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第三章 変化する状況
33.両家顔合わせ(3)
しおりを挟む何も関与していないなど…よく言えたものだ。父の言葉に怒りのあまり身体がわなわなと震えだす。
義母や妹がサクラを虐げていることも、その為にサクラが屋敷外での生活を強いられていることも、満足に教育を受けられていないことも………父は全て承知の上で放置していた。義母と杏の行動を容認していたではないか。
「お父様……関係無いとは言わせませんわ…。」
サクラは拳を握りしめながら声を絞り出す。母と祖父が居なくなった今、サクラにとっての家族はこの父親だけだった。何度も助けを求めたが、取り合ってもらえたことは無い。それどころか、言いつけたことがバレると義母と妹からの仕打ちはどんどん酷さを増していく……。
「なんだと?!」と怒鳴り、サクラを睨み返す父の姿に、過去に受けた仕打ちを思い出して思わずギュッと目を瞑る。
………どうしよう、言葉が続かない。
思っているより、心の傷は深いようだ。恐怖と不安に押し潰されそうになり身体を強張らせていると、リリーがそっと身を寄せた。そして労わるような優しい眼差しでサクラを見つめ、ゆっくりと頬擦りをする。彼女の温かさにホッとすると、同時に少しずつ力が湧いてきた。
私はもう父に…家族に執着する必要はないわ……。
今までの処遇を甘んじて受け入れてきたのは、父に認められたい、自分も杏のように愛されたいという思いを捨てきれなかったからだ。唯一の家族である父に愛されたい。自分も家族の一員として認められたい。そんな思いを抱きながらずっと生活してきた。でも、もう要らない。
家族よりも大切にしたいものがたくさん出来たもの。
いつもサクラを一番に想ってくれるリリーや、家族からの仕打ちを聞いて自分のことのように怒ってくれる籐子、そして、なんの取り柄もない自分に縁談を申し込んでくれた菖斗……。
皆に出会ってからの日々を思い出すと、ただの血の繋がりに執着していることが馬鹿らしくなった。何故こんな意味の無いものに固執していたんだろう…。そう考え、サクラは再び父へと視線を移す。
「お義母様や杏の行為を容認しておきながら、関係が無いだなんて…あまりにも無責任ですわ。そもそもお父様の不誠実な対応の所為でどれだけ振り回されたと思っているのですか?貴方は父親としても、七条家当主としても相応しくありません!」
震えながらも、強い口調でそう告げた。サクラが反論すると思わなかったのだろう。父は驚いたように目を見開き、口を閉ざす。そんな父へ背を向けると、義母と杏へと向き直り、「それから……」と言葉を続けた。
「お義母様や杏から受けた処遇については私からも証言させて頂きますわ。貴女達に認められたいと思っていた自分がいかに愚かだったかを思い知りました。」
冷たく告げると、二人は鬼のような形相でサクラを睨む。反射的に体が強張り思わず足が竦んだが、なんとか奮い立たせた。後は菖斗が上手くやってくれるだろう。悪態を吐く彼女達を無視して菖斗の元へと歩みを進めた時、
「なんなのよ……本当に鬱陶しい……調子に乗るなぁ!!!!」
サクラの態度に怒りが頂点に達したようだ。杏が狂ったような叫び声をあげ、サクラに向かって術を繰り出した。
あ、まずい………。
杏から繰り出された火球は轟々とうねりながら勢いよくサクラへと向かってくる。一瞬で視界が炎と熱風に包まれ、きつく目を閉じた瞬間……
ドカーンという物凄い爆発音がして、ビリビリと空気が震えた。
身体を覆っていた熱気が徐々に薄れ、恐る恐る目を開けると、目の前に菖斗の背中があった。杏の攻撃からサクラを守り、自らの術で火球を相殺してくれたらしい。
「これは、犯罪行為だよ。」
菖斗は厳しい表情で杏を睨み、鋭く言い放つ。彼の視線の先で、杏は放心したようにへたりと座り込んでいた。
当たり前のことだが、軍事や教育に関わる場面以外で術を使って他人を攻撃することは固く禁じられている。これを犯した者は罪に問われ、多くの場合禁固刑に処されるのだ。放心状態の杏の後ろで、父と義母は顔を真っ青にして震えている。
「怪我は無いかい……?」
暫くの間呆気にとられていたサクラは、菖斗に顔を覗きこまれ、ハッと我に返る。………か、顔が…近い。
「だ、大丈夫です!助けて頂いて本当にありがとうございました。本条院様こそお怪我はございませんか?」
焦って真っ赤になりながら菖斗の身体を隈なく確認するが、無傷のようだ。よかったとサクラは胸を撫で下ろす。それにしても、流石は特殊警護隊副隊長だ。現場がその力の強大さを物語っている。
ふと頭上に視線を感じて顔を上げると、優しい眼差しでサクラを見つめる菖斗と目が合った。美しい笑顔で微笑まれ、サクラの心臓はドクドクと激しい音を立て始めた。
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