15 / 152
【第一章】魔王様と三人の勇者
十五話 炎の勇者デュラムが見たもの
しおりを挟む「私はそもそも戦いたくないのだ」
魔王はそんな事を言いながらストレッチをしている。
バッチリ身軽になって臨戦体勢のくせによく言うぜ。
俺は久し振りに炎の剣を出し、襲い来る魔獣を斬り捨てる。
旅で身についた剣技と身のこなしにはそこそこ自信がある。
こうして魔王の様子を戦いつつ確認できるくらいにな。
「一度、過去最強と言われる魔王と拳を交えてみたかったのですよ。魔物最強と魔獣最強の戦いなんて、心踊りませんか?」
白い魔獣のオッサンは嬉しそうに体勢を低くして構える。
体術メインのスタイルなんだろう。
魔王は構えの姿勢を取るでもなく大きな溜め息をついた。
「ところで、この地帯の岩には微量の毒素が含まれているのは知っているか?」
突然、何を思ったのか魔王はうんちくを話し始めた。
オッサンはそんな魔王に苛立ったのか、土を蹴り、飛び出す。
「存じませんね」
「そうであろう。その危険性は0.000001%と言われ、ほとんどの生物はその影響を受けない。その岩に限らずとも、どんなものにでも使い方を誤れば悪影響を及ぼす要素があるのだから普通は気にしない」
空気中の二酸化炭素が普通だと大丈夫でも大量だと死ぬとか、空気中の魔素は世界によっちゃ毒とかそういう話か。
まるで茶会の会話のようだ。
だが、声以外の動きの速さは尋常じゃない。
拳や蹴りを最小限の動きで避ける魔王だが、ほとんど動いているように見えない。
相手もまだ様子見といったところだ。
空を切る音は激しさを増している。
「だが、今はたまたま大丈夫でも、ある時アレルギーのように、突然それが駄目になってしまう事も起きるのだ」
「はあ、そのようなお話になにか……」
そう言っていたオッサンは全ての言葉を紡ぐことなくその場に膝をつく。
「ぐっ……ぐぁ、ガッ……?!」
オッサンは髪を乱し、喉や腹を掻きむしり、仰向けに倒れて虫の息だ。
何が起きたんだ?
魔王は防戦に徹していて攻撃らしい攻撃はしていないはずだ。
「ぎ、ざ、ま゛ぁ……な、なにくぉ……じだッ」
「何も。強いて言えば……たまたま運悪く、お前がその毒素に耐性のない0.000001%だっただけなのではないか?」
そう告げる魔王は、今まで見たこともないくらい、美しく、恐ろしい笑みをしていた。
弧を描く唇は妖艶で、漆黒の瞳には何も映しておらず、虚無そのものだ。
その光景に、剣を取り落としそうになりながらも、最後の魔獣をぶった斬った。
それと同時くらいに、オッサンも動かなくなって、魔王が黒い炎で死体を塵にしていた。
「お、おい、魔王さんよぉ……今度は何したんだ」
恐る恐る魔王に近付きながら、脱ぎ捨ててあったマントを拾って渡す。
「ああ、相手の『運』を0にしたのだ」
「はぁああ!?」
ありがとう、とマントを受け取って着け直している魔王は当たり前に言うが、そんな事ができるなんてヤバすぎるだろ。
どんなアイテムや魔法でステータスを下げても、基本的には0になんてならない。
それこそ神レベルでなければ無理だ。
「そんなチート技、俺なんて一瞬で殺せるじゃねーか!」
「勇者のように、神の力を持つ者には効かないから安心せよ。ステータス介入なんてそう易々使えるものでもないしな」
安心できるか! 易々使ってんだろ!
よっぽど悪行を積んでないとステータスに変化は起きないとか説明してくれるが、俺は幼少期に小さい悪行をそこそこ積んでるから不安しかない。悪行の基準をちゃんと出して欲しい。
それにコイツはぜってーまだ何か隠し持ってるに決まってる。力の底が見えねぇもん。
「私だってこんな事はしたくなかった。だが魔獣は話し合いができないのだからやむを得まい」
そりゃそうだけど。
魔王は少し唇を尖らせて、拗ねた子供みたいな表情をしているが、何一つ可愛くない。
「久し振りに動いて疲れた、帰るとしよう」
「ほとんど動いてないように見えたけどな」
まあ、なんの被害もなかったし、これで調理場と食糧庫は俺のもんだ、と気持ちを切り替えた時だった。
パシャン、と、城を包み込んでいた防護壁が砕ける音が響いた。
「フランセーズ!」
「くそっ」
城に急ぐ。
そう遠くはない距離なのに、小さな爆発音が次々聞こえて気が気じゃない。
今まで気配すらもなかったのに、どんどんと重苦しい魔力の渦が拡がっている。
まるで、俺が本来イメージしていた『魔王』のようだ。
「魔王さんには、あれに何か心当たりあんのか」
「……魔神」
魔神?
初めて聞く存在だった。
だが、こっちには魔王がいるんだ、きっとどうにかなる。
「期待されている所を悪いが、私では勝てない相手だ」
世間話のように軽い口調で、魔王は絶望的な情報を告げた。
10
お気に入りに追加
1,307
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる