔力がゴッソリ抜かれたのがわかる。
崩れ落ちそうな我の体を二人が支えた時、紅い勇者が戻って来た。
目当ての小さい魔物を抱えている。
「……勇者、それをこちらに」
「わかってるよ、頼むからもう俺らを襲ってくれるなよ?」
「その心配はない。これで魔神が魔王を恨む理由はなくなったはずだ」
我は人質にしていた白い勇者を解放した。
それを見た紅い勇者は魔物をこちらに連れて来て、そっと二人に渡してくれる。
小さな魔物は嫌がる様子もなく、二人の腕に収まった。
「キュイ……」
「まさか、そんな」
「グリストミル、さま……?」
双子の首の目は正直だ。既に涙を流している。
何故か紅い勇者までグスグスと涙を流し始めてギョッとした。
さっきまでの魔力枯渇の怠さが少し取れ、動けるようになった我はそっと二人から離れた。
「グーデ、リエール。それを元の姿に戻してやれ。勇者はそれで問題ないか?」
「ああ。ユタカに双子とグリを引き合わせてやれと言われていたからね」
白い勇者がそう言うと、双子は気まずそうに口を開く。
「感謝する」
「謝罪は追ってさせてもらう」
そう言って、レンズを小さい魔物に触れさせた。
レンズは球体となって魔物の体内に吸収され、消えた。
まばゆい光が魔物を包み、その光がどんどん大きく膨れ上がる。
それは人の形になり、徐々に光の勢いがなくなっていく。
光が消えると、そこには魔王の記憶にある、神の姿に近いグリストミルがいた。
長身痩躯で、肉体派だった魔獣の時とは違った雰囲気がある。
「グリストミル様!」
まだ完全に魔力も姿も定着していないため、グリストミルは双子に支えられて眠っている。
早く落ち着ける場所で寝かせてやって欲しい。
「後始末は我に任せ、二人は早く神界に帰るが良い」
「しかし、悪魔、お前を最後まで守るのも契約だ」
律儀だ。双子はただ真面目で真剣なだけなのだ。
真っ直ぐ過ぎて周りが見えないのは、好きな相手のため。
我は、愛する者のためなら何でもする双子を密かに尊敬していた。
臆病な我にはできないことだから。
「我に戦闘意思はない。勇者はどうだ?」
「ないな。魔王とグリストミルが鉢合わせする方がよっぽど迷惑だよなぁ」
紅い勇者がそう言うと、瞳を潤ませた双子が小さく『ありがとう』と呟いて姿を消した。
白い勇者が我に声をかける。
「こっちとしては魔王を元に戻してくれたらそれでいいんだけど」
「ああ……それはもう終わったようだ。魔王に直接ユタカという者の魔力が流れ込んだことで改変も濯がれてしまったな」
性交渉が最も自然に解除できるとよく知っていたな。
人間とは侮れない存在である。
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