聖女は黒髪と黒い瞳を持っているって言うけど魔王の俺もそれは同じだけど大丈夫?

くろなが

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「聖女様の召喚に成功だ!」
「黒い髪に黒い瞳だ、間違いない!」
「でも……男じゃないか?」
「いや、過去には男の聖女様もいらしたそうだ」
「じゃあやっぱり成功だ!」


 石造りの神殿のような場所で、ワッと大きな歓声が上がった。
 いやいやいやいや、全然成功してねーよ!
 周囲が歓喜する中で俺だけが全てを理解した。
 コイツら、阿呆だ。


「聖女様! もし差支えなければお名前をお聞きしてもよろしいか!」


 王様と思しき五十代くらいのイケおじが溌溂とした声で俺に聞いた。


「……レイ、です」
「レイ様!! 皆の者、聖女レイ様を歓迎せよ!!」


 周囲にいた大勢の人間だけでなく、王様までその場に跪いてしまった。
 この異様な興奮と熱気に、俺、魔王レイザードは全裸で途方に暮れていた。
 ここにいる者達は古からの伝承“日本人の聖女”を召喚するはずが、この世界の魔王を召喚した事に誰も気付いていないのだ。


 +++


 状況を整理しよう。
 おおかた人間たちは最近活発になった魔族を恐れ、異世界からの聖女召喚を試みたのだろう。

 しかし、魔族側から言わせてもらえば、二百五十年に一回ある繁殖期で気が立っているだけなのだ。
 だからといって無差別に人を襲うなんて事はあり得ないし、魔族が生息する森から勝手に出たりもしない。
 襲う原因があるとすれば、そんな時期に魔族の森に勝手に侵入して荒らす人間のせいだ。
 追い返すだけで殺す事もしないが、それを『魔族の襲撃だ~』みたいに勘違いされてしまったのだろう。
 昔はこの時期になれば魔族の生息地に入るなって老人たちから言われたもんなんだけどな。
 もしかしたらこういった知識が人間の間で忘れ去られているのかもしれない。平和だから。

 平和なのは良い事なのだが、どうやらそのせいで異世界召喚の知識も衰退したらしい。
 俺が今現在全裸で座り込んでいる床にはそれっぽい魔法陣が描かれているが、全然異世界に通じるものじゃなかった。
 これは“一番近くにいる黒い髪と目を持つ存在を召喚する”魔法式が編まれたものだ。

 馬鹿なのか。

 この世界にも全く同じ条件の存在がいるのを忘れてんじゃねーよ。
 黒髪で黒い瞳は魔王も同じだよ~?
 いやでも魔族の特性すらも忘れてるんだから魔王の特徴も忘れてるよなぁ、うんうん。
 
 だからといって入浴中の俺を召喚するのは良くない。
 ベッチャベチャだよ俺の周り。髪が長くて水を吸いまくってるからちょっとした水溜まりができてるよ。
 水も滴るなんとやらってな。そう、人型の魔族って超絶美形なのだ。
 ちなみに角などは自由に出し入れ可能で、普段は邪魔だから出していない。そのため現状俺の見た目は人間にしか見えていないと思う。

 跪いた者達は、俺の美しさに見惚れているのか顔が赤い。
 筋肉が程よくついたスラッとした肉体は何も恥ずかしくないため、俺は堂々としている。
 ようやく頬を染めた侍従がタオルを持って来てくれ、バスローブも渡してくれた。
 俺が礼を言って受け取り、自分で拭いているとヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


「どうしよう……少女が来ると思って見目の良い男子しか用意してなかったな」
「喜んでもらえると思ったのにな……」
「しかも、レイ様の方が美しいですな……困りましたね」
「それなぁ……」


 その言葉に周辺を見渡してみれば、確かに多種多様なイケメンが揃っている。
 あ、俺は美形な男子でも嬉しい派です。
 宰相っぽいイケメン、王子っぽいイケメン、騎士っぽいイケメン、線の細いイケメン、神官っぽいイケメン、冒険者っぽいイケメン、ムッキムキなイケメン、選り取り見取りである。
 王様も髭を剃ればもっと若く見えそうだが、精悍な顔つきの白髪混じりのイケメンだ。
 むふふ。どれも良いな。
 魔王は繁殖期関係なく繁殖できるからこの時期に気が立ったりはしないものの、ムラムラはする。
 たまには人間の男に滅茶苦茶にされるのも良い。興奮してきたぞ。
 俺が邪な考えに包まれていると、またヒソヒソ声が聞こえてきた。


「イケメンが駄目でも、スイーツなら男性でも喜んでもらえるかもしれませんよ。美味しいですし」
「それな! 料理も自慢だからな」
「一週間かけて歓迎の準備していたもんな」


 シェフっぽい者達が小声で話している内容も可愛いな。
 全体的にゆるーい雰囲気しかないぞこの国。
 平和そうで何よりだよ。
 しかし、さすがに俺も何か話さなきゃならないかと覚悟を決める。


