サクラ色に染まる日 〜惨めな私が幸せになるまで〜

碧みどり

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第五章 始動

46.再会(2)

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「…一連の襲撃事件も樹さんが関係していますよね?」
 
 
鋭く告げられた菖斗の言葉にサクラはハッと息を呑む。彼の背中越しに青年の方を覗き見ると輝きを失った赤黒い瞳に見据えられていたことに気が付いた。目が合った瞬間、ニヤリと口の端を歪めて笑う樹の表情にゾッとして嫌な汗が流れる。
 
 
 
この人がリリーに呪術を掛けた術者……そして今回の襲撃事件にも関与している……。
 
 
 
青年に飛び掛かろうともがき続けるリリーを懸命に抱き止めながら、サクラは頭の中で状況を整理する。彼によって酷い怪我を負わされたリリーの姿を思い出し強い怒りが込み上げてきたが、険しい表情で樹を見据える菖斗を見て一気に緊張感が高まった。
 
 
リリーに掛けられている呪術はかなり強力なものだと聞いている。涼しい顔をして佇んでいるこの青年は相当な実力者なのだろう。サクラは自身が危険な状況に置かれていることを理解して身体を強張らせた。
 
 
「まぁ、君もそんな術者の一人だけどね」
 
 
突然荒げられた声と青年から発された強い殺気に驚いて顔を上げると、彼の巨鳥が甲高い声で嘶き、こちらに向かって青い閃光を放っていた。
 
 
 
危ない―――――――!!!
 
 
 
危険を察知しながらも、迫りくる閃光の速さに全く身体が反応しない。防御魔術を発動する間もなく、眩い光に包まれてあっという間に視界が奪われた。成す術もなく、リリーを抱きかかえる腕に力を込め、ギュッと強く目を瞑った瞬間………、
 
 


 
ドーーーーーーーーーーーーン!!
 
 
 
耳を劈くような大きな破裂音がして、辺り一面にもくもくと土煙が立ち込めた。息をすると否応なしに粉塵を吸い込むことになり、ゲホゲホと咳き込んでしまう。苦しさに悶え、涙を湛えながらうっすらと目を開くと、サクラ達を庇うように樹の前に立ちはだかる桔平の姿が目に入った。
 
 
「遅くなってしまい申し訳ありません。第二警護隊本条院班、只今到着致しました」
 
 
そう告げると、桔平は菖斗の方を振り返って頭を下げる。徐々に土煙が晴れ、視界がはっきりしてくると、軍服を着た十数人の青年達が刀を突き付け、樹を取り囲んでいるのが分かった。彼の聖獣は複数方向から防御魔術で動きを封じられており、苦しそうに低い声で呻いている。
 
 
「助かったよ。ありがとう」
 
 
桔平から差し出された自身の軍服を受け取りながら、菖斗が短く礼を述べる。厳しい表情で渡された軍服に袖を通していた菖斗だったが、サクラに怪我が無いことを確認すると安心したように眉を下げた。サクラが庇うように抱えていたのでリリーも無傷だ。
 
 
自分を庇ってくれた菖斗に大きな怪我が無いことが分かり、サクラも良かった…と安堵の溜息を吐く。
 
 
「国を変えると言っていましたが…貴方がやっていることは間違いなく悪ですよ」
 
 
サクラ達の無事を確認した後、素早く樹の方へと身を翻した菖斗は険しい表情で彼を睨み、「強い力を有するだけでは国を変えられる訳が無い」と厳しい言葉を投げる。
 
 
「貴方には相応の裁きを受けていただきます」
 
 
「ククク…………」
 
 
それまで抵抗することも無く、されるがままの樹だったが、語気を荒げる菖斗を見て、低い笑い声で笑い出した。
 
 
「…何が可笑しい?!」
 
 
突然笑い始めた樹を警戒し、桔平が刀を構えて鋭い声を上げる。その様子を見て樹がニヤリと意地悪く口の端を歪めた。
 
 
「ククク…警護隊の質も落ちたものだな…。拘束術も満足に使えないとは…」
 
 
「弱者が正義を語っている時点でこの国は腐っているのだ…」続けて低く呟かれた言葉に菖斗がハッと息を呑む。すぐさま樹を拘束していた隊員達に向かって「離れろ!」と叫んだ瞬間……、
 
 
再び大きな爆音が鳴り響き、気を抜くと吹き飛ばされてしまいそうな程の強い風圧に身体の自由を奪われた。樹や聖獣を拘束していた隊員達は皆、近距離で衝撃を受け、地面に打ち付けられている。中には打ち所が悪く頭から血を流している者もいるようだ。
 
 
「この程度の術で拘束出来ると思われるとは…私も舐められたものだ」
 
 
パチンと指を鳴らし、軽々と拘束を解いた樹は巨鳥の背中に乗って颯爽と宙を舞う。自身に向かって発される菖斗や桔平の攻撃式を躱しながら不満そうに顔を顰めた。
 
 
「こうも群がられると不快極まりないな。今日のところは引き上げるけれど…次は容赦しないよ」
 
 
背筋が凍るような冷たい表情で菖斗達に向かってそう告げると、樹は一瞬にして夕刻の空へと姿を消したのだった。

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