58 / 152
【第四章】魔王様との魔界生活
七話 山里とユタカの特訓風景
しおりを挟む「なあ、山里。特訓に付き合ってくれないか」
春野からの誘いはこれが初めてだ。
こいつは自分から誰かを誘うことはない。
単純に忙しいからだ。
バイトもしてるし部活もしてる。
更に自主練も欠かさずやって、勉強も平均以上の成績は保っているのだ。
だから春野と交流できる時間なんて休み時間を除けば登下校くらいだった。
俺は断られるのはわかっていたので、遊びに誘う事はせず、ただ下校時のお喋りを楽しんでいた。
といっても春野はただ俺の話を聞いてるだけで、あんまり会話とも言えないんだけどな。
そんな春野がだ!
俺を誘ってきたんだぞ。もうこりゃ行くっきゃないでしょ!
「おめかしした方がいいかしら!?」
「動きやすい服装がいいんじゃねーかな」
俺の作った可愛い声を気にとめる事もなくマジレス。
特訓だもんな、ジャージにするわ。今日体育あったし。
「そもそも特訓ってなによ」
いつもの自主練じゃ駄目だから俺を呼んだんだろうけど、俺が必要なことってなんだ?
「勇者の……」
蚊の鳴くような声ってこういうものかと思うほど、小さく力無い声だった。
笑ってやってもいいが、なんか可哀相なので肩を叩いて了解を示すだけにしといた。
◇◇◇
通学路の途中にある土手に来た。
人目があるけど大丈夫なのかと思ったが、春野がなんか見えない壁みたいなのを張り出した。
マジックミラーみたいになってるらしい。
ファンタジーバトルを間近で見ていた俺は魔法を見ても、もう何も思わない。
「で、一応聞くけど、なんでいきなり特訓?」
「リズ様に強くなった所を見せられるようにだよ」
出た。春野の恋人……いや、目の前で結婚したのを見たからもう旦那様か?
まあ、あの超絶美形のリズさん。
怖いくらいの綺麗さだったけど、庶民な俺には近寄りがたいと思ったよ。
春野の胆力はどうなってるんだろうな。
あの人に付き纏って口説き落としたんだろ。鬼メンタルかよ。
リズさん自体は、見た目で感じる迫力に反して、かなり気さくで大人な感じだったけどな。
「俺は何すればいいわけ~ただの人間相手にスパーリングとかやめろよな」
「そんなんしたらお前、肉片も残らないぞ」
「知ってるわ」
だから何するか聞いてるんだろ。
「こう、力を一点集中させて、ワンパンで決着をつけたいんだよ。戦闘技術はファンタジー世界の奴と歴が違うから」
「それなー。今からやろうとしてもここで実践練習できるとも思えないし」
「だから拳に力を留めてみてるんだけど、なんかふんわりしてて」
おお、春野の拳が光っている。
提灯くらいの明るさかも。確かに強くなさそう。
「光らせるってイメージだと全然表面だけで攻撃力が上がってる感じしなくてさ」
「じゃあグローブつけてるイメージは?」
俺がそう言うと、春野の拳の光はさっきより濃度が上がった。
でも布や革のイメージでまだ柔らかさが残っている。
「手甲のイメージは?」
「あんまりフィットした感じがしなくて弱い」
見せてもらうと、確かに濃度が上がったというより形が角張っただけだった。
「じゃあテーピング」
「ああ、それはいいかも」
グルグルと光が巻かれていく。今までで一番濃度が高そうだ。
でもテーピングって固定とか圧迫なんだよな。
ちょっと違う気がする。
「ラップ」
「は?」
「食品保存のラップだよ。薄くて頑丈で保湿できて、匂いも通さないし、ずっと内側に魔力が閉じ込められそうだろ。グルグル巻きにしても、テーピングテープみたいにごわつかないし柔らかさもあるじゃん」
「なるほど……」
最近料理の手伝いをしていると聞いたから、イメージもしやすいんじゃないかと思った。
大正解だったようで、春野の拳の金色が眩しいくらいになっている。
ふんわりもしてなくて、完全に拳に巻き付いているように感じる。
これはかなり魔力を凝縮できたのではないか。
さすがにここで何かを殴って試すなんて出来ないので、結果を見られないのは残念だが、春野には手応えがあったようだ。
「山里、お前マジですげーわ」
「ハハハ、賢者枠に入れてくれてもいいぜ?」
冗談で言ってみたが、春野は神妙な顔付きで頷いた。
「賢者山里、これからも頼む」
「真顔やめろ」
まあ、悪い気分ではない。頼られるのは嬉しいものだ。
「あと、ワンパンするために速く動きたい、瞬間移動より」
「瞬間移動の速さも俺にはよくわかってねーけど……」
瞬間で移動は音速だろうか光速だろうか。
でも多分もうある速度の話は意味がないのだろう。
イメージ勝負みたいだし。
「どんな時にそれ使いたい?」
「リズ様をお守りする時」
「じゃあ神速でいい。神の如き速さじゃないぞ。それだと神同士じゃ後れを取るかもしれない」
ウンウン素直に頷きながら聞いている春野。
「リズさんという神のための速さだ」
「リズ様のための」
「そう。速い遅いじゃなくて、リズさんのためになら必ず先手が取れる速度。時速何キロとか光の速さとか言われてもピンとこないじゃん。だから、その時その時リズさんのために必要な速度を常に出せばいい。常に速い必要ないじゃん?」
「確かに……」
リズさんの名前を出すだけで何でもできそうで怖いなコイツ。
どう扱うのかはわからないが、春野にはしっくりきたようで口元には笑みが浮かんでいる。
「あとは、最初からリズさんのために力を捧げる~って唱えたらもっとそれっぽくなりそうじゃん」
「神リスドォルに捧ぐ」
「ギャア!!」
軽い気持ちで提案してみたら、俺の目が潰れるかと思うほどの輝きが春野を包んだ。
視力これ以上落ちたら訴えるぞ。
この言霊の効果は想像以上の成果だったらしく、後日春野が高い焼肉を奢ってくれたので許した。
5
お気に入りに追加
1,307
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる