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【第三章】異世界からの帰還と危機
一話 春野豊は日本で目覚める
しおりを挟む目が覚めると、病院のベッドだった。
ベッド脇にいた母親から、貧血で倒れたのだと聞いた。
日付を聞くと、レジィに連れ去られてから一日しか経過していなかった。
学校の帰り道、あと家まで50mを切ったくらいの距離で倒れていたらしい。
改めて検査をしたが、健康に問題はないらしいのですぐ退院できることになった。鉄分をしっかり摂るように言われた。
原因なんて腹を刺された事しか思い浮かばないのに、腹には傷一つなかった。
退院祝いに、珍しく家族三人で外食をする事になった。
お高い鉄板焼きの店で、早速ステーキ肉で鉄分を摂取と言っていた。
デュラムの料理を食べそびれたからお腹が空いている。
久し振りの日本で食べるご飯はやはり口に合う。
普段から会話らしい会話がない家庭だけど、それは俺のせいでもある。
反抗期もあっただろうし、本当に子供で、世間どころか家族すら見えていなかった。
「父さん」
「なんだ」
口数が少なくて取っ付きにくいが、無視された事もないし、俺から避けていただけなんだと今ならわかる。
「いつも、やりたい事やらせてくれて……ありがとう、ございます」
ガチャンッと父が持っていたフォークを皿に落とす。
父は小声ですみません、と誰に言うでもなく周囲に謝った後に、ジョッキに残ったビールを一気に呷った。
「お前、もう一回病院行った方がいいんじゃないのか」
馬鹿にした言い方ではなく、本気で心配しているのがわかる。
俺からしたら半年近く時間をかけて達した変化だが、父からすれば倒れて急に頭がおかしくなったレベルの変化かもしれない。
「大丈夫だって。なんつーか、お金稼ぐの大変なのバイトしてわかって、いつか感謝してるって事を言いたかったけど、なかなか言えなくて。倒れて目を覚まさないなんて当たり前に起きるんだなって思ったら、今言っておこうかなって……」
しどろもどろだが、どうにか言えた。
「先生に、実は不治の病だとか言われたのか!?」
「違うってば。あとさ、飲んで倒れて寝てる父さん見るの毎回怖いから、酒は控えて欲しいって思ってる。やめろとは言わないけど」
父は目を丸くしていたが、何度かウンウン唸った後、烏龍茶を注文した。
「……気をつける」
「うん、そうして」
息子が倒れたという経験で、少しは酒で倒れている自分の身に置き換えて実感出来ただろう。
「母さん」
「なっ、なに!?」
そんな身構えなくても。母は完全に食べる手が止まってしまっている。
今までの父との会話に全く入ってこなかったのは驚きで固まっていただけなのだろう。
「美味しいご飯、いつも作ってくれてありがとう。俺、自分じゃ作れないのに、全然有り難みをわかってなくて感謝しなかったじゃん。他の家事も、俺は少し洗濯物取り込んだり畳んだりするだけでやってる気になってたけど、もっと手伝うから家事、教えて……ください」
「あんた、明日死ぬんじゃないの!?」
そう言って顔を両手で覆って泣き出してしまった。
いや、自殺とかしないし。
でもそれくらい俺は両親にとって珍しい事を言っているんだ。
「死なねーよ。もっと手伝うって言ったじゃん」
「そういうの、フラグって言うんでしょ!?」
顔をグチャグチャにした母に、父がおしぼりを差し出している。
フラグとかよく知ってんな。
ここまで驚かれるなら、驚きついでに全部言ってしまうか。
俺はあまり深く考えない主義なのだ。
「あと、俺、彼氏できたんだよね」
突然の告白に母の涙が止まった。父も固まっている。
勘当だ、みたいな反応なら気兼ねなく異世界に行けるし。
「今まで、恋愛で悩んでたから習い事や部活を転々と……?」
「そうじゃねーけど」
それは全く関係ない、俺の性格の問題でした。
「おめでとう……?」
「そうね、おめでとう……だわね」
「うん、ありがとう?」
何故か父も母も俺も疑問形だが、受け入れられたみたいだ。
「え、あ、もしかして家事覚えたいとか言い出したのってそれ!?」
さすが母は鋭い。
恋愛はそれだけ人を変えてしまうのだ。
「ん……まあ」
「頭を打ったからじゃなくて、恋人が出来たからあんな事言えるようになったのね」
「うん、年上だからいつも助けてくれる」
母とそんな話をしていると、烏龍茶をチビチビ飲んでいた父が口を開いた。
「豊……その、なんだ、言いにくい事を……言ってくれてありがとうな」
確かにいつもの感謝もなかなか言い辛かったし、まだ結婚するとまでは言えてない。せめてもう少し情報は出しておこう。
「あ、あと彼氏は外国人だから、俺もしかしたら日本から出ていくかも」
「ま、待ちなさい、行動が早い。まだ高校生なんだから少し落ち着きなさい」
父ってこんなによく喋る人だったんだな。
焦る父を横目に、母は納得したように俺を見た。
「日本じゃ結婚できないものねぇ……」
母はこのままだと異世界に行くと言っても受け入れそうで少し怖くなる。
俺は母親似なのかもしれないと、今更ながら気付いた。
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