上 下
42 / 50
第四章 不穏な動き

41.密談 ※梨久視点

しおりを挟む


警護隊が慌ただしく襲撃事件の捜査を進めていた頃、梨久は東洋魔術五大名家の一つである下条家の屋敷を訪れていた。幼い頃から商談に向かう父に連れられ何度も来ていたが、最近は一人で訪問することが多くなった。


「やぁ、よく来たね」


従者に案内され応接室へ足を踏み入れると、下条家当主である下条穂積しもじょうほづみがゆっくりと顔を上げる。眼鏡の奥で鋭く光る瞳に見据えられ、梨久は緊張した面持ちで長椅子へと腰掛けた。


「なに、首尾は上々だよ」


不安が顔に出ていたのだろう。薄ら笑いを浮かべる穂積の言葉に、ホッとすると同時に背筋が伸びる。長年の野望を果たす為の計画がいよいよ本格的に動き出したのだ。



----



梨久と穂積の付き合いはもう随分と長くなる。下条家での商談は父と穂積の妻とで行われる為、最初は屋敷で顔を合わす程度だったが、次第に商談以外でも会う機会が増えていった。


過去に一度、何故何の取り柄も無い自分なんかを気に掛けてくれるのかと尋ねたことがある。その時、穂積は笑いながら「幼いながらも、大きな野望を持っている君を気に入ったからだ」と答えてくれた。


七条家との縁談が無くなり、途方に暮れていた今回も頼ったのは穂積だった。梨久の話を聞き、五大名家の一角が崩れたことを知った穂積は今こそ筆頭名家の座を奪う良い機会だと一連の事件を企てたのだ。



穂積さんの計画が成功すれば、誰もが羨む地位を手に入れることが出来る…。



穂積が権力を得れば、協力していた自分の地位も確立される。長年の野望が叶う未来を思い描き、梨久はニヤリと口の端を歪めた。穂積の計画は決して穏やかなものでは無いが、大きな変革に犠牲は付きものだ。どのみち魔力も才能も無い自分は、このまま一生兄に対して劣等感を抱きながら生きていくしかない…。



覚悟は決まった。後は自分の役目を遂行するのみ。



計画の進行状況を聞きながら、梨久は自分の仕事を確認する。帝都随一の商店を営む豊島家を贔屓にしている術者は多い。その繋がりを活かして情報を集めることが梨久に与えられた役割だった。商人であり、魔力を持たない梨久は警戒されにくい。商談を装って対象に近付き、行動や弱みなどの情報を聞き出しては穂積へと報告していた。



「嗚呼、そうだ。君にも紹介しておこうと思ってね」


穂積の言葉に梨久はハッと我に返る。次の瞬間、スッ…と目の前に現れた青年に思わず目を奪われた。毛並みの美しい鳥を連れて優雅に佇むその姿からは余裕と気品が感じられる。その青年に「はじめまして」と微笑まれ、梨久も慌てて頭を下げた。


「南条樹君だ。計画の機動部分を担ってくれている」


穂積の紹介を聞き、まじまじと青年の姿を観察する。計画を遂行しているのが思っていたよりも若い青年だったことに驚いたが、あの南条家の出身であれば実力も申し分ないのだろう…。



「君は七条家の娘と縁談を結んでいたんだよね?」


樹を品定めするように眺めていた梨久はその言葉にピクリと肩を震わせた。


「…はい。残念ながら罪を犯して今は更生施設に居ますが…」


「嗚呼、違うんだ」


婚約が白紙になった経緯を説明しようと口を開いた梨久の言葉を樹は笑いながら遮る。


「僕が聞きたいのは元々の婚約者の方だよ。本条院家の者と婚約したと聞いたけど…」


「少し気になることを耳にしてね」と微笑みながらサクラについて尋ねられ、梨久は戸惑いながらも質問に答えていく。特に聖獣の話になると樹は興味深そうな表情を見せた。


「…では、その聖獣は特に目立った外傷も無く元気だったんだね?」


「はい。どこで拾ってきたのかは分かりませんが…。金魚の糞のように常に彼女に付いていました」


質問の意図が分からず困惑しながら答えると、樹は「興味深いなぁ」と面白そうに呟く。


「もしかしたら、君はかなり勿体ないことをしたのかもね」


冗談っぽく樹に告げられ、梨久はギュッと唇を噛む。そんなことは自分が一番分かっている。…しかし、終わったことを後悔しても仕方がない。その失敗を取り返す為に今こうして動いているのだ。



必ず誰もが認める力を手に入れてみせる…。



目的を達成する為の手段は選ばない。信頼するこの方についていけば間違いないだろう。梨久はにこやか微笑む穂積の横顔を眺め、彼への忠誠を誓うのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...