「……あの」
「はっ、はいいい!!!」


 王様っぽいイケおじが背筋をピンと伸ばして元気過ぎる返事をした。


「俺に何をさせたくて召喚したのだろうか」


 俺がバスローブを羽織り、立ち上がって腰紐を締めながら言うと、恐縮したように王は言った。


「せ、聖女様という存在は魔族を鎮静化させる力がおありとか! 魔族との対話もできると聞きます!! なので、危険が無いように凄く遠い所から拡声魔法で人を襲わないように話し掛けて貰えたら嬉しいなと思いましてぇ!! 無理なら無理で構わないので!! いきなりそんな事を言われても怖いですよね!!」


 王様は王族にあるまじき姿を見せた。床に額をぶつけんばかりにペコペコしている。
 この王様、とんでもなく腰低いな。
 しかも倒せとか浄化しろでもなく対話が目的か。良い奴だな。
 異世界の少女に危険な事はなるべくさせたくないという気概も感じて好印象だ。
 というか王様の言う聖女にできる事は魔王にもできるから俺で問題無いな。
 元より魔族と人間は対立していないからな。
 一応もう少しコイツらを試してみよう。


「俺は元の場所に帰してもらえるのか?」
「勿論です!! いつでも帰れます!! なんなら今からでもお帰りいただけます!!」
「さすがにはえーよ」


 召喚した意味ねぇなオイ。


「それにしては美男を用意したりと仰々しいが……聖女を引きとめて悪用するつもりでは……」
「いえいえいえいえ!! ちょっとでもこの国を好きになって貰えたら嬉しいので、可能な限りの歓迎をと思っただけで……本当に他意は無いのです!!」


 涙目で必死に訴える王様の後ろでは、他の者達もウンウンと頷いている。
 よくよく見ると、イケメンの背後には『聖女様大歓迎!!』『ようこそ我が国へ!!』『怖くないよ!!』という横断幕がある。逆に怪しくなってしまっているが、気持ちは伝わった。


「……んじゃ、魔族の問題を解決した場合、報酬も?」
「何でもできる事なら!! むしろ来ていただいただけでも感謝しかないので、今からでもお望みがあれば可能な限り叶えます!! 命でも何でも捧げましょう!!」
「おっ、お待ちください! 王の前にわたくしめの命を先に!!」
「いえ、私の命をどうぞ先に!!」


 次々と周囲から命を捧げるコールが続く。
 邪神召喚じゃないんだから。
 少女だったらこの剣幕絶対に怖いと思うからほどほどにね。王様の人望が厚いというのがよく伝わってきたけど。
 マジでこの勢いだと城でも何でも差し出してきそうだ。
 真剣なのは伝わったから、俺も聖女としての役目を果たしてやるか。


「命はいらないから。とりあえず、俺の異世界人特有の最先端知識を伝授しよう」
「えぇ!? よろしいのですか!?」


 驚きにざわつく中、俺は紙とペンを用意させて魔族の情報を書き記した。


 ・二百五十年周期で繁殖期があり、その間は魔族の気が立っている
 ・三ヵ月程度で繁殖期は終わる
 ・その間は魔族の森に入らないだけで良い
 ・入ってしまっても追い返すために驚かせるだけで直接怪我をさせる事はない
 ・子供や卵を狙えばさすがに命の保障はない
 ・どうしても生活に必要でその時期に森に入る必要がある場合は、魔王に連絡すれば取り計らってもらえる


 こんな所だろうか。
 最先端知識どころか昔々の知識だけどな。
 書き終えた紙を渡すと、その場にいる全員が食い入るように文字を追った。


「そういえば、魔族のせいで怪我をしたという報告はありましたがどれも転んだ拍子の怪我でしたね」
「瀕死の者もいましたが、前々からブラックリストに載っていた密猟者でした」
「確かに森の中以外での被害はありませんでしたな」
「私達に原因があったのは間違いありませんね……」


 この国には素直な者しかいないようで微笑ましい。
 特別に守護しても良いかもしれないな。


「不安であれば魔族の繁殖期の間は滞在しても構わないぞ」
「えぇえ!? よ、よろしいのですか!?」


 王様は驚きと喜びに震えている。
 感情を隠すっていう事を一切しないな、この国。
 ちょっとでも悪い考えを持つ人間や狡賢い国に食われてしまわないか心配になってきた。
 少しは警戒を覚えさせる必要があるかもしれない。
 さすがに無料ただじゃないぞ、と俺は表情を引き締めた。


「せっかくだ。用意してくれた美男に接待はしてもらうがな」
「美女じゃなくてよろしいので!?」
「美男も大好きだ」
「そうでしたか~!」


 みんなで胸を撫でおろして嬉しそうにするんじゃありません!
 俺は魔王だからな、これからコイツらが驚くような事を言うからな。


「この中の、男もイケる一番のデカチンが俺の相手をしろ」


 流石に一瞬この場が静まり返った。
 純粋そうな者達には刺激が強過ぎただろうか。
 しかし、すぐに多くの視線がある一点に集中した。


「わ、私になるが……」


 照れたように頬を染め、おずおずと手を挙げたのは俺の目の前にいる王様だった。

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