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第五章 始動
49.敵陣にて
しおりを挟む頬に冷気を感じ、ぼんやりとしていた意識が徐々にはっきりとしてくる。落下の感覚を思い出してサクラはブルッと身を震わせた。どうやら気を失っていたらしい。
ゆっくりと目を開けると、部屋の明るさに視界が霞む。注意深く視線を動かすと、高級そうな書棚や机が目に入ってきた。どうやら書斎の床に寝かされているようだ。
息を潜めて周囲の様子を窺っていると、長椅子に腰かけている梨久の姿に目が留まった。向かい側で寛いでいる樹を不満そうな表情で見つめている。
やっぱり、彼は南条樹と繋がっていたんだわ…。
そう考えると頭が鈍く痛んだ。大きな怪我は無いが、冷たい床の上に転がされている為、身体の節々が痛い。手足は術で縛られているようで、全く身動きが取れない。
「おや…?お姫様が目覚めたようだ」
サクラの視線に気づいた樹が薄い笑みを浮かべながら近づいてきた。感情の読めない表情で見つめられ、言いようの無い不安から身体が小刻みに震え始める。
「そんなに怯えなくても、手荒な真似をするつもりは無いよ」
樹は可笑しそうにクスクスと笑うと、何も無いことを証明するように手をひらひらと動かした。取り敢えず、今すぐ何かされるということは無さそうだ。
自分の身は自分で守ろうと決意したばかりだったのに、まんまと敵の手中に落ちてしまった…。
恐怖心が和らぐと、不甲斐無い自分に対して沸々と怒りが湧いてきた。あの時、梨久の呼びかけに応じず直ぐに屋敷に戻るべきだった…。
「こんな奴を拉致してどうするつもりですか?」
それまで二人の取りを黙って眺めていた梨久が樹に向かって不満そうに声を掛ける。サクラが恨めしそうに睨むと、フンッと見下すように口角を歪めた。
「彼女は奴等をおびき寄せる餌だよ」
樹はニッコリと笑みを浮かべながら口を開く。見惚れる程に美しいその表情の裏にゾッとするような狂気を感じて、サクラは瞬時に身体を強張らせた。
「君の婚約者とその上司には個人的に大きな恨みがあるんだ。復讐のついでにこの国を正しい方向に導けるのなら一石二鳥だと思わないかい?」
背筋が凍るような笑みを浮かべたまま、樹が続ける。
「生まれた時から国に管理される人生なんておかしいと思わないかい?魔力を持つ者しか国政に携われないことも、家柄だけで個人を評価する風潮も…本当におかしいとは思わないのかな?」
淡々と問いかけられ、サクラはぐっと言葉に詰まる。確かに理不尽な状況に耐えなければいけない場面には何度も出くわした。しかし…
「だ、だからといってこんなやり方をするのは間違っています…!」
震えながらも樹の瞳を見据えて声を絞り出す。
「このやり方はおかしいです。己の主張を正当化する為に暴力を振るうだなんて!」
「僕に説教するつもりかい…?」
振り絞ったサクラの言葉に、樹が呆れたように眉を下げた。
「変革には犠牲が必要なんだよ。話し合おうだなんて悠長なことは言っていられない。世の中は多くの人で溢れかえっているんだ。分かり合える筈がない。まず、今甘い汁を吸っている奴らが黙っていない。それこそ力でねじ伏せにくるよ。
この国には、魔力を持つ者、より家柄の良い者が優秀だというふざけた価値観が染み付いている。自分の定められた人生に何度絶望したことか…。深く根付いてしまった概念を書き変える為には、皆に変革が伝わるよう派手に壊さないといけないんだよ。」
樹は悪びれる様子も無く、淡々と述べ続ける。その隣で梨久が大きく頷いていた。彼も魔力を持たない者として、理不尽を感じることが多かったのかもしれない。
「間違い(悪)を分かりやすく否定することで、新しい価値観(正義)を受け入れやすい環境を作る必要があるんだ。実際に優秀な術者達は誰も僕一人に太刀打ち出来ていない。僕は政府に否定されて国を追われた無能(・・)な人間なのにね」
樹から一方的に投げ付けられる言葉を整理しようと必死で頭を働かせる。それでも彼のやり方は間違っていると思うが、上手く言葉に出来ない。回答を探して目を白黒させるサクラを見て、樹は苦笑する。
「本条院家に拾われる前の君になら共感してもらえたと思うんだけど…残念だなぁ。真っ白だった君自身にも本条院や東十条の価値観が染み付いてしまったんだね。でも本当にそれでいいの?今甘い汁を吸えていたらそれで満足?今の君は周囲の人間の価値観に共鳴しているだけじゃないのか?彼らは本当に正しいと言い切れる?」
畳みかけるような樹の言葉に耳を塞ぎたくなった。思考が上手く纏まらない…。大好きな人達を否定されることが許せないのに、自分はどうなのかと聞かれると途端に心がざわざわと揺らぎ始める。
今の自分は甘い汁を吸っているの…?義母や妹からの嫌がらせに耐えていた時ならどう感じただろう…………。
暫くの間、ぐるぐると考えを巡らせるサクラを見下ろしていた樹は一息吐いた後、「それに…」と不敵な笑みを浮かべた。
「君の婚約者は人殺しだよ」
樹の言葉に、サクラは驚き、大きく目を見開く。しかし直ぐに「でも」と心の中で思い直す。
惑わされては駄目よ…。菖斗様は国防の中枢を担う警護隊員ですもの。国を守る為に悪を討つことがお仕事なのだから、そんなことは最初から覚悟の上……
「僕の愛する人は君の婚約者に殺されたんだ。僕の目の前でね」
……えっ………?
サクラの思考は樹の衝撃的な言葉によって遮られた。常に笑みを湛えていた彼の表情がみるみる内に憎悪に染まっていく。その意味が理解できず、サクラは呆然と樹を見つめることしか出来なかった。
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ペースが落ちても更新してもらえるだけで嬉しいです!なので、あまり無理しない程度に、これからも頑張ってください✧*。
お気遣いありがとうございます(´;ω;`)
過去の話も徐々に明らかになっていくと思いますので、
お待ちいただけますと幸いです!
毎日ワクワクしながら読ませていただいてます!
無理せず、自分のペースでいいですよ(^ ^)
更新楽しみに待ってます
優しいお言葉ありがとうございます(T_T)
楽しんで頂けるよう引き続き頑張ります!