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【第四章】魔王様との魔界生活
七話 山里とユタカの特訓風景
しおりを挟む「なあ、山里。特訓に付き合ってくれないか」
春野からの誘いはこれが初めてだ。
こいつは自分から誰かを誘うことはない。
単純に忙しいからだ。
バイトもしてるし部活もしてる。
更に自主練も欠かさずやって、勉強も平均以上の成績は保っているのだ。
だから春野と交流できる時間なんて休み時間を除けば登下校くらいだった。
俺は断られるのはわかっていたので、遊びに誘う事はせず、ただ下校時のお喋りを楽しんでいた。
といっても春野はただ俺の話を聞いてるだけで、あんまり会話とも言えないんだけどな。
そんな春野がだ!
俺を誘ってきたんだぞ。もうこりゃ行くっきゃないでしょ!
「おめかしした方がいいかしら!?」
「動きやすい服装がいいんじゃねーかな」
俺の作った可愛い声を気にとめる事もなくマジレス。
特訓だもんな、ジャージにするわ。今日体育あったし。
「そもそも特訓ってなによ」
いつもの自主練じゃ駄目だから俺を呼んだんだろうけど、俺が必要なことってなんだ?
「勇者の……」
蚊の鳴くような声ってこういうものかと思うほど、小さく力無い声だった。
笑ってやってもいいが、なんか可哀相なので肩を叩いて了解を示すだけにしといた。
◇◇◇
通学路の途中にある土手に来た。
人目があるけど大丈夫なのかと思ったが、春野がなんか見えない壁みたいなのを張り出した。
マジックミラーみたいになってるらしい。
ファンタジーバトルを間近で見ていた俺は魔法を見ても、もう何も思わない。
「で、一応聞くけど、なんでいきなり特訓?」
「リズ様に強くなった所を見せられるようにだよ」
出た。春野の恋人……いや、目の前で結婚したのを見たからもう旦那様か?
まあ、あの超絶美形のリズさん。
怖いくらいの綺麗さだったけど、庶民な俺には近寄りがたいと思ったよ。
春野の胆力はどうなってるんだろうな。
あの人に付き纏って口説き落としたんだろ。鬼メンタルかよ。
リズさん自体は、見た目で感じる迫力に反して、かなり気さくで大人な感じだったけどな。
「俺は何すればいいわけ~ただの人間相手にスパーリングとかやめろよな」
「そんなんしたらお前、肉片も残らないぞ」
「知ってるわ」
だから何するか聞いてるんだろ。
「こう、力を一点集中させて、ワンパンで決着をつけたいんだよ。戦闘技術はファンタジー世界の奴と歴が違うから」
「それなー。今からやろうとしてもここで実践練習できるとも思えないし」
「だから拳に力を留めてみてるんだけど、なんかふんわりしてて」
おお、春野の拳が光っている。
提灯くらいの明るさかも。確かに強くなさそう。
「光らせるってイメージだと全然表面だけで攻撃力が上がってる感じしなくてさ」
「じゃあグローブつけてるイメージは?」
俺がそう言うと、春野の拳の光はさっきより濃度が上がった。
でも布や革のイメージでまだ柔らかさが残っている。
「手甲のイメージは?」
「あんまりフィットした感じがしなくて弱い」
見せてもらうと、確かに濃度が上がったというより形が角張っただけだった。
「じゃあテーピング」
「ああ、それはいいかも」
グルグルと光が巻かれていく。今までで一番濃度が高そうだ。
でもテーピングって固定とか圧迫なんだよな。
ちょっと違う気がする。
「ラップ」
「は?」
「食品保存のラップだよ。薄くて頑丈で保湿できて、匂いも通さないし、ずっと内側に魔力が閉じ込められそうだろ。グルグル巻きにしても、テーピングテープみたいにごわつかないし柔らかさもあるじゃん」
「なるほど……」
最近料理の手伝いをしていると聞いたから、イメージもしやすいんじゃないかと思った。
大正解だったようで、春野の拳の金色が眩しいくらいになっている。
ふんわりもしてなくて、完全に拳に巻き付いているように感じる。
これはかなり魔力を凝縮できたのではないか。
さすがにここで何かを殴って試すなんて出来ないので、結果を見られないのは残念だが、春野には手応えがあったようだ。
「山里、お前マジですげーわ」
「ハハハ、賢者枠に入れてくれてもいいぜ?」
冗談で言ってみたが、春野は神妙な顔付きで頷いた。
「賢者山里、これからも頼む」
「真顔やめろ」
まあ、悪い気分ではない。頼られるのは嬉しいものだ。
「あと、ワンパンするために速く動きたい、瞬間移動より」
「瞬間移動の速さも俺にはよくわかってねーけど……」
瞬間で移動は音速だろうか光速だろうか。
でも多分もうある速度の話は意味がないのだろう。
イメージ勝負みたいだし。
「どんな時にそれ使いたい?」
「リズ様をお守りする時」
「じゃあ神速でいい。神の如き速さじゃないぞ。それだと神同士じゃ後れを取るかもしれない」
ウンウン素直に頷きながら聞いている春野。
「リズさんという神のための速さだ」
「リズ様のための」
「そう。速い遅いじゃなくて、リズさんのためになら必ず先手が取れる速度。時速何キロとか光の速さとか言われてもピンとこないじゃん。だから、その時その時リズさんのために必要な速度を常に出せばいい。常に速い必要ないじゃん?」
「確かに……」
リズさんの名前を出すだけで何でもできそうで怖いなコイツ。
どう扱うのかはわからないが、春野にはしっくりきたようで口元には笑みが浮かんでいる。
「あとは、最初からリズさんのために力を捧げる~って唱えたらもっとそれっぽくなりそうじゃん」
「神リスドォルに捧ぐ」
「ギャア!!」
軽い気持ちで提案してみたら、俺の目が潰れるかと思うほどの輝きが春野を包んだ。
視力これ以上落ちたら訴えるぞ。
この言霊の効果は想像以上の成果だったらしく、後日春野が高い焼肉を奢ってくれたので許した。
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