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【第一章】魔王様と三人の勇者
三話 黒騎士ユタカの初仕事【前編】
しおりを挟む魔王城で過ごすようになって、かれこれ数週間。
とても平和な日々だ。
「魔王様、今日も美しいですね。キスしたいです」
「ならば私を倒して奪えばいい」
「そんな血の味がしそうなファーストキスは嫌です」
魔王様は今日も冷たい。
なんでそんなに倒されたいのか。
倒す理由が俺には無さすぎる。
魔物に襲われた事は多々あっても、怪我一つしたことがない。
雑魚というより、魔物にやる気がないというのが俺の実感だ。
それよりも魔王城へ向かう道中、野盗とかに所持品を盗まれたり、権力者に騙されて利用されたり、そっちの方が実害が多かった。
この世界の人間は、勇者が後始末をするのが当然だと思っているみたいで、魔物の討伐だけじゃなく、村や町の復興作業までさせようとしてくる。
一度建材を運んだり力仕事を引き受けたら、言葉で感謝はすれど、対価らしい対価を言い出すことがなかった。
バイトしてた時の時給換算でバイト代を請求したら驚かれた。
過去に賃金を請求した勇者はいないらしい。
人々の助けになることを喜んでするのがこの世界の勇者なのだそうだ。
俺には無理だなと思って、被害地域には寄り付かなくなった。
人間でこれなら、魔王はどんな悪人なのだろうと考えていた。
悪の組織みたいなものを想像していたのに、魔王城は静かだし、魔王様も城にこもっているだけで何もしない。
魔物にどこかを襲う指示を出している所なんかも見たことがない。
やる気の無さは俺といい勝負なのではないだろうか。
魔王様はインドア派なのか、読書をしたり、チェスみたいなボードゲームをしたり、ベランダ菜園みたいなことをして過ごしている。
魔王様が作業に没頭している美しい横顔や、手の動きや、髪の揺れを眺めているだけで俺は楽しいので問題ない。
ずっと側にいるのは魔王様にめちゃくちゃ嫌がられるので、姿が見えなくなる鎧の機能を使って勝手に護衛している。ストーキングとも言う。
城には部下の魔物も本当に最小限の世話係しかいないようだ。
側近と料理人と家事使用人を合わせても全部で四、五人くらいしか見たことがない。
元勇者の俺に対して敵意を持っている事もなくてありがたい。
普通、仲間を沢山殺してきた勇者なんて憎んだり疎ましく思うものだろう。
でも魔王様も全く気にした様子がない。
「魔王様は俺が憎くないんですか」
「職務放棄が一番憎いな」
「騎士としてまだ何か不足が!?」
「違う。勇者としてだ、馬鹿者」
そう言って、魔王様は玉座から優雅に立ち上がりながら凄い速さで俺の首に爪を突き刺そうとする。まるで自然な動きといった感じなのに、確実に命を取るという意思を感じる。
俺は今、騎士の鎧ではなく部屋着なので防御が薄いのを狙ったのだろう。
しっかり殺気が込められているし、反射的に俺が反撃するのを期待しているんだろうけど、そうはいかない。
少し手を添えて軌道を反らすだけで避ける、そのまま手首を掴んで唇を寄せる。
「やめろ」
唇が手に触れる前に命令されたので素直にやめる。
「残念」
「無礼者め。異世界の民はみんなそうなのか」
ドサリと乱暴に玉座に体重を預ける魔王様。
フワリと揺れる髪からは良い匂いがする。
みんなそう、とはどういうことだろう。
身分の概念が薄いことだろうか。
俺にとって身近な偉い人なんてバイト先の社長くらいだ。
社長と比べものにならないくらい偉いであろう魔王様に対して、かなり軽い態度な自覚はあるけど、上流階級の礼儀とかわからないから仕方ない。
それとも手にキスをしようとしたことか。
スポーツマンは学校では結構モテるし、女子との触れ合いがなかったわけでもないが、手を繋ぐ程度の清い関係までしか経験がない。
明らかに性的なアプローチを受けたこともあったが、グイグイ誘われると冷めてしまい、距離を置いてしまった。
自分から好意を持って迫るなんて事自体、初めてなのだ。
無礼者という自覚はあるが、誰にでもする事ではない。
魔王様以外にそんな事はしないので、俺が別の世界の人間だからというのは全く関係ないのだ。
「魔王様がカッコイイのがいけないと思います」
魔王様の魅力のせいという結論しか出なかったので、素直に伝えた。
すっごく嫌そうな顔をした魔王様だけど、そういう顔ってなんだか色っぽいから凝視してしまう。
「そうではない、強さだ」
「ほぁ……強さ?」
全く想定していない方向からの内容で、気の抜けた声が出た。
「魔王の選出は強さのみで決まる。いくら勇者と言えど、余裕を持って対処できるほど私は弱くない」
木が今回の魔王がいつもより強いから特別に別の世界から勇者を呼んだって言っていた。
魔王様にも、己の強さに自覚があるようだ。
別に俺自体は少し運動ができる普通の高校生だし、仮に俺が現在強いのだとしたら、能力を与えてくれた木が凄いんだろう。
「ここに来た時は興味なくて聞き流してたんですけど、確か、魔力の概念がない世界の者は魔力を使わないから体内に魔力がいっぱい詰まってるそうで、この世界に来ると能力が自然と上がるとか言ってました。だから俺が特別ってわけじゃないっすね」
「本当か?」
「元いた世界じゃ俺はナイフ一本ですぐ死にますね」
ハッ!?
もしかして俺の強さを疑っている?
そういえばまだ騎士としてなんの仕事もしていない。
この世界では負け無しだけど、魔王様とは戦闘したくないし、俺の力を直接見せたことはない。
どうにかして役に立つところを見せなければ。
そう一人で内心焦っていた時だ。
ドガンッ
という音が遠くでした。
この城はどこにも鍵がかかっていないので、そんな音がするのは外敵からの攻撃の可能性が高い。
なんて良いタイミングだ。
すぐさま鎧を全身に纏い、闇の魔剣を握る。
ドガンドガンと扉という扉を破壊しているような音が近付いてくる。
「……新しい勇者か。思ったより早かったな」
クククと喉を鳴らして笑う魔王様は嬉しそうだ。
やはり新しい勇者か。
とうとう俺の出番ですね。
「こんなに早く俺の実力を見せる機会が来るなんて嬉しいです」
「え、おい」
「扉の開け方も知らない無礼者は俺がすぐに消しますから」
「いや、私が出迎えるから」
魔王様の手をわずらわせるなんてさせるものか。
「俺に勝てない相手が魔王様を倒せるわけないんですから」
正直に言えば魔王様の美しい姿を誰にも見せたくないので、さっさとお帰り願いたい。ライバルが増えたら困るからな。
魔王様が何か言っているような気がするけど、俺は新たな敵の登場に静かに神経が高ぶっていた。
さて、黒騎士としての初仕事、完璧にこなして見せましょう。
俺は音の方へ歩みを進め、騎士として初めての戦いへ期待に胸を弾ませた。
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