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第四章 不穏な動き
41.密談 ※梨久視点
しおりを挟む警護隊が慌ただしく襲撃事件の捜査を進めていた頃、梨久は東洋魔術五大名家の一つである下条家の屋敷を訪れていた。幼い頃から商談に向かう父に連れられ何度も来ていたが、最近は一人で訪問することが多くなった。
「やぁ、よく来たね」
従者に案内され応接室へ足を踏み入れると、下条家当主である下条穂積がゆっくりと顔を上げる。眼鏡の奥で鋭く光る瞳に見据えられ、梨久は緊張した面持ちで長椅子へと腰掛けた。
「なに、首尾は上々だよ」
不安が顔に出ていたのだろう。薄ら笑いを浮かべる穂積の言葉に、ホッとすると同時に背筋が伸びる。長年の野望を果たす為の計画がいよいよ本格的に動き出したのだ。
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梨久と穂積の付き合いはもう随分と長くなる。下条家での商談は父と穂積の妻とで行われる為、最初は屋敷で顔を合わす程度だったが、次第に商談以外でも会う機会が増えていった。
過去に一度、何故何の取り柄も無い自分なんかを気に掛けてくれるのかと尋ねたことがある。その時、穂積は笑いながら「幼いながらも、大きな野望を持っている君を気に入ったからだ」と答えてくれた。
七条家との縁談が無くなり、途方に暮れていた今回も頼ったのは穂積だった。梨久の話を聞き、五大名家の一角が崩れたことを知った穂積は今こそ筆頭名家の座を奪う良い機会だと一連の事件を企てたのだ。
穂積さんの計画が成功すれば、誰もが羨む地位を手に入れることが出来る…。
穂積が権力を得れば、協力していた自分の地位も確立される。長年の野望が叶う未来を思い描き、梨久はニヤリと口の端を歪めた。穂積の計画は決して穏やかなものでは無いが、大きな変革に犠牲は付きものだ。どのみち魔力も才能も無い自分は、このまま一生兄に対して劣等感を抱きながら生きていくしかない…。
覚悟は決まった。後は自分の役目を遂行するのみ。
計画の進行状況を聞きながら、梨久は自分の仕事を確認する。帝都随一の商店を営む豊島家を贔屓にしている術者は多い。その繋がりを活かして情報を集めることが梨久に与えられた役割だった。商人であり、魔力を持たない梨久は警戒されにくい。商談を装って対象に近付き、行動や弱みなどの情報を聞き出しては穂積へと報告していた。
「嗚呼、そうだ。君にも紹介しておこうと思ってね」
穂積の言葉に梨久はハッと我に返る。次の瞬間、スッ…と目の前に現れた青年に思わず目を奪われた。毛並みの美しい鳥を連れて優雅に佇むその姿からは余裕と気品が感じられる。その青年に「はじめまして」と微笑まれ、梨久も慌てて頭を下げた。
「南条樹君だ。計画の機動部分を担ってくれている」
穂積の紹介を聞き、まじまじと青年の姿を観察する。計画を遂行しているのが思っていたよりも若い青年だったことに驚いたが、あの南条家の出身であれば実力も申し分ないのだろう…。
「君は七条家の娘と縁談を結んでいたんだよね?」
樹を品定めするように眺めていた梨久はその言葉にピクリと肩を震わせた。
「…はい。残念ながら罪を犯して今は更生施設に居ますが…」
「嗚呼、違うんだ」
婚約が白紙になった経緯を説明しようと口を開いた梨久の言葉を樹は笑いながら遮る。
「僕が聞きたいのは元々の婚約者の方だよ。本条院家の者と婚約したと聞いたけど…」
「少し気になることを耳にしてね」と微笑みながらサクラについて尋ねられ、梨久は戸惑いながらも質問に答えていく。特に聖獣の話になると樹は興味深そうな表情を見せた。
「…では、その聖獣は特に目立った外傷も無く元気だったんだね?」
「はい。どこで拾ってきたのかは分かりませんが…。金魚の糞のように常に彼女に付いていました」
質問の意図が分からず困惑しながら答えると、樹は「興味深いなぁ」と面白そうに呟く。
「もしかしたら、君はかなり勿体ないことをしたのかもね」
冗談っぽく樹に告げられ、梨久はギュッと唇を噛む。そんなことは自分が一番分かっている。…しかし、終わったことを後悔しても仕方がない。その失敗を取り返す為に今こうして動いているのだ。
必ず誰もが認める力を手に入れてみせる…。
目的を達成する為の手段は選ばない。信頼するこの方についていけば間違いないだろう。梨久はにこやか微笑む穂積の横顔を眺め、彼への忠誠を誓うのだった。
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