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【第二章】囚われの魔王様
十六話 勇者ユタカは訪問者に驚く
しおりを挟む二度目の口付け。
今回は目を閉じる事ができた。触れた唇の感触に集中できる。
かさついてもいないけど、特別潤っている訳でもない。
ほんの数秒触れ合うだけだから、それ以上の情報を拾うのは難しかった。
でも、ほんの少しでも口を開けば、粘膜に触れる事ができる。
その無防備さを理解すると、自分がどれだけリズ様に許されている存在なのかが、よくわかるのだ。
キスの間にリズ様は、シャツを俺の肩から背中に滑らせ上半身を露にする。袖から俺の手を抜き、完全に布が取り払われた。
実際にやってみると、キスしながら服を脱がせるという行為は、本当に夜の営みの一部なのだと理解した。
「ユタカの肌をここまでじっくり見たのは初めてだな。やはり若い。触り心地が良い」
リズ様に、首、肩、腕をゆっくり撫でられてゾクゾクする。
これはヤバい。俺の理性がヤバい!
「さあ、次はユタカの番だ」
「あ、あ、あ、あの! やっぱ俺は今はいいです、また今度!」
こんな状態でリズ様の裸体を見たら何をしでかすか自分でもわからない。
まさか俺が断るとは思っていなかったであろうリズ様は、面食らった顔をしている。
ヘタレでもいい、今は駄目だ。
「リズ様はどうでした!? 何か得られましたか!?」
今回のお試しは、リズ様が知りたいことを知れたのかが重要なのだ。
必死に話題を振ると、リズ様は楽しそうに笑った。
「ふふ、そうだな……確かに、この触れ合いというのは無駄ではないと感じた。脱がそうとしている間のユタカが挙動不審で面白かったしな。今も面白いが」
「うっ……」
本当に全く余裕がなかったんだから仕方ない。
人を脱がすなんてした事ないが、よくよく考えたら脱がされるなんて本当に幼い頃だけの話だ。記憶にもない。
結局どっちも意識としては未経験と変わらず、リズ様に脱がされただけでキャパオーバーとなった。
「コミュニケーションだというのは理解したし、ユタカの希望通りにする事にしよう」
それだけで大勝利だ。
着実に夫婦の話し合いが進んでいるのではないだろうか。
こういう話し合いとか、明日何をするとか、他愛もない情報のすり合わせがこのベッドで行われるのか。
幸せだなと、しみじみ感じた。
その時、リズ様が突然視線を上げ、何かを見た。
「ユタカの判断は正解だったな、デュラムから連絡だ」
リズ様の言葉で俺も視線を巡らせると、天蓋の外に金色に光るカードのようなものが浮いているのを見付ける。
「なんですか、これ」
「魔法での文字のやり取りだ」
魔法でメールみたいな事まで出来るんだな。
リズ様がカードに触れると文字が浮かび上がる。
『飯ができたぞ』
その言葉に、忘れていた空腹感が襲ってくる。
よく考えたら長距離の移動から戻ったばかりなのだ。
まあ、俺は運ばれてただけだから、デュラムとリズ様より疲れてないけど。
「デュラムの料理、すんげー美味いんで、楽しみにしてて下さい!」
「ほう、それは期待しておこう」
上半身が裸のままという訳にはいかないので、手早くシャツと学ランを着直す。
食事に鎧は邪魔だしこのままでいい。
「魔方陣で部屋に戻れるかも確認してくれ」
「はい!」
来れたけど戻れないというミスがあったら困るもんな。
俺と魔王様は別々の魔方陣を使って寝室を後にした。
◇◇◇
視界にはすぐ自分の部屋が映った。問題なく戻れたようだ。
俺の部屋は特に変わった物はなく、前に住んでいた魔物の置いていった家具を使っている。
シンプルなベッドとソファとテーブルくらいしかない。
自室でできるような趣味がないから寝るくらいにしか使っていないのだ。
広間に向かおうと、視線を動かした先。扉の前に何かがいた。
「えっ」
「やあ、ただいま。ユタカ」
それはフランセーズだった。
白い布地に金色の刺繍が施されたシンプルなのにゴージャスな王子様服だ。
「おかえり、フランセーズ。なんだよ急に俺の部屋にいるなんて、ビックリした」
「ユタカは気付いてなかったかもしれないけど、この部屋に防護壁を張っていたから、ユタカと術者の僕しかここには入れないんだよ」
へー、そうだったんだ。
「内緒話か? 婚約者は良い人だった?」
「ふふ、そうだね、とても良い人だった」
「やったじゃん!」
俺は自分の事のように嬉しかったけど、なんだかフランセーズに元気がない。
「なあ、何かあったのか?」
「そうだね、色々あった。僕もまだよく理解し切れていないんだ」
歯切れの悪い言葉に、俺は何か嫌な予感がした。
「フランセーズ」
「ごめん、時間がないんだ。魔王に気付かれるから、話はまた後で」
そう言って困ったように笑ったフランセーズ。
相変わらずイケメンだな、なんて思っていたら、息が出来なくなった。
「え……?」
次に感じたのは熱さだ。
腹が突然重くなって、恐る恐る熱源を見ると、細身の剣が俺の体から生えていた。
フランセーズの聖剣だ。
妙に冷静になって、その剣に触れようとしたけど、その前に視界が大きくグラついた。
床には、俺から流れたであろう赤い液体が見える。
なんで?
とフランセーズに問い掛けたかった。
フランセーズの白い綺麗な服が、俺の血で汚れてないといいな、なんて考えていたら俺はもうどこも動かなくなっていた。
「ユタカ、君の世界が危ないんだ」
その、悲しさとも怒りともつかないフランセーズの低く重い声が、俺がこの世界で聞いた最後の音だった。
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