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第四章 不穏な動き
39.籐子の憂鬱
しおりを挟む週に一度の東十条家で過ごす放課後。術の鍛錬を終え、籐子の部屋でお茶を飲みながらサクラは顔を真っ赤にして俯いていた。
「本当に仲がよろしくて、羨ましいですわ」
そんなサクラを籐子がうっとりとした表情で見つめる。彼女に尋ねられ、誕生日の出来事を詳しく報告していたのだ。言葉にするとその時の記憶が蘇り、恥ずかしくていたたまれない気持ちになる。
「……これはその時に頂いた物なのです」
照れながら身に付けている髪飾りを見せると、籐子が「まぁ!」と目を輝かせた。
「本条院の小僧はサクラがこれを付けていないと不満そうな顔するので、毎日付けることにしたそうじゃ。」
リリーにニヤニヤと笑いながら補足され、また頬が熱を帯びる。大切な髪飾りに傷を付けないよう丁寧に仕舞い込んでいたのだが、菖斗が毎日「今日も付けないの?」と寂しそうな顔をするので出来るだけ身に付けるようにしたのだ。
「自分が送った品を常に身に付けさせるとは…流石、凄い独占欲ですね」
黙って話を聞いていた葵が遠い目でサクラを見つめながらぼそりと呟いた。その言葉に驚いて思わず目を瞠る。
独占欲……なのかしら…?
真っ赤になって「違うと思います」と否定すると、葵は「男とはそういうものですよ。特にあの人はそうでしょう」と呆れたように告げる。そんな従者を籐子がキッと鋭い目つきで睨んだ。
「乙女の会話に口を挟むなんて、無粋ですわよ!貴方は席を外しなさい」
流石に自身でも出過ぎた真似をしたと思ったのだろう。主人に冷たく告げられ、葵は「お邪魔しました」と肩をすくめながら、そそくさと部屋を後にした。
「全く…。大変失礼いたしました」
呆れたように溜息を吐いた後、籐子が頭を下げる。彼女の膝の上では梅が「デリカシーが無さすぎまする!」と扉の方を睨みながら憤っている。
「い、いえ…私は大丈夫ですのでお気になさらないでください」
「彼奴の指摘もあながち間違ってはいないようじゃしな」
面白そうに告げるリリーの言葉に、サクラの頬がまた赤く染まった。暫くの間、聖獣に揶揄われるサクラを微笑みながら眺めていた籐子だったが「早く結婚すればいいのに」というリリーの言葉を聞いてシュン…と表情を曇らせた。
「……籐子様、どうかされたのですか?」
何か気に障ってしまったのでは…と心配になって尋ねると、籐子は困ったように微笑みながら「違うんです」と口を開く。
「大したことではないんです。ただ、最終学年になって私も結婚する時期が近いづいて来たので…少し憂鬱になってしまいました」
聞けば、学院を卒業したら直ぐに親の決めた婚約者と結婚するようにと正式に通告されたらしい。これから顔合わせや式の段取りなどで忙しくなるかもしれないという。
「東十条家の娘として、しっかり努めなければと覚悟は決めていたんですけれど…」
「思っていたよりも早かったので」と寂しそうに告げる籐子の言葉に胸がチクリと痛んだ。葵への想いに整理がつかない内に正式に結婚が決まり戸惑いも大きいのだろう。
こんなに助けて頂いているのに、私は何の力にもなれない……。
籐子の話を聞きながら、サクラは自分の力の無さを痛感する。家同士で決められた婚姻に部外者の自分が口を挟める訳が無い。しかし、仕方の無いことだ分かっていてもずっと傍で二人の関係を見てきたのだ。お似合いの二人に結ばれて幸せになって欲しいと願ってしまう。
「でも、まだ一年はあるでしょうから…ゆっくりと自分の気持ちに整理を付けていきますわ」
「会ってみると素敵な殿方かもしれないですから」と無理して笑う籐子に、どうしていいか分からずサクラは弱々しく微笑み返す。こんな時、どんな言葉を掛ければいいのだろう…。
私は自分のことばかりで…申し訳ないわ。
何も出来ないことにやり切れない気持ちを抱えながら、サクラは強く唇を噛んだ。
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