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第四章 不穏な動き
38.気になる報せ ※菖斗視点
しおりを挟む「昨日は婚約者様と素敵な時間を過ごせましたか?」
サクラの誕生日を祝った翌日、執務室で報告書を確認する菖斗に向かって部下の桔平が声を掛ける。ここ数日遅くまで残って仕事を片付けていた理由を察していたようだ。目ざとい奴め…と苦笑しながら菖斗は「嗚呼」と返事をする。
「サクラさんとご婚約されてから、副隊長が穏やかになったと隊員達からも評判です」
嬉しそうに告げる桔平に菖斗は怪訝な顔を向ける。
「仕事に私情を挟んでいるつもりは無かったんだが……」
「副隊長は完璧すぎて少々人間味に欠けていましたから。サクラさんのことを話す表情を初めて見た時は、正直私も驚きました」
不服そうな菖斗に向かって、「違うんです」と苦笑しながら桔平が続けた。
確かに、以前に比べるとよく笑うようになったかもしれない……。
若くして責任ある立場を任されたこともあり、常に気を張りながら日々を過ごしていた。国の平穏を保つという重要な任務を担っているのだから、いい加減な仕事は出来ないと気を引き締めてきたのだが…。サクラと暮らし始めてから彼女の表情や仕草に癒され、表情を崩すことが多くなった。
昨夜も可愛らしかった……。
耳まで真っ赤に染めて恥ずかしがる婚約者の姿を思い出し、思わずフッと笑みが溢れる。
元々夜遅くまでの業務は苦ではなかったが、久しぶりに彼女の顔を見るとホッとして心が軽くなった。そして、もっと声を聴きたい、もっと笑顔を見せて欲しい…とどんどん欲が深くなっていくことに驚く。たった数日会えなかっただけでこの有り様だ。自分がいかにサクラとの時間を拠り所にしていたかを思い知った。
「本当にお幸せなんですねぇ…」
桔平に温かい眼差しを向けられ、なんだか居心地が悪くなりコホンと小さく咳払いをする。術者としても、警護隊副隊長としてもまだまだ未熟である自分に婚約など必要ないと思っていたが…。
「煩わしいとばかり思っていたが、案外悪く無かったぞ」
家で彼女が待っていると思うと、業務にもより一層精が出る。既婚の隊員達から散々話は聞かされていたものの、自分が彼等と同じような感情を抱く日がくるとは思わなかった。
「で、お前はどうなのだ?」
言われっぱなしは性に合わない。ニヤリと笑みを浮かべながら桔平に尋ねると、「副隊長のように良い人がいれば…」と笑ってはぐらかされた。桔平も名家の出身でこの見た目の為、令嬢からの人気もかなり高いと聞く。
此奴もいろいろ苦労をしているのだろうな……。
困ったように微笑む部下に以前の自身の姿を重ねながら思案していると、
「副隊長、失礼します…!!」
ドンドンドンと激しく扉を叩く音がして、返事を待たずに部下が部屋へと駆け込んできた。かなり慌てた様子である。
「どうした?」
先程まで会話を楽しんでいた二人にも一気に緊張が走る。
「術者が立て続けに襲撃を受けました!」
詳しい話を聞くと、帝都でも名の知れた術者が何者かに襲撃を受け負傷する事案が相次いで発生したと言う。彼らの身体には辻斬りに遭ったような大きな傷があり、うち一人には強い呪術が掛けられ現在意識不明の重体とのことだった。
「呪術だと……?」
その言葉に菖斗は眉を顰める。使用を禁止されて久しい上に、今では禁忌となっているその術を扱える者はほとんどいない。
「はい。詳しく調べる必要はありますが、ご婚約者様の聖獣に掛けられているものと関連がありそうです。同じような刻印が確認されました」
菖斗の言葉に部下が答える。リリーに術を掛けた者についてはこれまで全く手掛かりを掴めていなかったが、とうとう本格的に動きだしたのか?しかも、辻斬りを受けたような大きな傷だと?………いや、まさか。
頭の中である可能性に思い当たったが、そんな筈はないと直ぐにその考えを打ち消す。彼は五年前に力を奪われ追放されたのだ。生きているかどうかも分からない彼が今回の事件に関わっている訳が……。
『もしかしたら“落ち”案件かも知れませんなぁ…』
自身の考えを必死に否定しながらも、菖斗の頭の中ではいつかの情報屋の言葉が何度も繰り返し思い出されていた。
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