サクラ色に染まる日 〜惨めな私が幸せになるまで〜

碧みどり

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第四章 不穏な動き

36.十七回目の春(1)

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本条院家で暮らし始めて三カ月。めまぐるしい日々を送る中で季節はすっかり春になり、サクラは進級して魔術学院高等部の二年生となった。


七条家のお家騒動は学院でも周知の事実となっており、相変わらず級友達からは距離を置かれているが、杏の居なくなった学院では嫌がらせを受けることもなく快適に過ごしている。


『今日は早く戻るから、サクラも寄り道せずに帰ってきてね』


屋敷へと戻る馬車に揺られながら、サクラは出掛けに菖斗から掛けられた言葉を思い出す。寄り道などする筈が無いのだが、あまりにも嬉しそうに微笑むので、首を傾げながらも頷いた。



今日は何かあるのかしら………?



菖斗が早く帰ってくるのは珍しい。特にここ数日は毎晩遅くまで仕事をしているようで、顔を合わせられない日が続いていた。遅くまで仕事をしている菖斗の身体を心配しながらも、会えないことを寂しいと感じてしまう。



お仕事なのに、こんな風に考えてはいけないわ……。



彼と暮らし始めてから思考が随分と贅沢になっている。寂しい気持ちを打ち消すようにサクラはフルフルと頭を振った。



————



「おかえり、サクラ」


馬車を降りると満面の笑みを浮かべた菖斗に迎えられ、驚いて目を丸くする。


「ただいま戻りました。今日は早かったのですね」


「うん、今日の為に毎日遅くまで残って仕事を片付けていたからね」


「今日は特別な日だから」と微笑む菖斗に手を引かれ、その言葉の意味を思案しながら長い廊下を進む。案内された居間へと足を踏み入れると、色とりどりの豪華な料理が目に飛び込んできた。


「皆、揃っていますね」


部屋の中を見回すと、ご馳走が並べられた長机を囲むように菖斗の父と母、そして妹が座っていた。


「ご、ご無沙汰しております」


久しぶりに会う義父と義妹にサクラは慌てて頭を下げる。義父は公務で屋敷を空けることが多く、義妹は既に結婚して本条院家を出ている為、正式に婚約が決まった後に挨拶をして以来殆ど顔を合わせていなかった。


「残念ながら兄上だけはどうしても都合がつかなくてね。でもあとは皆、サクラの為に時間を作ってくれたよ」



私のため………?



思い当たる理由が無く困惑した表情で菖斗を見上げると、彼は優しい表情でサクラを見つめながらゆっくりと口を開く。



「誕生日おめでとう、サクラ」



柔らかい声でそう告げられ、サクラはハッと息を呑んだ。そうだ、今日は私の誕生日だ…。もう何年も祝われていないから、すっかり忘れていた。


皆から「おめでとう」と祝福され、唖然としながら「ありがとうございます」と頭を下げる。足下のリリーと目が合って「よかったな」と微笑まれると、胸がじんわりと温かくなった。


「サクラさん、十七歳のお誕生日おめでとうございます。…お兄様ったら、本条院家で初めて迎えるサクラさんの誕生日を盛大に祝いたいと、とても張り切っていましたのよ」


兄に向けて揶揄うような視線を送りながら、義妹が悪戯っぽく微笑む。この為に毎日遅くまで残って仕事を片付けていたのか…。サクラの為にと奔走する菖斗の姿を想像し、更に胸が熱くなった。


「それにしても、お兄様は筋金入りの女性嫌いだと思っていましたけれど……全然そんなこと無いんですね。私、安心しましたわ」


「余計なことを言うな」と睨む菖斗を気にも留めず、義妹はサクラへ向き直り「愛されているわね」と微笑む。その言葉に恐縮しながらも、嬉しくて頬が赤く染まる。


「とにかく、今日は楽しんでくれ」


「君の為に準備したんだ」と菖斗に微笑まれ、サクラはこくりと頷いた。感激のあまり上手く言葉が出てこない。


「皆様、本当にありがとうございます。…一生忘れない誕生日になりました」


精一杯の気持ちを込めて頭を下げると、「大袈裟ねぇ」と義母が笑う。


「家族なんだから当たり前よ。これから毎年お祝いするんだから」


義母の言葉に皆もうんうんと頷いている。家族の一員として認められていることを実感でき、嬉しさと恥ずかしさで胸がいっぱいになる。


「さぁ、食べましょう!」と言う義母に手を引かれて席に着く。こんなに楽しい誕生日を過ごすのはいつ以来だろう…。美味しい料理を頂きながら、たくさん話して笑い合った。



本条院家の一員になれて、私は本当に幸せだわ…。



皆の笑顔を眺めながら、サクラは幸福を噛みしめる。そして、この素敵な家族の一員として恥ずかしくない女性にならなければと決意を新たにするのだった。
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